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革命編 六章:創造神の権能

第二の翼

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 同盟都市の戦いにて一命を取り留めた帝国皇子ユグナリスだったが、その身体に刻まれた傷跡は自身の意思とは裏腹に大きな疲弊を見せる。
 そして同じく一命を取り留めた元特級傭兵ドルフと共に、黄金色に染まり多くの歯車が覆う世界に天変地異が起きた事を理解した。

 そうした疲弊する二人の前に、フォウル国の干支衆まじん達が現れる。
 彼等は仕えている巫女姫レイの命令を受けて同盟都市の地下遺跡に侵入し、創造神オリジンの魂と肉体であるアルトリアとリエスティアの殺害を目的としていたはずだった。

 ユグナリスとフォウル国の干支衆達は、互いの目的が真逆である事を理解している。
 一触即発の心境でユグナリスと干支衆の一人である『牛』バズディールは、互いに警戒を抱きながら鋭い視線を向け合っていた。

「……!」

「っ!?」

 そうした最中、互いの位置とは異なる場所で物音が鳴る。
 それを聞いた一行は視線と意識を向けると、そこから歩み出て来た人物達を見据えながらユグナリスが驚きの声を漏らした。

「……貴方は……」

「――……なんだぁ? この状況は……」

「……確か、スネイクさん……?」

 こうした状況で訝し気な表情を向けながら現れたのは、ユグナリス達と敵対し『砂の嵐デザートストーム』を率いていた特級傭兵スネイク。
 その背後からは生き残っている『砂の嵐デザートストーム』の団員達も現れ、それぞれに小銃ライフルを持った迷彩服を身に着けて現れた。

 すると『砂の嵐デザートストーム』の団員達は干支衆達に視線を向け、小銃ライフルの銃口を向けようとする。
 それを止めるように右手を真横に上げたスネイクは、干支衆の面々に視線を向けながら『牛』のバズディールに声を掛けた。

「おいおい。誰かと思ったら、フォウル国の干支衆まじんじゃねぇかよ。お前等も来てたのか?」

「……確か、スネイクだったな。まだ生きていたか」

「生憎と、死神に嫌われてるらしくてね。……で、この状況はなんだよ? ドルフ」

「!」

 スネイクは干支衆が来ていた事を知らなかったのか、そうした疑問の声を見せながらドルフの方を見て問い掛ける。
 それに困惑するユグナリスは、ドルフの方に視線を向けながら問い掛けた。

「あの、どういう事ですか?」

「俺もお前も、アイツ等に助けられたんだよ。『砂の嵐デザートストーム』にな」

「えっ」

「あの瓦礫の山で気絶してた俺達を、スネイク達が見つけてここまで運んでくれたんだ。でなきゃ今頃、俺達はまだ瓦礫の中に埋もれてたんだろうよ」

「そ、そうなんですか。……でも、なんで……?」

 スネイクと『砂の嵐デザートストーム』の団員達が自分達を救ってくれていた事を聞き、ユグナリスは困惑した様子を見せる。
 するとスネイク達はユグナリスの傍まで歩み寄りながら、助けた理由を簡潔に伝えた。

「別に、深い理由は無い。……『赤』の血縁者に、借りを作りたくなかっただけだ」

「借り……?」

「お前等を殺そうとした俺達を、上手く生かしてくれたんだ。その借りだよ」

「……あっ」

「だが、これで借りはチャラだぞ。……あー、まだ身体がいてぇな……」

 そう言いながら腰を降ろしたスネイクは、エアハルトとの戦いで刻まれた胸の傷が今も痛むことを訴える。
 それを見下ろしながら呆気に取られた表情を浮かべるユグナリスだったが、スネイクは訝し気な視線を向けながら改めて干支衆達を見つめた。

「で、なんで干支衆れんちゅうがここに居るんだ? それに、この空気の悪さはなんだ?」

「……彼等は創造神オリジンという奴を復活させない為に、その魂と肉体を持つ女性達を殺そうとしていたそうです。……俺の目的とは、真逆なんです」

「ほぉん、なるほどな」

 ユグナリスと干支衆で目的が相反している事を理解したスネイクは、小さな溜息を漏らしながらそれぞれの姿を見渡す。
 そして腰を降ろした姿勢のまま、小川の向こう側に立つ干支衆まじん達に呼び掛けた。

「おい、お前等! とりあえず、ここは一時休戦って事にしないか?」

「!」

「この状況でお前等が戦っても、意味なんか無い。……それに、世界がこんなになってんだ。のんびり戦ってる暇があるなら、他にやるべきこともあるはずだろ?」

「……」

「だが、どうしてもるってんなら――……俺は、この甘ちゃん皇子に付かせてもらおうぜ」 

「!」 

 そう言いながら軽く左腕を上げたスネイクと同時に、傍に控える十数名の『砂の嵐デザートストーム』の団員達が小銃ライフルを構える。
 そうして小川を挟みながら膠着状態を作り出したスネイクに対して、『牛』バズディールは淀みの無い答えを返した。

「……元より、お前達と争おうとは思っていない」

「ほぉ。んじゃ、なんでぞろぞろとこっちに来た?」

「こちら側から高まる気配を感じ取ったので、誰かいるのかと様子を見に来ただけだ」

「そうかい。んじゃ、用は済んだか?」

「そうだな」

 クラウスとバズディールは互いにそうした言葉を向け合い、御互いに戦意が無い事を確認する。
 そして干支衆の全員が振り返りその場から去ろうとした時、それを強く引き留めたのはユグナリスだった。

「ま、待ってくださいっ!!」

「?」

「その、さっき言ってた天界てんかいっていう場所には……どうやって行けるんですかっ!?」

 そう問い掛けるユグナリスの言葉に、バズディールやタマモを含む干支衆達の表情が僅かに厳しくなる。
 するとその返答として、バズディールが敢えて言葉を向けた。

「天界は、あの空に浮かぶ月食あなを通じた向こう側にある。あの高さまで飛翔し、月食あなの通路を通っていくしかない」

「……ほ、他の手段は? 例えば、そこの……タマモさん達の使う、転移魔術とかでは?」

「無理だな。タマモの転移魔術でも、一度はその場所に行く必要がある」

「……ッ!!」

「それに我々は、自分達の里に戻る。……こうした事態になった以上、巫女姫から魔大陸の強者達に助力を乞うしかない」

「助力……!?」

「このままでは、五百年前と同じ天変地異が起こる。……再び世界が滅亡の危機に陥り、多くの命が絶えるだろう」

「!!」

「最悪の場合、本当に世界が滅亡するかもしれない。……既に事態は、我々の及ぶところには無い」

 バズディールはそうした返答を行い、再び前を向きながらその場を去ろうとする。
 その答えに対して苦々しい表情を浮かべるしかないユグナリスは、自身の無力さを内心で悔やみながら拳を強く握った。

 すると次の瞬間、去っていく干支衆の中に居た『いぬ』のタマモが足を止める。
 そして着物の袖口から一つの紙札を取り出すと、厳しめの視線を注ぎながら紙札に声を向けた。

「……アンタから声掛けて来るなんて、どういう風の吹き回しやの? クビア」

「!」

『――……お姉ちゃん。いまぁ、何処にいるぅ?』

「……なんでアンタに言わなあかんのよ」

『じゃあ、もしもだけどぉ。その近くに他の干支衆や帝国の皇子が居たら、伝えてくれないかしらぁ?』

「は?」

天界てんかいに行ける手段があるわよってねぇ』

「!?」

『伝えてくれないとぉ、私からは何も教えられないわぁ。それでも良いならぁ、もう二度と交信はしないようにするわねぇ』

「……チッ」

 憎らしい表情で舌打ちを漏らすタマモは、紙札を通じて交信した妹クビアの言葉を聞き入れる。
 そして最初に干支衆達にその事を伝えた後、渋々ながらユグナリス達の方にも情報を伝えた。

「……クビアから、アンタに伝言や」

「!」

天界てんかいに行ける手段があるって言うとるわ」

「えっ!?」

「ほら、伝えたで」

『ありがとぉ、お姉ちゃん。……じゃあ、私が設置してる魔符術ふだを通じて、そこに居る皆を連れて来れるかしらぁ?』

「……アンタが私に命令かいな。巫女姫様の了解を得てるから言うて、随分と生意気な口が聞けるようになりおったな?」

『命令ではないわよぉ。これは妹からお姉ちゃんに対する、お願いよぉ』

「……後で覚えとき」

『やだぁ、怖いぃ』

 紙札を通じて再び話すタマモとクビアの姉妹は、互いに共通する魔符術の触媒を用いた転移魔術を使用する事になる。
 それを聞き届けた干支衆やユグナリス、そしてスネイクを含む『砂の嵐デザートストーム』の面々やドルフは、奇妙に進む状況に訝し気な表情を浮かべた。

 それでも天界てんかいに行けるという情報は、天変地異を止めたい干支衆が何よりも欲するモノになっている。
 ユグナリスもまたリエスティア達がいるだろう天界へ行ける手段がある事に希望を繋ぎ、クビアの言葉を信じてタマモの傍まで近寄った。

「――……ほな、くで」

 タマモは三十名弱の人員を運べるように紙札を周囲に張り、その空間内部で魔符術を用いた転移魔術を発動させる。
 するとその場に居た全員が転移し、その場から姿を消した。

 転移した者達が移動した先は、ガルミッシュ帝国北部のゼーレマン侯爵領地にある広い敷地の一画。
 そこで待ち構えていたのはクビアと帝都防衛に参加していた三名の干支衆達であり、同じ干支衆達はそれぞれに顔を見合わせながら声を掛け合った。

 そんな様子を傍らで見るユグナリスと、こうした状況で同行しながらも転移して付いて来たドルフとスネイク達は、微妙な面持ちを浮かべながらクビアを見つめる。
 すると僅かな驚きを浮かべるクビアが、ドルフとスネイクに視線を向けながら声を掛けた。

「――……あらぁ、なんでドルフとスネイクもいるのぉ?」

「そういうお前は、帝国そっちに付いてたのかよ。クビア」

「まぁねぇ。アンタ達も帝国こっちに付いたのぉ?」

「違うっての。……まぁ、放置されるってとこか」

「なるほどねぇ。もうアンタ達の役目はぁ、終わってるって事なんでしょうねぇ」

 特級傭兵であるドルフやスネイクと顔見知りな様子を見せるクビアは、二人にそうした声を向けながら嘲笑するような言葉を向ける。
 それに苛立つような表情を見せる二人を見ながら、ユグナリスは疑問を浮かべながら問い掛けた。

「……あの、三人は知り合いなんですか?」

「あらぁ、言わなかったっけぇ? 私達は三人ともぉ、共和王国側に付いてた傭兵なのよぉ」

「えっ」

「一緒に雇われてぇ、それぞれに共和王国で仕事をしてたのぉ。……ちなみにぃ、私は傭兵ギルドだと【特級】傭兵だったりするのよぉ」

「そ、そうなんですか……。……そ、それより! 天界に行く方法があるって、本当ですかっ!?」

「本当よぉ。……と言ってもぉ、私が連れていけるわけじゃないんだけどねぇ」

「え……?」

 クビアの言葉を理解できなかったユグナリスは、首を傾げながら訝し気な表情を見せる。
 するとクビアは右手に持つ扇子をある方角へ向けると、ユグナリス達はそちらに視線を注いだ。

 そこには黄金色に染まった空に浮かぶ、奇妙で大きな物体が近付いている様子を確認する。
 それを見たユグナリスは驚きを浮かべ、空に浮く何かを見ながら問い掛けた。

「あ、アレは……!?」

「アレがぁ、貴方達を天界むこうまで運ぶ第二陣なんですってぇ」

「第二陣……!?」

「もう第一陣は向かったってぇ、紙札これで聞いたわぁ」

「えっ」

「貴方も話してみるぅ? はぁい、持ってみてねぇ」

 クビアの言葉に更なる困惑を見せたユグナリスだったが、紙札を押し付けられるように触れさせられる。
 すると紙札を通じて対となる紙札を持つ者から、ユグナリスに対して交信ことばが届いた。

『――……やはり、生きていたか』

「!」

『貴様より先に、俺は辿り着いたぞ』

「……この声は……エアハルト殿……!?」

 伝わる声の主がエアハルトだと気付いたユグナリスは、僅かに動揺した声色を見せる。
 そこでリエスティア達の行方を追跡する際に自分達の持っていた紙札が、今現在はエアハルトが受け取っていた事をユグナリスは思い出した。

 そんなユグナリスに対して、エアハルトは挑発的な声で伝える。

『今更来たところで、お前達の出番は無いかもしれんが。……もし来たければ、勝手にしろ』

「……はいっ!!」

 紙札を通じて聞こえるエアハルトの言葉に、ユグナリスは驚き以上の期待を持って返答を行う。
 そして彼等がいる土地に降り立たった巨大な箱舟ふねから、ルクソード皇国の騎士爵グラドの荒っぽい声が通信器を通して響き渡った。

『――……今度の送り先は、天界って場所だ! 乗りたい奴は、箱舟ふねに乗りな!』

「……待っていて、リエスティア……。……必ず、俺が助けに行くから……!」

 グラドの言葉に応じるように歩み出したユグナリスは、左腰に携える自分の剣に左手を添えながらリエスティアを助け出す為に天界エデンへ向かう決意を示す。
 それに続くようにフォウル国の干支衆達も歩み出ると、天界へ向かう為の第二陣が箱舟ふねに乗り込み始めた。

 こうして帝国に集まった強者達は、残された希望の箱舟ふねに乗り込む。
 そして第一陣エリクたちを追うように、グラドが率いる箱舟ノアは黄金色の空に浮かぶ巨大な月食あなへと羽ばたいたのだった。
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