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終章:エピローグ
託された者に
しおりを挟む『大樹事変』を経て自ら築き上げたモノすら捨てようとするクラウスに対して、ワーグナーは煽りの言葉を向ける。
それがクラウスの琴線に触れ、二人は四十年前に中断された喧嘩を始めた。
結果として、二人は最後に放った拳で同時に倒れる。
それから宗教国家から派遣された治癒魔法を扱える神官達に診られながら、その傷をある程度までは治されてから教会を兼ねた治療院へ運ばれた。
別室で寝かされる二人は、その一日後に教会の中庭で再会する。
互いにまだ傷を残した姿ながらも、二人は睨み合いながら声を向けた。
「――……チッ、引き分けか」
「……どうやら、そうらしい」
「もうちょい俺が若けりゃ、腑抜けたお前なんざ軽く倒してたのによ。……あー、腰痛ぇな……」
「……」
近くの長椅子に腰掛けたワーグナーは、そうした愚痴を向ける。
しかしクラウスは立ったままその傍に留まり、互いに顔を向けずに暫しの沈黙が生まれた。
そうした中で、先にクラウスが会話を始める。
「――……あんな言葉にも動揺し受け流せないとは。……どうやら私は、冷静では無かったらしい」
「ああ、そうだな。……いつものお前だったら、嫌味の一つでも返して終わってたろうよ」
「もしそれで終わったら、どうしていた?」
「別にどうもしねぇよ。……例え辞める為の言い訳だったとしても、お前が言ってたことは事実だしな」
「!」
「共和王国は今、お前が居てこそあの国王でも上手く成り立ってるような感じだ」
「……」
「だが、あと十数年もしたら……俺もアンタもヨボヨボの爺さんになる。そうなった時に頼りにするのは、今この共和王国に居る若い奴等だ。……俺達はその時の為に、若い連中をしっかり育てていく必要がある。アンタの師匠や、俺の師匠みたいによ」
「!」
「俺達は、そういう風に未来を託されて来た一人なんだ。……それを放り出しちまったら、アンタの師匠も裏切ることにもなるんじゃねぇか?」
「……っ」
「それでも出て行くってんなら、俺は止めねぇよ。……ただ、あの世に逝った時。アンタは胸張って自分の師匠に会えるのか?」
「!!」
「俺は、今あの世に逝っても自分の師匠に胸張って言えるぜ。……俺なりに、自分の人生をやり切ったってよ」
「……そうだな……」
その会話の後、クラウスは顔を伏した後にその場を離れていく。
ワーグナーはその背中にそれ以上の声は掛けず、ただ見送った。
それから一日を経て、クラウスは先に退院する。
怪我こそ完全には治り切っていなかったものの、彼はそのまま王城へと戻った。
そして王城内の事務状況を把握すると、国王の私室へ怒鳴りながら乗り込む。
「――……ヴェネディクトッ!!」
「は、ひゃぁい!? ――……えっ!? な、なんでアンタがここにっ!? 入院したって聞いたぞっ!?」
「もう退院した。それよりなんだ、あの仕事の溜まり具合はっ!?」
「い、いや……だって。自分では分からなかったり決められないモノばかりだから、アンタの退院を待って意見を聞こうかなって……」
「そう考えたなら、人を寄越して俺の返答を聞くことも出来ただろう。どうしてしなかった?」
「そ、それは……ほら。最近なんか元気が無さそうだっし、ゆっくり休ませてあげようかと……」
「ほぉ、その心遣いは痛み入るな。だから今日も仕事をやらずに、私室で昼寝か?」
「あっ、えっ……と……」
「まったく……貴様はこの共和王国の国王だろう! サボる暇があるなら、少しは自分で国を治めろっ!!」
「ヒ、ヒィッ!!」
「貴様がマシな国王にならなければ、私が楽を出来んのだ! いつまでもその体たらくならば、死ぬまで私から解放されないと思えっ!!」
「や、やります! 明日からやるから、許して――……ギャアアアッ!!」
私室で怠けていた国王ヴェネディクトに対して、クラウスは強烈な折檻を行う。
それは王城内にも響き渡る悲鳴だったが、官僚達はいつもの日常だと理解して自身の務めを行い続けた。
こうしてクラウスは自分のやるべき事を見据え、再び国王の教育と共和王国の復興を務める補佐役に戻る。
それは遅れて退院したワーグナーの耳にも届き、彼は呆れるような笑いを浮かべた。
それからも気力を戻したクラウスの手腕により、共和王国の復興は続けられる。
しかし宗教国家で起きる動乱によって各国に派遣されていた神官や修道士達には不安を募らせ帰国を望む者もおり、そうした調整や送迎は使節団である黒獣傭兵団に任せることになった。
そうした間に『大樹事変』から一年が経過し、ようやく共和王国にも落ち着きが戻り始める。
水害に因って荒れていた共和王国東部の港や帝国北方と西方の港都市は、アスラント同盟国の援助もあって機能を回復する。
更に同盟国の造船技師や技術者達の派遣による新造船、漁船から大陸間航行可能な船舶の有償提供が行われた。
物資の輸出と輸入を再開できるようになった各国では、改めて貿易が再開される。
それと同時期に貿易業を営む商人達も活発に動き出し、各国を往来するようになった。
実はこうした商人達の動向については、ある理由が存在する。
それは四年前に起きた天変地異で各国に配備された箱船によって、輸送や貿易を主に担う商人達の利益が著しく低下していたのだ。
商人達の保有する船や馬車であれば数日から数週間は掛かるだろう大量の物資運搬を、箱船であれば数時間で終えられる。
その為には運搬を仕事にする商人達は、大陸内の運搬物資の集積と納入だけに留まり、各国を渡る貿易商人達が極端に仕事と収入を減らしていたのだ。
支出こそ減りながらも利益低下によって失業者さえ出かねないこの状況を不満に思う商家や商人達も多く、各国では彼等からの苦情がかなり多かったらしい。
中には箱船を国軍だけではなく商人達にも使わせろとまで言い出す者も存在し、一時期はその影響で箱船を盗もうとする行為まで起きていた。
更に箱船の構造情報を得て自分達で作る為に、共同開発したとされる元皇国や魔導国の重要施設に侵入しようとする密偵まで現れる。
こうした事態に対応させられたのは各国の軍や製作者の一人である『青』であり、彼等は口を揃えてこの時の事態をこう評しているのが記されていた。
『――……箱船は、今の人間大陸が使っていいものじゃない』
高い利便性に反して様々な問題を引き起こす事態となった結果、箱船は復興などの重要案件や緊急事態以外での使用は控えられ、人や物資の運搬と貿易は商人の仕事に戻る。
そして今回の『大樹事変』によって箱船は破壊され、『青』自らが修理や再建造を不可能であると伝えたことで、改めて商人達は復興支援の物資運搬も仕事として国から請け負えるようになり、意気揚々とした様子で動き出したのだ。
商人の中には勿論、各国に名を馳せる大商人達も含まれる。
その一人が復興した共和王国の港に到着し、自分の乗船から降りながら後ろから着いてくる者に呼び掛けた。
「――……着きましたね。ここが貴方の故郷、ベルグリンド共和王国の東港です」
「――……そうか」
乗船に掛かる桟橋を渡って港の地面を踏むのは、小太りの壮年な男性商人と、ニメートル程の身長と逞しい体格を持つ短い黒髪の大男。
そしてその大男な背中には、赤い装飾玉が柄に嵌め込まれた黒い大剣を背負っていた。
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