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革命編 七章:黒を継ぎし者

愛しき温もり

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 ウォーリスは五歳の頃に、母親ナルヴァニアから引き離され父親ゲルガルドの野望を果たす為の実験体モルモットとして用いられる。
 その理由は、母親ナルヴァニア創造神オリジンの肉体を持つ『黒』の引く血族であり、またゲルガルドがこの世界を掌握できる『権能ちから』を得る可能性を秘めていたからだった。

 実験動物と遜色ない扱いを受け続けたウォーリスは、人工頭脳に収められたアルフレッドの人形達から様々な実験を課せられる。

 薬物を使用した洗脳を始めとして、数多の魔物や魔獣と戦わせる事で創造神オリジン権能ちからを発現しないかという戦闘実験。
 更に数多の毒物や薬物を肉体に打ち込むことで生命の危機による発現の実験など、凡そ五歳の少年には耐え難い苦痛を伴う過酷な実験が行われ続けた。

 父親であるゲルガルドに裏切られたウォーリスは、その間にも様々な言葉を受けながら状況を理解していく。

 自分の父親が普通の人間ではなく、代々に渡り自分の血族を利用して肉体を乗っ取りながら生き永らえた精神生命体アストラル、つまり悪魔バケモノのような存在であること。
 そして自分ウォーリスもそうする為に母親ナルヴァニアから生ませた一人であり、更にその母親が『創造神オリジン』と呼ばれる『神』の血を引く一族であったこと。

 更にその母親ナルヴァニアの一族を貶めて孤立させ、彼女以外の一族を全て処刑させる画策をしたのが、当時の伯爵家当主の肉体を乗っ取っていたゲルガルドであること。
 そうして創造神オリジンの血を限られるまで絶やし、母親ナルヴァニアを手に入れて自分の血を混ぜた子供ウォーリスを生み出すこと。

 その最終目的として、創造神かみ権能ちからを扱えるようになった自分ウォーリスの肉体を乗っ取り、自分ゲルガルドが新たな創造神かみとなる。

 ウォーリスは様々な実験を受ける中で辛うじて正気を保ちながら、ゲルガルドの目的と所業を知っていく。
 そんな状況下でもウォーリスが正気を保てていた理由があるとすれば、彼が過酷な実験の影響で幼くも『聖人』に達していた事もあるだろう。
 しかしそれ以上に、利用された母親ナルヴァニアへの愛情と、そんな目的の為に母子じぶんたちを利用したゲルガルドに対する憎悪という、相反する二つの感情が共存していたからでもあった。

 それから幾年月が流れたかもウォーリスは分からぬまま、実験の結果が出る。
 それは奇しくも、ゲルガルドの思惑に沿わぬ成果となった。

『――……チッ。創造神オリジンの血を引くというだけでは、権能ちからは発揮しないか』

『そのようです。……彼を、どうなさいますか?』

『……フンッ。廃棄処分したいというのが本音だが、貴重な創造神オリジンの血を引く肉体であることには変わりない。このまま飼い慣らす』

『では、このまま地下ここで監禁を?』

『それでも問題は無いが、私のものとするならある程度の成長が必要だ。特に脳のな。……しばらく外に出すが、屋敷とは別の場所で軟禁しておく。もし使い物にならない場合に備えて、別の容れ物も教育しておく必要があるがな』

『分かりました。それでは私も監視できる、庭園近くの納屋でどうでしょうか?』

『それでいい。頼んだぞ、アルフレッド』

『承りました。ゲルガルド様』

 ゲルガルドとアルフレッドはそうした話を交える中、ウォーリスは投与された薬物で意識が混濁し洗脳されている演技フリをしながら話を聞く。
 そしてウォーリスは五歳から始まり十二歳となる七年間の実験を終え、ついに地上に戻る事になった。

 しかししばらくの間、ウォーリスは薬物の後遺症で正気に戻らぬ演技フリを続ける。
 もし薬物が機能せず正気である事が早い段階で暴かれれば、再び地下の監禁生活に戻される事を今のウォーリスでも理解できたからだ。

 虚ろな青い瞳を浮かべながら言葉を失くしたように見せかけ、軟禁される納屋で常に呆けた表情を浮かべながら、寝台の上から動けぬように見せかけ続ける。
 その演技に騙されているゲルガルドは、既に別の帝国貴族家から娶った側室と子供を儲け、ウォーリスにとって腹違いの次男を生み育てていた。

 次男の名は、ジェイク=フォン=ゲルガルド。
 ウォーリスとは異なる薄金色の髪と淡い緑色の瞳を持つ少年であり、兄弟としては六つほど歳が離れている。

 離れの納屋で軟禁生活を続けるウォーリスに、屋敷で暮らし教育を受ける異母弟ジェクトとの接点は本来ならば生じない。
 しかしある一人の存在が、離れて暮らす異母兄弟の接点を生み出す切っ掛けとなった。

『――……ウォーリス様。今日の御機嫌は、如何いかがですか?』

『……』

 ウォーリスはいつものように呆けた表情で演技をしながら、納屋に訪れた女性に反応せずに窓の外を見続ける。
 その女性は本邸から納屋に通い、その年からウォーリスの世話をするようになった年若い給仕の侍女だった。

 侍女の名は、カリーナ。
 しかしその身分は貴族出身の子女や平民などではなく、ゲルガルド伯爵家で買われた孤児奴隷の一人でもあった。

 短い黒髪に茶色の瞳を持つカリーナという侍女は、納屋に軟禁され正気を失くした演技フリをしているウォーリスの世話を命じられている。
 主に食事の運搬、そして清潔さを保つ為に身体を拭き、敢えて垂れ流している排泄物やそれ等で汚れたシーツや衣服を取り換えるなど、とても手間の掛かるウォーリスの世話を他の侍女達に押し付けられていた。

 そんな誰もが嫌悪するだろうウォーリスの世話を、カリーナは甲斐甲斐しく文句も言わずに行い続ける。
 むしろ返事をせずに呆けているウォーリスに対して、毎日のように微笑みを向けながら話し掛けていた。

『今日は、外の天気が良いですね。ウォーリス様』

『……』

『こういう日は、洗濯物がよく乾くんですよ。お日様の暖かさで布団もシーツもフワフワになって、とても良い香りがするんですよ』

『……』

『あっ、今日の食事が気になりますか? 今日はいつもより、少し濃い味付けなんです。ほら、スープには溶けた卵が入っていて、なんとパンには苺のジャムが付いてるんですよ!』

『……』

 そうした他愛も無い話を満面の笑みで行うカリーナに、ウォーリスは内心でも呆れた心情を抱く。

 ウォーリスは始めこそ、自分が正気ではないかとゲルガルドが疑っており、侍女カリーナにこうした対応を命じて反応を窺っているのかと疑っていた。
 しかし当初に送り込まれて来た他の侍女達が嫌悪する感情を隠さず、また呆けている自分に対して罵詈雑言を向けながら世話をする様子と大きく違った為、カリーナだけがそうした命令をされているのかと疑問にも思った事もある。

 そんな彼女カリーナは世間話だけに留まらず、父親であるゲルガルドについてや、屋敷内の話についても口にする事が多々あった。

『今日から二日間程、伯爵様は外出なさるそうですよ。なので皆、留守を任されるので大忙しみたいです』

『……』

『あっ、私ですか? 私は雑用ばっかりしてますけど、これでも忙しいんですよ。でもウォーリス様の御世話も私に任されている大事な仕事ことなので、疎かにはしません。安心してください』

『……』

『そうそう。ウォーリス様の弟君、ジェイク様なんですけどね。今度六歳になられるそうですが、昨日から剣術を習うようにもなったんですよ。とても御上手らしくて、御父上や御母上から褒められていると聞きました』

『……!』

『ジェイク様、とても御優しい方なんですよ。この間も、私が御掃除を出来ていない所があると叱られていた時に、自分がそこに居たから後でしろと命じたと、そう言ってくれたんです。御優しい弟君ですから、きっとウォーリス様も御会いになれば――……!?』

『……ッ』

 その話を聞いた時、ウォーリスの青い瞳から無意識に涙が流れ出る。
 それは様々に渦巻く自身の感情を制御できず、ついに堰き止めていたモノが溢れ出すような悲しみの涙だった。

 その涙を見たカリーナは驚き、動揺しながら慌てる。
 今まで虚ろな表情のまま感情を見せなかったウォーリスが、突如として見せる反応なみだに困惑しながら声を漏らした。

『ウォ、ウォーリス様っ!? ……ど、どうしよう。えっと、こういう時は……誰か呼んだほうが……!』

『……呼ばなくて、いいよ』 

『!』

『誰も、呼ばないで。……この事は、誰にも……黙っていて……』

『えっ、え……!?』

 ウォーリスは初めてカリーナに話し掛け、自分が正気である事を黙っているように伝える。
 そんなウォーリスに初めて話し掛けられたカリーナは動揺しながらも、正気の瞳と感情のある表情を向けたウォーリスの言う通りにした。

 それから落ち着いたカリーナは、改めてウォーリスから自分が正気である事を伝える。
 そして今まで正気ではない演技をしていた理由が、父親ゲルガルドから受けた非人道的な人体実験から逃れる為だと明かした。

『――……そんな。そんな事を、伯爵様が……?』

『信じてくれとは、言わない。……でも、僕が正気なのは……黙っていてほしい。……でないと、今度こそ僕は……あの男に……』

『……分かりました。ウォーリス様の事は、誰にも言いません!』

『!』

『でも、私で御力添え出来る事があったら、なんでも仰ってください! 私、ウォーリス様の御力になります!』

『……なんで?』

『えっ』

『なんで、そんな事を? ……そもそも、君はなんで……今までも、そして今も、僕に優しいの?』

 自分が正気である事を知り、そして今までと変わらぬ笑顔を向けるカリーナに、ウォーリスは疑問を投げ掛ける。
 それを聞かれたカリーナは、少し寂し気な微笑みを浮かべながら口を開いた。

『私、お爺ちゃんに育てられたんです』

『えっ』

『父や母は、私が小さな頃に病で亡くなってしまって。だからお爺ちゃんが、私を育ててくれました。……でもお爺ちゃんも、最後はウォーリス様のように寝たきりになって、私はずっとその御世話をしていたんです』

『……』

『私は、御世話になったお爺ちゃんに何も出来なくて。……でも、私が笑って話し掛けると、お爺ちゃんは喜んでくれて。……お爺ちゃんは最後に、私の頭を撫でて、こう言ったんです。いつでも笑いながら生きていけば、良い事があるんだよって』

『……!』

『だから、お爺ちゃんみたいにウォーリス様にも、いつか笑って欲しいなって。ウォーリス様にもきっと、良い事があればいいなと思って。……そう思って、ずっと話し掛けてました』

『……』

『でも、その。そんな事情があるなんて、全然知らなくて……。……その、ごめんなさ――……』

『……ありがとう』

『えっ!?』

『……ありがとう……ッ』

 カリーナがずっと話し掛け続けた理由を聞き、ウォーリスは再び涙を流し始める。
 それは先程のような悲しみの涙ではなく、目の前にいるカリーナの優しさに触れた事で、母親以外からの温もりを再び得た瞬間でもあった。

 ウォーリスは過酷な人体実験を受け続け正気を保ちながらも、精神は半ば壊れていたのかもしれない。
 しかし壊れかけていたその精神に欠けていたモノを取り戻す切っ掛けとなったのは、自分に優しさを与えてくれたカリーナという少女だった。

 その年、ウォーリスは十四歳であり、カリーナは十五歳である。
 二人は見た目こそ年の離れた男女ながら、そうした秘密を共有しながら離れの納屋で過ごし、幾年まで関係を育み続ける事になった。
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