長編「地球の子」

るりさん

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第二章 青い薔薇

救出と説得

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 輝と町子が支度をしてホテルのロビーに行くと、おじさんはもう来て待っていてくれた。大きな荷物と貴重品をセキュリティーボックスに預けると、身軽になった二人は、ロビーに併設されているカフェに入った。
 席について落ち着くと、飲み物が来るまでの間に、おじさんは今日輝たちがやることを説明した。
「ここから三マイルほど離れた市街地にある高層ビルの最上階に、ローズという女性がいる。彼女がその水晶の持ち主、青い薔薇のシリンだ」
 おじさんは、そう言いながらテーブルの上に航空写真の地図を広げた。今いる場所も十分都市部だが、おじさんが指差した場所は明らかな新造都市で、相当栄えている様子だった。
「青い薔薇のシリンがいるんですか?」
 輝が問いかけると、おじさんは頷いた。
「現在、自然界に完璧な鮮やかな青のバラは存在しない。彼女はバラにかけられた希望や願いといったものから生まれたシリンなんだ」
 輝は何か吹っ切れた雰囲気があった。おじさんはそれに少し安心した様子で、続けた。
「この都市は、彼女が以前住んでいた村があった場所に建てられた。その影響で彼女は外界の全てから心を閉ざしてしまった。それを説得してほしい」
「説得?」
 町子が、怪訝そうに訊いた。
「私たち、ローズさんを助けに行くんじゃないんですか?」
 すると、おじさんは笑った。
「相手は銃器を持っている。戦闘訓練された悪人たちなんだ。なんの訓練もしていないお前たちが戦って勝てる相手だと思うか?」
 おじさんの言葉に、町子は黙ってしまった。しかし、気を取り直して食ってかかる。
「でも、それじゃあ、その屈強の悪人たちはどうやってクリアしていったらいいの? 誰か他に相手をしてくれる人がいなきゃ、私たちだって、その人たちの向こうにいるローズさんには会えないんですよ」
 町子の問いかけには、おじさんは少し寂しそうに笑って答えた。ローズについて何か彼なりの思いがあるのだろうか、それとも、輝や町子たちに対して何かを思ったのだろうか。
「今、俺がお前たちの前でローズに会うことはできないんだ。彼女は感性が強すぎる」
 すると、町子があっと声を上げた。おじさんはそれを見て咳払いをする。
「あ、ごめんなさい。ローズさんの感性が強いって聞いて、ちょっと」
 町子は恥ずかしそうに、顔を赤らめた。おじさんはそれを見てため息をつき、先ほどの続きを説明した。
「俺が支援できるのはそこだ。お前たちは何も心配せずにローズに会いに行け」
 町子は、寂しそうな顔をした。おじさんの言葉に何を思ったのだろう。輝がそんなことを考えていると、おじさんが輝の肩を叩いた。
「輝、正論でローズは説得できない。俺も試みたが、口下手でな。悪化させてしまった」
「おじさんが失敗したんですか?」
 輝の問いに、おじさんは苦笑して答えた。
「輝なら大丈夫だと思うんだが」
 それを聞いて、輝は少し不思議な気分になった。
 おじさんは、輝の何を知っていてそんなことを言うのだろう。まだ知り合って一日も経っていないのに、わかったようなことを言う。
「俺に何ができるのかは、俺にしか分かりませんよ」
 輝は、少し冷静になってみることにした。おじさんに信頼されるのは嬉しかったが、今までのように常に周りの期待に応えようとしていては、自分が壊れてしまう。
「おじさん、でいいんですよね」
 今まで前のめりになっていた輝が引いたのを確認したおじさんを、町子は見ていた。語りかけて、疑問の目で彼を見た。
「輝にそれだけ期待するのはなぜなんです? 私は頼りないんですか?」
 おじさんは、ゆっくり首を振った。
「町子、輝と同じで、俺はお前のことをよく知らない。だが、お前は結果を焦りすぎる。心に壁を作ってしまっている人間を説得するには、輝のように地道に結果を積んでいくタイプの方が向いている」
「おじさんは、どうして失敗なさったんです?」
 町子は、痛い所を突かれて不機嫌になった。おじさんと名乗るこの人は、どうしてこんなにも輝や町子のことを知っているのだろう。町子の様子を見ながら、輝はおじさんの様子を窺っていた。
 おじさんは町子の不機嫌に付き合うつもりがないのだろう。彼女を軽くあしらうつもりで、こう言った。
「何を言っても、あなたのような人に何がわかって? としか言われないんだ」
 それを聞いて、輝も町子も、心の奥でなんとなく納得できた。
「うまくいったことなんか、何一つないんだがな」
 おじさんがそう言って頭を抱えると、町子は軽く笑った。
「おじさん、すでに輝を手懐けていますよ。うまくやったんじゃないんですか?」
 おじさんは、それを聞いて目を丸くした。輝と町子を見比べて、肩を落とす。
「よくわからなくなってきた」
 おじさんはそう言って嘆いたが、輝と町子はその姿が滑稽で、二人で笑った。あんな強い人がこんな隙を見せるなんて。
「それで、おじさん、俺たちはどうやってその高層ビルに行けばいいんですか? タクシーを手配して行けば?」
 おじさんは、輝の問いに体勢を立て直して答えた。
「ああ、それなんだが、お前たちの支援ができるように、俺もそのビルに向かう。ローズのところには行かないが、近くまでは送ってやれるだろう」
 輝は、それを聞いて嬉しくなった。町子もまんざらではないのだろう。満足そうな顔をしている。おじさんは、それを見てホッとしたような表情をした。
「今すぐ行くんですか?」
 町子が問いかけたので、おじさんは真面目な顔をして、こう言った。
「早い方がいいだろう。お前たちも準備はできているはずだ」
 輝と町子は、頷いた。とうに準備はできている。二人とも何があってもいいように、できるだけのことはしたつもりだった。動きやすい服装で、余計なものは持っていない。ナイフや棍棒などの武器を渡されてもいいように、両手も空けてある。ただ、おじさんのおかげで怖い人たちと戦うことは避けられそうだったので、少しホッとした。
 おじさんは、準備ができているという二人を促して、一旦ホテルを出た。ここには二泊三日の連泊で予約を入れてあったので、安心して出かけることができた。三マイルの道を行くには車が必要だ。おじさんは、ホテルの駐車場に停めてあった車に二人を案内した。
「あ、日本車だ」
 町子が、おじさんの車のエムブレムを指差した。確かに、日本の車のエムブレムがある。車を眺めると、重厚感のある白のスポーツカーで、最近あまり見ないタイプのしっかりしたマニュアル車だった。
「シフトは六速なんだ」
 輝は車の中を見て、呟いた。車のことに詳しい訳ではないが、スポーツカーに憧れていた時期があって、ある程度の車種と車の知識はあった。町子が輝のところへ来て、同じように運転席を覗き込む。おじさんは発車前の準備と車の点検をしていた。
「伯母さんのとは違うね。シフトレバーの上に何か書いてある。記号?」
 町子がそれから色々聞いてくるので、フォーラが乗っていたオートマチック車とマニュアル車との違いをいちいち説明していった。それが終わる頃には、おじさんの日常点検と防犯チェックは終わっていた。
 二人を後部座席に乗せると、おじさんは何か小さいバッグを助手席に乗せて、ゆっくりと車を発進させた。びっくりするくらい運転は丁寧で上手だった。
 新造都市に着くまでの間、輝と町子は、おじさんにいろんな質問をしてみた。おじさん自身のことは聞いてもなかなか答えてくれなかったが、それ以外は快く応じてくれた。
「おじさんって恋人とかはいるんですか?」
 町子がまず聞いたが、意外とおじさんはあっさりと答えてくれた。
「恋人はいないが結婚しているから、パートナーはいるな」
 その答えに、町子は満足げにシートに体を埋めた。次は輝が質問をしてみた。
「おじさんの出身はどこなんですか?」
 すると、おじさんは少し考えてこう答えた。
「英国だ」
 そう言われて、輝は半分ほど納得した。今回のようにすぐ、ガルセス氏の要請で動くことができるのは英国人ゆえだろう。しかし、心のどこかが納得しない。
「おじさん」
 輝は、少し間をおいて、何かを考えている町子の様子を見てから、再びおじさんに話しかけた。
「おじさんの本当の名前を教えてください」
 それには、おじさんは首を縦に振らなかった。
「シリンの人間の名は媒体を表していることが多い。ここで明かしたら、俺がなんのシリンなのかすぐにわかってしまうだろう?」
「それの何が不都合なんですか」
 輝が口を尖らせると、横にいた町子が笑った。
「恥ずかしいんだよきっと。トンチンカンな名前だったりして。それこそおじさんの方がローズさんだったりして。ほら、目が青いし」
 町子は一人で盛り上がっていた。おじさんも輝も何も言えなかった。
 二人はそのままおじさんに幾つかの質問をした。好きな食べ物を聞いたら、青梗菜の入った卵のスープだという。英国人なのに珍しいと輝は思った。そのうち町子が好きなビールのメーカーなどを聞いてくるものだから、話はどんどんゴチャゴチャしてきた。だがその時間は楽しく、輝や町子にとってはいい息抜きになっていた。
 ちょうど話が盛り上がっていって、おじさんの友だちの話に差し掛かった頃、高層ビル群の真ん中、ローズがいるというビルの目の前に着いた。
 おじさんはそのビルの入口で輝たちを降ろした。正面から正々堂々と行っていいといい、車を駐車場に停めにいった。
 ビルの前に取り残された輝と町子は、少し緊張してそのビルの入り口を見た。立派な面構えだ。一面ガラス張りで、一階だけは外から様子が見てとれた。入ってみると、上品に手入れをされた観葉植物がそこかしこに配置され、一階部分のロビーには大きな噴水があった。三階までは吹き抜けで、噴水の周りには熱帯植物が植えられていた。全体的に青い印象のある特殊な厚いガラスで囲まれていて、外の様子がよく見えた。
「どうやっていけばいいんだろう。受付まであるし、そこを通らないとエレベーターにも乗れそうにない」
 町子は、ビルの中央にあるエレベーターを見た。これもガラス張りで、そのエレベーターを囲むように受付の机が配されていた。
「とにかく行ってみよう。何か方法があるはずだ。もしかしたら、町子のおじいさんの名前で受付が通るかもしれないし」
 町子は、頷くと、受付に向かう輝についていった。
「輝って、意外と肝が座っているんだね。びっくりした」
 町子は歩きながらそう言って輝をまじまじと見た。
「まあ、よく言われるよ。とりあえず動かなきゃ前に進めないだろ。このままここで右往左往していてもどうしようもないからさ」
 輝と町子が、受付に行ってガルセス・フェマルコートの名を出すと、受付にいた男性が笑顔で輝と町子を見た。
「フェマルコート様のお客様ですね。高橋輝さまと、森高町子さま。お待ちしておりました。最上階には三つ、お部屋がございます。そのうち二つは他のお客さまがご使用なさっておりますので、残りの一つをお使いくださいませ。お部屋はオーシャンブルーという名で登録されています。このカードキーをお使いください」
 受付の男性は、カードキーを輝に渡すと、何かの説明の書かれた紙を、町子に手渡した。
「フェマルコート様からの言付けでございます。あなた方のお連れさまのご友人という方が、先にご入室なさってお待ちになっているとの事でこざいます。ご承知おきください」
 町子は、それを聞いて、手渡された紙を見た。
「シリウス」
 そこに書かれた単語を見て、首を傾げた。
「星の名前?」
 何が何だかわからなかったが、これで最上階へは行ける。かなりすんなり行けるようだったので拍子抜けしてしまったが、ありがたいことでもあった。おじさんが町子のおじいさんに連絡をして、受付を通るようにしてくれたのだろう。本当に手回しがいい。
 エレベーターに乗ると、町子は大きくため息をついた。
「輝、私、度胸が据わってないのに、色々面倒起こしちゃう人でね。ほんとごめん。だからおじさんも、昨日、私を避けたと思うんだ」
 最上階に行くには時間がかかる。そう思った輝は、町子と話すことにした。
「それは違うんじゃないかな。おじさんは、あの時町子が俺のことで状況を引っ掻き回しても、それを収拾するだけの力を持った人だと思うよ」
 町子は、膨れた。
「あの人にそんな力があるとは思えないよ」
 すると、エレベーターが最上階に着いた音がした。思ったより早かったので、輝も町子も驚いた。
 二人は、エレベーターを降りて、厚いカーペットが敷かれた床に足を置いた。なんの音もしない。これで本当に防犯上大丈夫なのだろうか。
 受付の男性は、部屋が三つあると言った。そのうちの二つは埋まっているとも言っていた。おそらくそのうちの一つにローズがいるのだろう。奥へ進んでいくと、まず一番目の部屋が目に入ってきた。サンセットオレンジという名前だ。
「違うね。どれがローズさんなんだろ」
 町子が呟いて、先に進む。
 次の部屋は、ウッドグリーンと書かれていた。
「とりあえず、オーシャンブルーを探そう。そこに先に来ている人と話し合いをしろということなんだろうから。そのシリウスっていうメモも気になるし」
 町子はうなずいた。さらに奥に進んでいくと、街をぐるりと見渡せる大きな窓ガラスを背にしたオーシャンブルーの部屋が現れた。
 カードキーをドアノブの横にあるカードリーダーに差し込むと、ドアの鍵が開いた。ドアをノックしてから静かに開けると、広くて展望の良い、ガラス張りの部屋が現れた。ホテルのような宿泊施設ではないから、ベッドはなかったが、人と会うには十分な、スタイリッシュな椅子や机が配置されていた。
 そして、そこに一人の男性がいた。
 男性は、輝たちに背を向けて、ガラス越しに市街地を眺めていた。そして、輝と町子が入室したのを確認すると、こちらを向いた。金の髪に青い瞳の典型的なゲルマン系で、おじさんほどではないがそこそこのイケメンだった。
「高橋輝と、森高町子、だな?」
 そのイケメンは、軽めのスーツをラフに着こなしていた。洒落た男性だったが、眼光は鋭く、鷹の眼のように獲物である輝たちを追っていた。輝は少し緊張して、彼の差し出してきた手を握り返した。
「ドイツ在住の猟師だ。名はシリウス。あいつはお前たちに、自分のことをおじさんって呼ばせているらしいな」
 シリウスとは彼の名前だったのか。ドイツ人にしては珍しい名前だが、何か事情があるのだろう。
「あなたはおじさんのご友人だと伺いました」
 輝は、シリウスに勧められるままに椅子に座り、テーブルに用意されていた水を飲んだ。渇いた気候と緊張のせいで喉が渇いていた。
「あいつがそう言ったんなら、そうなんだろうな。お前たちはシリンという存在も知っているんだろ」
 二人は、頷いた。町子は輝の隣に座って、シリウスを正面に見ていた。
 シリウスは続ける。
「俺の媒体は冬の正座、名前は一等星であるシリウスから来ている。夜の支配者とか、夜の使者とも言われている。射撃が得意だ。今回もそれであいつに呼ばれたんだが、聞いていないか?」
「聞いてません」
 町子が、きっぱりと答えた。おじさんはこういう時の手回しはあまり得意ではないようだ。
「そうか、そういうことか」
 シリウスは、そう言ってニヤリと笑った。何やら一人で納得している。
「輝、町子、ローズって女の部屋はサンセットオレンジだ。その部屋の鍵は俺が持ってる。見張りも何もいないから、すぐに行って説得してやれ」
 そう言って、シリウスは、自分が持っていた二枚のカードキーのうちの一枚を町子に手渡した。輝も町子も、あまりにことがすんなりと進むのであいた口が塞がらなかった。
「でも、それじゃシリウスさんはなんのためにいるんですか? 見張りの人たちをやっつけるためにいるのでは?」
 すると、シリウスはなんの心配もない、といった様子で、輝の肩を叩いて笑った。
「行けば分かると思うぜ。ローズはなかなか強かな女だからな。俺が行ったらボコボコにやられちまう」
 シリウスは、そう言ってケラケラと笑った。今までドイツ人に対して抱いていたイメージが音を立てて崩れていく。輝は頭を抱えて、立ち上がった。すると、町子も立ち上がって、シリウスに礼をした。
「ありがとうございます。私たちはきっと、あなた方に守られて自分の役割をようやく果たせるんだと思います。最初はきっとそんなものだと思うんです。でも、いずれは自分達で色々できるようになりたい」
 町子は、そう言って、一礼し、ポカンと口を開けたままの輝をつれて、部屋を出た。シリウスは、椅子から立ち上がると、水の入ったグラスを持ったまま、再びガラス窓から街を見渡した。
「見るものも戻すものもこれからだ。お前の出した宿題は、そう簡単には終わりそうもないぜ」
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