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革命編 七章:黒を継ぎし者
見えざる救い
しおりを挟む悪魔ヴェルフェゴールとの契約を破棄し、その代償として魂を奪われそうになるウォーリスを帝国皇子ユグナリスは救う決断をする。
それに助力するようにユグナリスの肉体に宿っていた未来の彼が助言し、初代『赤』の七大聖人ルクソードが用いていた四つの精神武装を再構成した新たな精神武装を再構成した。
その精神武装を用いて『生命の火』を圧縮した弾丸を放ったユグナリスは、ウォーリスを覆うエネルギーの壁を突破する。
そして弾丸をウォーリスの肉体に着弾させると、その精神内部に精神体である未来のユグナリスが送り込まれ、魂を奪おうとしていた悪魔ヴェルフェゴールと対峙して見せた。
未来のユグナリスは精神体ながらもその右手に『赤』の聖紋を宿し、それを輝かせながら握り持つ聖剣の矛先をヴェルフェゴールへ向ける。
しかし唐突に襲来した未来のユグナリスに対して、ヴェルフェゴールは微笑みを絶やさず落ち着いた面持ちで話し掛けた。
「――……これは珍しい、人間の精神生命体とは。……おや、その魂の色は……あぁ、別の次元から御越しになった帝国皇子ですか」
「!」
「ということは、貴方には自己紹介が必要でしょう。私は魔神王様の下で『男爵』の位を頂いております、ヴェルフェゴールと申します。以後、お見知りおきを」
目の前にいる精神生命体が自分の知る人物とは別の未来から来た事を見抜いたヴェルフェゴールに、未来のユグナリスは僅かに驚きを浮かべる。
しかしユグナリスが握る聖剣の矛先が揺らぐ事はなく、冷静で鋭い赤い眼光を向けながら精神体に燃え上がるような『生命の火』を纏わせた。
それを見たヴェルフェゴールは、微笑みを深めながら言葉を続ける。
「おや、『生命の火』ですか。その力をそれほどまでに扱える人間は、特に珍しい。私が知る限り、貴方で二人目です」
「そんな話を聞きに来たわけじゃない。――……悪魔ヴェルフェゴール。この男の……ウォーリスの魂を奪うことは、諦めろ」
「残念ながら、それは出来かねます」
「何故だ?」
「これは双方が納得した上で交わした契約でございます。そして契約主は、それでも私との契約を破棄しました。その意向に従い、私は契約主の魂を頂かねばなりません」
「悪魔が持ち掛けた契約なんて、無効に決まっているだろうっ!!」
「それは酷い。私も契約に従い、契約主に十分に尽くしてきたつもりですよ。正当な働きに対して対価を頂くのは、人間の掟でも同じなのでは?」
「人間が貰う対価は、魂なんかじゃない。悪魔達と一緒にするな!」
互いに自己の主張を向け合う形で言葉を交えながらも、その話は妥協を許さぬ平行線を見せ始める。
するとヴェルフェゴールは溜息を漏らし、ウォーリスの魂を守るように阻む未来のユグナリスにこの言葉を向けた。
「やれやれ、やはり人族の理はよく分かりませんねぇ。魔神王様の命令ですし、あまり人族を害するような事はしたくはないのですが……邪魔をされてしまうのであれば、仕方ありませんねぇ」
「!?」
ヴェルフェゴールはその場で悪魔の翼を背中から出現させると、それを大きく広げながら羽ばたかせる。
そして精神世界に広がる白い地面から離れ、僅かに精神体を浮かせた。
すると次の瞬間、ヴェルフェゴールは常人の目では追えぬ速さでユグナリスに迫る。
その動きを追えたユグナリスは、自らも『生命の火』を纏わせながら赤い閃光となってヴェルフェゴールと衝突した。
未来のユグナリスは聖剣でヴェルフェゴールの精神体を貫こうとしたが、それは精神体で構成した瘴気の剣で防ぎ止められる。
瘴気を容易く燃やし尽くすはずの『生命の火』ですら断てない瘴気の剣に、未来のユグナリスは僅かに驚きを口から漏らした。
「っ!?」
「『生命の火』は、確かに強力です。……ただ、上級悪魔は強いですよ」
「クッ!!」
瘴気の剣と『生命の火』を纏わせた聖剣は弾け合いながら、それから幾度も剣戟が交えられる。
しかし未来と現在の戦いにおいて活躍を見せた未来のユグナリスが、徐々に攻めあぐねて防戦となって押され始めた。
未来のユグナリスは幾度も『悪魔』と呼ぶべき者達と戦ったユグナリスは、初めて自分が戦った『悪魔』が本物の悪魔ではない事を理解する。
今まで戦って来た『悪魔』は瘴気を生み出し操る技術を持っていただけの『人間』であり、本物の『悪魔』とは実力も能力も桁違いだったのだ。
それでも未来のユグナリスは諦めず、防戦しながらヴェルフェゴールが隙を見せる瞬間を待ち続ける。
彼には聖剣と『生命の火』を用いた必殺技である『七聖痕』があり、特定の箇所に剣先を掠らせるだけでも『悪魔』が力の源としている瘴気を削り取れる秘策があった。
その隙を狙い聖剣をヴェルフェゴールの精神体に掠らせる事だけを狙っている未来のユグナリスだったが、再び互いの刃が激突した時に驚くべき言葉を向けられる。
「なるほど、『七聖痕』ですか。良い技を御持ちのようですね」
「!?」
「『何故それを知っているんだ』ですか? 悪魔に対して、それは愚問ですね」
「……まさか、俺の思考を……!?」
「思考を読む事など、悪魔にとっては普通の事ですよ。……貴方は悪魔を、少し甘く見ておられるようだ」
「クソッ!!」
未来のユグナリスは自分の思考が読まれている事を理解すると、瘴気の剣を弾きながら大きく距離を保とうとする。
しかしそれを追撃しながら瘴気の剣で迫るヴェルフェゴールへの対応に追われ、平静と取り戻す事が難しくなり始めていた。
ヴェルフェゴールは最初に未来のユグナリスを見た時、彼の思考を読めたからこそ『別の次元』から来た帝国皇子なのだと瞬時に見破っている。
その時点でヴェルフェゴールの持つ能力の一端に気付けなかった未来のユグナリスは、自分の浅慮に後悔した。
『七聖痕』を読まれ自分の動きすらも把握するヴェルフェゴールに、ユグナリスは聖剣を一太刀も浴びせられない。
逆に迫り来るヴェルフェゴールと瘴気の剣に対する対応で精一杯となり、完全に決め手を欠く状態に持ち込まれた。
そして追い詰められた状況で、未来のユグナリスは焦りを浮かべながら危機感を強めてしまう。
それによってヴェルフェゴールに思考を読ませ、未来のユグナリスが隠していた弱点を知らせる事になった。
「なるほど、その聖剣が貴方の本体ですか」
「ッ!!」
「貴方は今、聖剣が破壊される可能性を考えましたね。……駄目ですよ。このような状況で、自分の弱点を考えてしまっては」
「……ウ、ウワァアアア――……ッ!!」
自分の弱点を知られ、更に余裕の微笑みを保ち続ける悪魔ヴェルフェゴールに、未来のユグナリスは自身の思考を取り払うように叫びながら剣戟を振るう。
しかしその剣戟は瘴気の剣で受ける事すらされずに避けられ、更に右脚の回し蹴りを放つヴェルフェゴールによって、未来のユグナリスは白い地面へ叩き落とされた。
辛うじて地面へ叩き付けられる前に膝を着いて両足を着地させた未来のユグナリスは、大きく疲弊した様子を浮かべる。
その傍に着地したヴェルフェゴールは、未来のユグナリスを見下ろしながら話し掛けた。
「これで、理解して頂けましたね?」
「……ッ!!」
「貴方は私を滅する事は出来ない。ここは大人しく、身を退いては頂けませんか?」
「……駄目だ……っ!!」
魂を得る為の邪魔をせずに引き下がるよう伝えるヴェルフェゴールに対して、ユグナリスは顔を上げながら両膝を立たせる。
しかしそんな未来のユグナリスに対して、ヴェルフェゴールは不可解な面持ちで尋ねた。
「どうして邪魔をなさるのです? 貴方はどうやら、契約主は心の底から恨んでいる対象のようですが」
「!」
「これは貴方にとって、望ましい結果のはずですよ。にも関わらず、貴方は自分の心とは真逆の行動をなさっていらっしゃる。それが不思議でなりません」
「……だからだ……っ!!」
「!」
立ち上がった未来のユグナリスは焦燥が宿る表情と共に、聖剣の矛先を向けながら苦々しい言葉を向ける。
それは別の未来において大事な者達を殺したウォーリスに並々ならぬ憎悪と憤怒を向けていた、未来のユグナリスの意思でもあった。
「俺は、この未来の人間じゃない。……でもこの世界の……現在の俺は、ウォーリスを救いたいと望んでいる」
「……」
「俺の意思は、現在の俺とは関係ない。……だから、ウォーリスは救う。それが現在の俺と、愛する者達の為になるのならっ!!」
自分の魂を通じて燃料となる強い意思を伝える未来のユグナリスは、聖剣と精神体を『生命の火』で再び覆う。
それが彼の本心である事を理解したヴェルフェゴールは、今まで浮かべていた微笑みを失くした顔で伝えた。
「貴方の魂が持つ輝きもまた、実に美しい。……しかし、契約は契約。魔神王様に捧げる魂の回収は、止める事は出来ません」
「……ッ!!」
「これ以上、御客様の御相手をさせて頂くのは遠慮させて頂きましょう。――……さようなら、美しき魂よ」
ヴェルフェゴールは実に残念そうな表情をしながらも、右手に握る瘴気の剣を突き出しながら未来のユグナリスに迫る。
それが自分の聖剣を破壊する一撃だと理解した未来のユグナリスは、どうにか防ごうと必死に思考を巡らせた。
しかし次の瞬間、聖剣に届きそうだった瘴気の矛先が停止する。
更にヴェルフェゴールの動きも停止すると、未来のユグナリスは驚愕を浮かべながら唖然とした声を漏らした。
「な……!?」
「……」
唖然とする未来のユグナリスを他所に、ヴェルフェゴールは別の方角を見ながら驚きの表情を浮かべる。
それを初めて出来た隙だと思った未来のユグナリスは、聖剣を振るい『七聖痕』をヴェルフェゴールに刻もうとした。
しかし振るわれた『聖剣』の剣戟は、全てヴェルフェゴールが持つ瘴気の剣で受け流される。
「!?」
「……あぁ、申し訳ありません。今し方《がた》、御連絡を頂いておりましたので」
「えっ」
「この契約主の魂ですが、頂く必要が無くなりましたので。どうぞ貴方達で御自由にしてください」
「……えっ!?」
そう言いながら瘴気の剣を収めて背中を見せたヴェルフェゴールは、悪魔の羽を閉じて背中に収納する。
すると黒い煙状に身体を変化させながら、再び未来のユグナリスへ言葉を向けた。
「では、私はこれにて失礼を。皆様には、また何処かで御会いしましょうと御伝え下さい」
「ちょっ、ちょっと待てっ!! どういう事だ、さっきまであんなにウォーリスの魂を欲しがってたくせに……!」
「ですから、頂く必要が無くなったと言っているではありませんか」
「それが、どういうことだと聞いてるんだ!」
「我々が崇める神の意向です。では、ごきげんよう――……」
「!?」
そう言いながら、黒い煙になっていた悪魔ヴェルフェゴールの姿はウォーリスの精神世界から完全に消失する。
それを唖然とした表情で見送るしかなかった未来のユグナリスは、不可解な状況に困惑するしかなかった。
するとそうした状況に呼応するように、現実世界のウォーリスにも変化が生じる。
彼の身体から放出し続けていたエネルギーの突風が途切れると、僅かに浮遊していたウォーリスの身体が地面へ倒れるように落ちた。
その時点でウォーリスの左腕は大きく崩れ落ちながらも、身体全体に及んでいた亀裂が停止する。
それを周囲で見ていた一人を除く全員が、目を見開きながら驚愕の声を漏らしていた。
「――……な、何が起こった……!?」
「奴の魂が、奪われたのか……?」
「……いや、よく見ろ。……奴はまだ、生きている」
「!!」
「――……ウォーリス様っ!!」
倒れるウォーリスを見ていた者達は、ボロボロの身体ながらもウォーリスの胸が僅かに動きながら息をしている事を確認する。
そこでエリクの左腕から逃れるように走り出したカリーナが、涙を溢れさせながらウォーリスに近付いた。
するとエリクは、向かいの位置で精神武装を持ち構えるユグナリスを見ながらアルトリアに問い掛ける。
「あの王子が、やったのか?」
「……言ったでしょ。アイツ以外にもう一人、この状況で何か出来る奴がいるってね」
「それは、誰なんだ?」
「決まってるじゃない。契約してる悪魔を、管理できる到達者よ」
「!」
そうして事態を察するように話すアルトリアの言葉に、エリクや傍に居たケイルも驚きを浮かべる。
それは最も信じ難い相手の意思が、この場の状況に介入した事を意味していた。
こうしてウォーリスの魂は悪魔ヴェルフェゴールに奪われる事は防がれ、辛うじて息を残させる事に成功する。
しかし今までの事態を引き起こした元凶とも言えるウォーリスの処遇については、この場に居る者達に重く圧し掛かる責任となっていた。
応援ありがとうございます!
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