『聖クロノア学院恋愛譚 』記憶を失ったベータと王族アルファ、封印された過去が愛を試すまで

るみ乃。

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62 遺されたものたちへ

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王宮の大広間には、異様な静けさが満ちていた。

アルクが正式に「王位の返上」を宣言するその瞬間を、
多くの貴族や民衆、記者たちが固唾をのんで見守っていた。

王の姿ではなく、ひとりの人間として佇むアルクの姿は、
凛としていて、どこか静かな悲しみを湛えていた。

「この国において、アルファは支配者であり、
オメガは管理される存在とされてきた。
私自身、その構造を疑わず、数多の罪に手を染めてきた……」

沈黙が落ちる。

「だが、ユリス・フェルナンド……そして、わが弟レオン・ヴァルフォ-ド。
このふたりと向き合い、私の盲目さがようやく剥がされた」

彼の言葉に、視線が俺たちへと集まる。

「私はもう、王である資格を失った。
今後は、“一市民アルク”として――
この歪な制度を、解体する一助となることを誓う」

場内がざわつく中、俺は息を整えた。

今日、この王宮の広場で、
俺とレオンは「ある提案」を公開スピーチとして発表する。

スピーチ台に立つと、まぶしい陽射しが肌に触れた。
澄んだ風の中で、俺は一歩前へと踏み出す。

「私は、オメガとして生まれ、実の父に売られ、そして核を持つ希少オメガとして、“被検体”として。
番号で呼ばれ、管理された幼少期を施設の中で過ごしました」

ざわめきが走る。

でも、俺は目を逸らさず、言葉を続けた。

「……けれど、ある人たちとの出会いが、
この“檻”を壊してくれました」

隣に立つレオンが、小さく頷く。

「今、私たちは、制度の根幹を問い直します。
“α・β・Ω”という生得的なランク付けに、
本当に意味はあるのか?」

「“被検体制度”とは、人体実験と拘束の別名にすぎません。
私たちは、この制度の即時停止と廃止を要求します」

どこかから拍手が起き、徐々に広がっていく。
中には涙をぬぐう人もいた。

レオンが、俺の肩に手を置く。

「ユリスは、生きるために闘ってきた。
俺はそれを、誇りに思う。
これからは、この国そのものが――
“弱き者を誇る”場所になってほしい」

その言葉に、あちこちで賛同の声が上がった。

熱狂ではない。
これは、痛みの果てに辿り着いた、静かな決意の輪だった。

夜。

俺たちは、医師マルディのもとを訪れていた。

簡素な一室。そこに、新しい計画の図が広がっていた。

「ここを中心に、各国の医師や研究者と連携して、
元・被検体のオメガたちの心身をケアしていくわ。
薬の離脱支援、精神的な回復、再教育と自立のための制度も整える」

マルディの声は、いつになく力強かった。

「その第一歩として――今夜、ユリス。君に頼みたいことがある」

「……俺に?」

マルディは頷いた。

「君の存在は、“希望の証”になる。
だから、君が最初の“医療支援登録者”になってほしい。
もう“番号”ではなく、“名を持ったひとりのユリス”として」

俺は静かに頷いた。

「……わかった。受けるよ。
俺の体が、他の誰かの希望になるなら、意味がある」

スピーチの夜。
月は高く昇っていた。

広場に設けられた簡易なテントの中で、
レオンとふたり、ひと時の静寂を過ごしていた。

「……大丈夫か、疲れてないか?」

レオンがそっと俺の手を握る。

「平気。今日は……不思議と、あったかい気持ちなんだ」

ふたり、テントの外に出て、人気のない石畳の階段に腰を下ろす。

「ユリス。……本当にありがとうな。
お前が、俺を信じてくれて。
俺も、お前と一緒に、この国を変えていけることが、ただ……嬉しい」

そう言って、俺の肩に額を寄せる。

その仕草に、胸の奥が熱くなる。

「レオン……この道の先、どうなるかは、まだ分からない。
でも……お前となら、歩ける。
たとえ嵐の中でも――手を離さなければ、俺は大丈夫だ」

「離さない。……絶対に、離さない。
俺たち、ここで終わりじゃない。これが……始まりなんだ」

そっと額を合わせると、昨夜の熱が、ふいに蘇る。
でもそれは、決して淫らなものではなく、
魂の奥からつながるような、深い温かさだった。

「愛してるよ、ユリス」

「……俺もだよ、レオン」

ふたりで見上げた空は、どこまでも澄んでいた。

その夜、
“遺されたものたち”に、新しい物語が芽吹いた。
それは、痛みの果てに生まれた、変革の兆し。

俺たちは、もう過去に戻らない。
この手で未来を、育てていく――ふたりで、必ず。
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