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修羅編 二章:修羅の鍛錬

必要なもの

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 最古の七大聖人セブンスワン『茶』のナニガシと試合しあう事になった『赤』の七大聖人セブンスワンケイルは、思わぬ体験に晒される。

 百歳を超える枯れ木のような肉体のナニガシだったが、その動きは敏捷さと流麗さを失っていない。
 更に左肘先が存在しない隻腕で、しかも右手で振るわれる枯れた小枝が、ケイルの剣をことごとく防ぎ止めていた。

 そして無造作ながらも振るわれ触れもしない小枝が、まるで鋭い剣に斬り裂かれたような感覚をケイルに与える。
 肉体の痛覚のみに作用させるナニガシの斬撃は、ケイルの顔を歪め動きを鈍くさせていた。

「――……なんで、そんなえだで……ッ!?」

 右手に持つ長剣を突き放ちながら牽制し、一気に距離を詰めたケイルは左手に持つ小剣でナニガシの右腕を狙う。
 しかし突いた長剣は小枝で払われるように弾かれ、小剣を薙ごうとしたケイルの体勢は崩された。

 その隙を見逃さず、ナニガシはケイルの胸部分を小枝で軽く突く。
 再び胸部分の心臓に剣で刺し貫かれるような熱さと傷みを肉体に感じたケイルは苦痛の表情を漏らし、一気に飛び退きながら息を整えた。

「――……はぁ、はぁ……!!」

「……お主の実力、しかと見定めた。武玄やつが認める程の才はあろう。……だが、それだけのこと」

「!」

「儂のような凡才を相手に、これほど好き勝手に斬られるようでは。……正直、落胆せざるをえんな」

「……!!」

 ナニガシがそう告げ、溜息を吐き出しながら縁側の方向へ戻っていく。
 それに反論できないケイルはその場に留まりながら、苦悩の表情を見せた。

 そんなケイルを、いつの間にか部屋の中に戻っていた武玄ぶげんは見つめながら縁側の床に酒瓶を置き、父親であるナニガシに話し掛ける。

「――……親父殿」

「おう、御苦労。――……武玄ぶげん、あのむすめあまやかしたな」

「そう思うか?」

「お前なりには、厳しくしたつもりなのだろう。……基本はなっとる。だが剣が純粋に過ぎる。身体からだの運びも花魁道中おいらんどうちゅうみたいなもんじゃ。まるで、どこぞの姫君を相手にしとるのかと思ったぞ」

「……七年間の修練では、その程度までしか教えられんかったからな」

「ほぉ、七年でアレか。やはりさいだけはあるのぉ」

 ナニガシは縁側に腰掛けながら酒瓶に入った清酒を盃に注ぎ、それを口に運び飲む。
 武玄ぶげんは立ったままの姿勢で庭で立ち尽くすケイルを見ながら、しばらく見守っていた。

 それから数分後、ケイルは精神的な衝撃と疲労から立ち直らせて縁側へ歩き戻って来る。
 そして酒を飲んでいるナニガシに向けて、頭を下げながら口を開いた。

「――……御指導、ありがとうございました」

「よい。……して、儂と試合しおうてどう思った?」

「……無駄な動きが一切無く、太刀筋が何一つ読めませんでした。あれが実際の刀であれば、瞬く間にアタシの五体はバラバラに斬り裂かれていた」

「そうであろうな」

「一方、アタシは時間が経つ程に焦り、技も動きも精度が落ちてしまった。……しかも、アタシの太刀筋は最初から最後まで貴方に全て読まれていた」

「うむ」

「剣の実力において……いえ。アタシの全ては、貴方の足元にも及ばない。それを実感しました」

「……己の未熟を悟り、認める。それも若いからこそ出来るというものだ」

 ナニガシはそう述べながら酒を飲み、ケイルはその言葉を納得しながら受け入れる。
 その上で試合の最中に疑問に思った事を、ケイルは率直に聞いた。

「……質問をしても、よろしいですか?」

「構わんぞ」

「あのえだには、どのような仕組みが? 気力を注いでいたようには、見えませんでした」

「注いでおったさ。僅かな時のみな」

「僅かな……?」

「お主の剣を受ける瞬間、お主の身体に向けて振った瞬間。その時だけ、儂は気力を注いだ。それ以外では気力なんぞ使っておらん。疲れるじゃろ」

「……!!」

「お主の場合、戦う際に常に身体に気力を満たしておるだろ。ああして常に気力を高めるのは、無駄というものだ」

「……で、ですが。戦う際には、常に気術を用いて肉体の力を高める必要が……」

「だから分かる。お主の動きが手に取るようにな」

「!?」

「気力を高め、身体にたかぶらせる。それが常に気力の流れを見え易くする。だからこそ、お主の動きが筒抜けとなってしまっておるのだ」

「……気力の流れで、動きを……」

「剣を振る前も、それで放たれる剣戟の威力も推測は容易い。同じ威力を持つ気力を瞬時に小枝えだに注ぎ受けることで、お主の剣など枝一本で十分に受け止められる」

「!!」

「お主の動き全てに、無駄にりきが入り過ぎとるんじゃよ。……相撲取りが土俵際で組み競う時ならば構わんが、剣を振る時にそんなりきみは不要。常に気配を読ませぬよう自然体で過ごし、りきは必要な時だけで入れれば十分なのだ」

「……常に自然体で、りきみは最小限に……」

 ナニガシの言葉にケイルは驚きを深め、自身の常識とそれ等の知識を置換しながら受け止めようとする。
 そんなケイルに、盃の酒を飲み干したナニガシは一息を吐きながら話し掛けた。

「――……と、言うても。儂がそれを知ったのも、姿が年老い始めた時くらいだったか」

「!」

「儂も若い頃は、常に剣気けんきを滾らせ力に任せた戦い方をしておった。……しかし初老の姿を迎え、徐々に身体に纏わせた筋肉にくを重く感じ、動きと気力が衰え、力に任せた戦いでは何者にも勝てぬようになった」

「……」

「知っておるか? 七大聖人しちだいせいじんが作られた当初、『茶』に選ばれた儂はあの七人の中で最も弱かった。そして今も尚、儂は七大聖人の中で最も弱いと自負している」

「え……!?」

「『白』や『黒』は別としても、『赤』はその身を炎と化して刃を受け付けず、『青』は世にも奇妙な妖術を使い、『黄』は何者も寄せ付けぬ鉄壁を張り、『緑』は地を削る暴風の矢を放つ。そんな中で、儂だけが何も特別な能力ことはしておらん」

「……」

「儂は彼奴等きゃつらに比べれば、単なる凡人。常人と変わらぬ胴と繋がる四本の手足のみで、道具を使い剣を振り、相手を斬り伏せることしかできぬ。……儂は『七大聖人』という枠の中で、最も能力ちからの無い存在よ」

 ナニガシは再び酒瓶から盃へ酒を注ぎ、それを飲みながら庭を眺めて懐かしむように語る。
 それを聞いていた二人は静かに聞き入り、再び盃から口を話したナニガシが喋り始めた。

「――……新たな『赤』よ。お主が儂から学べる事があるとすれば、りきの抜き方であろうな」

りきの、抜き方……」

「若い者ほど、力を欲しがり事をく。それがりきみを生み、無駄へ走り、時間を重ね弱さを増やす。……ちからとは、必要な時にれるモノだ。それ以外の時には、こうして酒を飲み、庭の紅葉を楽しむ程度の娯楽に身を委ねておればよいのだよ……」

「……」

 ナニガシはそう告げた後、縁側の床へ身を委ねるように横となる。
 そして瞼を閉じた後、静かに息を漏らしながら寝入ってしまった。

 ケイルは自身の望みと真逆の答えをナニガシに提示され、僅かに動揺した様子を見せる。
 そんなケイルを武玄ぶげんは見つめ、声を掛けた。

「――……軽流けいる。帰るぞ」

「……えっ」

「親父殿がうたであろう。それがお主の学ぶべきことだ」

「……」

「今は屋敷に戻り、ゆるりと休め。……そして、じっくりと考えろ」

「……はい」

 武玄ぶげんに促されたケイルは、納得し難い表情を浮かべながらも従うように頷く。

 こうしてケイルは『茶』のナニガシと出会い、自身に必要な事を教えられる。
 しかしそれは、今のケイルには納得し難いものでもあった。
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