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終章:エピローグ
四十年前の決着
しおりを挟む各国に別れた者達がそれぞれの日々を過ごす中、ベルグリンド共和王国に居る者達についても書き記そう。
『大樹事変』の影響を受けた共和王国も東部海岸と港に大きな損害を受け、各地においても暴風と落雷の被害が及ぶ。
それでも南領地の復興で用いられる予定だった資材がそれ等の復興に用いられ、今回の異変に関する復興は半年にも満たない時間で完了していた。
その復興について最も活躍したのは、ヴェネディクト国王の相談役に収まっているクラウスの的確な指示と判断能力による功績が大きい。
しかし本人はそれを誇るでもなく、その功績を全て国王の采配として自身は裏側に留まった。
こうしたクラウスの真意は複雑であり、今回の事態は彼を打ちのめしている。
自身の師と愛する女が『大樹事変』を起こした首謀者であるという事実は、精神的に彼を疲弊させるに十分だった。
そうして共和王国の復興がある程度まで落ち着いた時期に、クラウスは自ら黒獣傭兵団の拠点へ訪れる。
すると面会したワーグナーに対して、こんな言葉を伝えていた。
「――……ワーグナー。お前に頼みがある」
「なんだよ?」
「私に代わり、国王の補佐をしてくれ」
「あ? なんだそりゃ、どっか遠出でもするのか?」
「ああ。……私は、この共和王国を出る」
「!?」
落ち着き払いながらそう頼むクラウスに、ワーグナーは驚愕の表情を浮かべる。
しかしすぐに訝し気な視線になるワーグナーは、敢えてその理由を問い掛けた。
「……共和王国を出て行って、どうすんだ?」
「メディアを探す」
「……何処に居るか、当てでもあんのか?」
「無い。だが、人間大陸の何処かにはいるはずだ」
「おいおい……!」
「引き継ぎに関しては心配するな、十日以内には済ませる。官僚達に説明する前に、まずお前の承諾を得に来た」
「……なら、はっきり言うぜ。……俺に国王の補佐なんざ、無理だ」
話を進めようとするクラウスに対して、ワーグナーははっきりとした言葉で引き継ぎを拒絶する。
それに対して僅かに表情を歪めたクラウスは、強い口調で言葉を続けた。
「宰相になれと言っているわけではない。あくまで補佐で、黒獣傭兵団の副団長は崩さなくていい」
「そういう問題じゃねぇっての」
「お前は共和王国で人望がある。国王の補佐役として、お前以上に適任はいない」
「ここにいるだろ。アンタっていう立派な国王の御守りがよ」
「私は元々、他国の人間だ。そんな私がこの共和王国に干渉し続けるよりも、この国の者に政治体制を戻すのは自然な行いでもある」
「どんだけ言い繕っても、それはアンタが辞めたい言い訳にしか聞こえねぇよ」
「……ッ」
「どうしたんだよ、アンタ。何で急にそんな事を言い出した?」
自分の想いばかり先行させて話を纏めようとするクラウスに対して、ワーグナーは今まで以上に強い違和感を持つ。
そしてそう問い掛けられた時、クラウスは表情を渋くさせながら顔を伏せて話し始めた。
「……ログウェルは、私の師だった。だが弟子である私は、師の苦しみを何も理解できていなかった」
「!」
「それを理解できていたのは、恐らくメディアだけだったのだろう。……私は私自身の中で築き上げたモノが何だったのか、分からなくなった」
「……分からないって……。……確かに、アンタにとっては大事な師匠と女だったかもしれないがよ……」
「そうではない。ログウェルの死も、メディアの行動についても既に自分の中では決着している。……拭えていないのは、自分の情けなさだ」
「情けなさ……?」
「師の苦悩を理解できず、自分から離れたメディアに対する情と恨みばかり抱いて。二人の傍に最も近い位置に居ながら、結局は何も見えていなかった。……自分がそういう男なのだと、改めて自覚した。いや、思い出した」
「……」
「そんな今の自分に精一杯で、補佐役などする気力は無い。……ならば、本来その立場に在るべき者に渡すのが当然だろう」
整然とした言葉で理由を伝えるクラウスだったが、一方でワーグナーは腕を組みながら深い溜息を漏らす。
すると厳しい表情を浮かべながら、クラウスに向けて言い放った。
「……それが本音か。要するに、やる気を失くしたから国王の補佐役を代われってことかよ」
「……」
「フザけんじゃねぇ。お前が考えて、お前がやってきた事だろうが。だったら最後までやり切れよ。やる気を失くしたから途中で降りるとか、無責任にも程があるだろうがよ!」
「……その通りだ。弁明のしようもない」
「こっちにはな、テメェに託して死んでった仲間もいる。……テメェが言ったんだぞ? そういう連中の想いを、無駄にすんなってよ」
「……」
「だからこそ俺は、アンタのやることに付いてきた。だがな、やる気を失くしたテメェの後釜なんかになる気は無い」
「……そうか。分かった」
その返答を聞いたクラウスは、渋々ながらも腰を上げ部屋から出て行こうとする。
そんな背中を見るワーグナーは、溜息と同時に悪態を吐き捨てた。
「……やっぱり、アンタは貴族の坊ちゃんだったな」
「!」
「こんな途中で放り出して逃げるようじゃ、腰抜けの王国貴族と大差ないぜ。今度は何処に道楽の旅をするんだかなぁ」
「……何だと?」
煽る言葉を向けたワーグナーに対して、クラウスが反応し振り返る。
その表情には今まで見せていなかった感情が見えると、ワーグナーは口元を僅かにニヤつかせながら煽りを続けた。
「あぁ、そうだった。坊ちゃんが頼りにしてた強い師匠も死んじまってたな。一人で旅するのも怖いだろ? なんだったら、ここの黒獣傭兵団を何人か護衛に雇わせてやってもいいぜ? 帝国貴族の坊ちゃんが安心して旅を出来るようにさ」
「……その言葉、取り消せ」
「何を取り消すんだよ? 本当の事しか言ってねぇじゃねぇか。それに国王の御守りばっかりして、身体も弱ってんだろ? 俺は身も心も弱っちまったアンタに、親切で心配してやってるだけだぜ?」
「ッ!!」
「それに引き換え、俺は偉いよなぁ。もう六十手前だってのに、今でも現役で働いてんだ。心も身体も腑抜けた貴族の坊ちゃんには、平民の俺を見習ってほしいもんだぜ」
「……そうか、いいだろう。……取り消す気が無いなら、表に出ろ。四十年前の決着をつけてやるっ!!」
「ハッ、望むところだっ!!」
執拗な暴言を受けたクラウスは、堪忍袋の緒を切り落とす。
それに対してワーグナーも言葉と表情を嘲笑させ、四十年前に中断された決闘の再戦に挑んだ。
二人は厳しくも憤怒した様子で部屋を出て行き、共に拠点内の中庭に訪れる。
そして互いに五メートル程の距離を空けた状態で向かい合い、二人は腰などに収めていた短剣や長剣を遠くへ投げ捨てながら言い合いを向けた。
「――……方法は四十年前と同じだ」
「当たり前だろ。今度こそ、テメェの顔を泣き腫らしてやる」
「こっちの台詞だ。――……ォオオッ!!」
「ウラァアアッ!!」
身に付けていた武器を全て遠くに投げ捨てた後、二人は咆哮を上げながら同時に殴り掛かる。
するとクラウスは腹部に右拳を抉り込まれ、ワーグナーは左顔面に右拳を叩き付けられた。
「ッ!!」
「グ、ハッ!!」
互いに直撃した相手の拳で苦痛を浮かべながらも、短く息を吐きながら続けて左拳を振る。
そして互いの胴体に拳が当たり、そのまま二人は後退りながら身を引いた。
しかしそれでも止まらない二人は、幾度も殴り合いを続ける。
そんな二人の決闘に気付いた黒獣傭兵団の団員達は、動揺しながら中庭に集まって来た。
「――……副団長っ!?」
「なんだ、何やって――……あれっ、クラウスの旦那か……!?」
「なんで二人が戦ってんだよっ!?」
「二人とも! 止めてくださ――……」
「――……すっこんでろっ!!」
「――……手を出すなっ!!」
「!?」
殴り合い蹴りすら飛ばしながら血を見せ始めている二人の決闘に、団員達は慌てて止めに入る。
しかし近付いて来た団員達に対して、クラウスとワーグナーは互いに声を合わせながら一喝して叱り飛ばした。
凄まじい気迫で殴り合う二人に対して、団員達は動揺しながらも外野としてその場に留まる。
すると遅れて来たマチスが松葉杖の音を鳴らしながら、中庭で殴り合う二人の姿を見た。
「――……何やってんだ、あの二人……?」
「マ、マチスさん!」
「アレ、止めた方がいい感じじゃないですか……!?」
「副団長も旦那も、ガチで殴り合ってますって!」
古株であるマチスが来た事で仲裁できる可能性があると考えた団員達は、動揺しながらそう頼む。
すると二人が戦う姿を見ながら、マチスは少し考えた後に自身の意見を伝えた。
「……いや、やらせとけよ」
「えっ」
「色々と鬱憤が溜まってんだろう。それが晴れりゃ、勝手に止まるさ」
「で、でも……!」
「まぁ、念の為。治癒魔法できる神官さんを呼んで来てくれ」
「わ、分かりました……!」
そうした事を伝えるマチスに、動揺していた団員達は宗教国家から派遣されている治癒魔法使いの神官達を呼びに行く。
するとマチスや残っている団員達は、二人の決闘を観戦する事になった。
三十分程、二人は擦り切れた打撲痕から微かに血を滲ませ、鼻や切れた口から流血したボロボロの姿で向かい合う。
そして拠点内に居る黒獣傭兵団が全て集まり見守る中で、息切れと体力の限界を感じさせながら最後の右拳を向け合った。
「――……お……うぉおお……っ!!」
「ぁうああ……っ!!」
罵詈雑言すら尽きた二人は、ただ雄叫びを口から漏らしながらヨタヨタとした動きで近付く。
そして互いの右拳が顔面の真正面を貫くと、二人の首が後背へ仰け反った。
すると次の瞬間、二人の足は踏み止まれずに縺れる。
そのまま地面へ傾き、二人は同時に背中から倒れた。
「ふ、副団長っ!!」
「クラウスの旦那っ!!」
倒れた二人に対して団員達は駆け寄り、そのまま呼んでいた神官達に診せる。
二人は完全に意識が飛んでいる状態であり、喧嘩と呼ぶにはやり過ぎる程の重傷を負っていた。
しかしそんな二人の気絶した顔を見るマチスだけは、呆れた微笑みを見せながら呟く。
「――……満足したかい、お二人さんよ」
「……」
「……」
その問い掛けに対して、意識の無い二人は返答できない。
それでもそこに浮かぶ表情は、僅かに微笑みを見せていた。
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