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革命編 四章:意思を継ぐ者
失敗の企み
しおりを挟むオラクル共和王国から届けられた書状の内容が、帝城の地下牢獄に捕らえている元外務大臣ベイガイルの口から明かされる。
その内容が写された紙面が皇帝ゴルディオスの下にも届けられ、議会を開く前に宰相セルジアスと共に内容を確認することとなった。
執務用の机に置かれた紙面を確認する二人は、それぞれに微妙な面持ちを見せる。
そうして最後の文章まで読み終えた後、ゴルディオスは短い溜息を漏らしながらセルジアスと話を交えた。
「――……外務大臣はともかく、国務大臣であるアルフレッド……あの者を国外追放までしたと?」
「確かに、そう書かれてはいますね」
「真の事だと思うか?」
「……事の真偽は別として、可能性はあるとは思います」
「なに?」
「現状のオラクル共和王国は、爆発の被害から立ち直れてはいません。また復興をするにしても時間と費用、更に人材も多く掛かり、まともに国として機能する事は出来ないでしょう」
「……確かに、そうであろうな」
「議会の席で述べていたベイガイルの話を信じるならば、ウォーリス王とアルフレッドと名乗っていた彼はその救命活動と復興作業に追われるように取り組んでいたそうです。そうなれば、彼等が何かしらの思惑を抱いていたとしても自由に動く事は出来ず、また共和王国内の復興と人材を整え直すのも莫大な資金と人材を必要とするという、途方も無い状態に陥ります」
「……まさか彼は、共和王国を捨てる為にそのような処分を敢えて行わせたのか?」
「その可能性はあります。敢えて国外追放という処分を行う事で自由を得た、と考えるのが自然でしょう」
「しかし、長年に渡り調略した共和王国を捨てるとは……あまりにも豪胆すぎる」
「自由が利かずに疲弊した状態の共和王国に束縛される状況を嫌い、国外へ逃げたと考えても不思議ではありません。またそれに伴い、別の企みに切り替えたとも考えられます」
「別の企み?」
「その詳細は、私にも分かりません。しかし切り替えた企みの初期段階として必要だったのが、アルトリアの誘拐だったのかもしれません」
「!!」
「彼等が誘拐という直接的な手段に出たのは、もはや共和王国という国そのものを利用する価値が無いと判断したのでしょう。そうした事件の罪を全て共和王国という国に着せ、彼等は別の思惑を企み動く。彼の追放処分という形式を信じるのならば、そうした考え方も出来ると思います」
セルジアスは書面の内容を確認し、国務大臣を演じていたウォーリスが共和王国内から追放処分を受けた目的を推察する。
確かに現状の共和王国は大きな被害を受け、その救命活動と復興作業に追われている状況にある。
被害状況を鑑みても、同盟都市の建設も一端は保留となり、復興できるまで下手をすれば数年以上は建設計画が頓挫してしまう可能性は大きい。
同盟都市の建設において何かしらの企みをウォーリス達が抱いていたとしたら、その計画は失敗した形となる。
あるいは時間を掛けて帝国との信頼関係を築き直せば、年月は掛かりながらも同盟都市の計画は再開できるかもしれない。
しかしウォーリス側は信頼と計画を再構築する時間すら惜しんだのか、それとも別の思惑により予断を許さなかったのか、共和王国を切り捨てる算段を立てた。
その切り替えた計画の初期段階こそが、魔人である妖狐族クビアと狼獣族エアハルトを使ったアルトリアの誘拐未遂事件。
そこまで考え至った瞬間、セルジアスは再び思考にある可能性を浮上する。
それは仕草にも出たようで、眉を顰めながら表情を渋らせて右手を口に覆うように思考するセルジアスにゴルディオスは気付き、改めて問い直した。
「どうしたのかね?」
「……もし彼が爆発の影響で計画を立て直したのだとすれば、今回は失敗しているのでしょうか……?」
「!」
「アルトリアの誘拐は失敗に終わり、実行犯である魔人達も捕らえられた。人間大陸には、転移を行える術者は指で数える程しかいません。彼からすれば、自分以外にも転移を使える魔人は貴重な手駒だったはずです」
「その魔人を我々が確保し、更に奴隷に堕とした。アルトリア嬢に関する誘拐計画は、失敗したと見るべきではないかね?」
「……本当に、そうでしょうか?」
「なに……?」
「彼が失敗する可能性も考えず、このような誘拐を行ったとは思えません。……成功するなら良しと考え、失敗する事も考慮して別の計画も立てているのか。あるいは……」
「……アルトリア嬢の誘拐が失敗する事を前提にした計画を、今も進めている?」
「私は、その可能性の方が高いと考えます」
セルジアスはウォーリスという男と僅かな時間ながらも接し言葉を交えた事で、そうした推察を浮上させる。
他者に委ねた誘拐が成功する事を前提に組み立てた計画は、失敗した時点で崩れ落ちる程に脆弱性が強い。
しかし失敗する事を考慮して別の計画を立てていた場合や、失敗する事を前提にそうした計画を立てていた場合、何かしらの企みが頓挫する事は無い。
過去にローゼン公爵領地に訪れたウォーリスは、去り際にこうした話をセルジアスと交えていた事もある。
『――……私とて、万能ではありません。自分が策を進める上で、どうしても自分の予想しない出来事は起こってしまう。リエスティアの懐妊も、今回この領地が襲撃された件についても、そしてアルトリア嬢がこの話し合いに参加した事も、全て私が計算していない事だった』
『……』
『そうした状況に臨機応変に対応した結果が、このような形になっている。……全ては、盤上で定められた動きとはならない。そうした動きに対応する事が最も重要だと、私は考えています』
自身の動き方を伝えたウォーリスの話を覚えているセルジアスは、アルトリアの誘拐が失敗に終わる可能性も既に織り込まれているのではないかと考えている。
そしてセルジアスの疑念を聞いていたゴルディオスは決して楽観せずに、その意見を聞いて机に置かれた書状の書面を見ながら話を続けた。
「もし仮に、彼が誘拐の失敗すらも計画に含めていたとしたら。この書面に描かれた最後の部分が、その対応となるわけか」
「その可能性は、非常に高いです。『――……今回の不祥事について、今回は使者を立てず、私自身が事情説明の為に帝都へ赴かせて頂きます。またその際に、こちらが赴かせたベイガイルを含む使者達の返還に関する交渉も行わせて頂きます。現在は復興作業に追われながらも赴く為の準備を行っていますが、こちらの希望としては年を越えてから一ヶ月後に赴かせて頂く予定です。どうか私の来訪に関して、御了承を御願いします――……』」
書面に書かれた末尾の内容を読み上げたセルジアスは、ゴルディオスと共に僅かに表情を強張らせる。
そしてゴルディオスは椅子の背もたれに体重を預け、天井を仰ぎ見ながら言葉を呟いた。
「……年を越えてから、一ヶ月後。もう今からでは、ほぼ一ヶ月後だな」
「はい。……彼の共謀者である共和国王が訪れるとなると、かなり注意が必要かもしれません」
「あの王は、以前にも帝都に訪れたな。その時には、特に異才を持つような特徴は見えなかったが……」
「私も、彼に対して特別な雰囲気を感じませんでした。……それ故に、少し不気味に思えます」
「不気味?」
「仮に代理人だとしても、一国の王を任せられると彼が考えていた男です。その男が、ただ凡庸で特徴の無い王に見えるのは、非常に不気味です」
「……なるほど。確かにそう考えれば、不気味ではあるかもしれんな」
「あの代理人もまた、彼と同様に自分の能力を隠しているように思えます。……本来ならば、彼が帝都に赴く事態は避けるべきかと。今はアルトリアも、そして出産を終えたばかりのリエスティア姫も帝都にいますから」
「……ならばその時期に、彼女達だけでも君の領地に避難させるか?」
「まだ出産を終えたばかりのリエスティア姫を帝都から移動させるのは、少し難しいでしょう。無理をさせようとすれば、アルトリアとユグナリスが反対するでしょうし」
「そうだな。しかし、この書状には非となる部分が外務大臣と国務大臣だけに見える。そして王自身が素直に謝罪に来るとなれば、帝国としても受け入れても問題の無い状況にも見えてしまうだろう」
「来訪を拒否する事も出来ますが、それも後々の事を考えると問題となるでしょう」
「うむ。少なくとも、共和王国の民からは大きく不興を買うであろうな。帝国側の和平派も、来訪を拒否すると強く反対に出るかもしれん」
「和平派に関わらず、議会においてはこの決議が行われた際、多くの者達は共和国王の来訪を拒否すべきではないと言う意見を占めるでしょう。理由は様々だとは思いますが、大きな部分だけで言えば。今の帝国には、正面から共和王国と戦争状態に入れる余裕はありませんので」
「うむ。……ローゼン公。私は決議でこの議題が決められた際に、また君に全てを任せる事になる。そうなった時、何かしらの対策は行えるかね?」
「……対策と言うには心許ないですが、共和国王と同行者達を捕縛できるよう準備を整えます。またログウェル殿にも、緊急時には御協力を頂けるよう御願いしましょう」
「そうか。そうするしか、やはりないか。……分かった」
二人はそうして話し合い、議会の場で行われる出来事を改めて想定しながら取り決めを予め行う。
その翌日に帝国幹部を招集した議会において一同にウォーリス王の書簡内容が公開され、予想通り大多数の者達が来訪を拒絶すべきではないという意見が出た。
そして議会が行われてから二日後、その内容について決議の結果が明かされる。
約一ヶ月に赴くと伝えたオラクル共和王国の王ウォーリスを迎える事が、正式に公表されたのだった。
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