上 下
5 / 13

5話

しおりを挟む
 ようやく人集りが収まってきたと思い時計を見てみると、時間はゆうに40分はすぎていた。もう帰ってしまいたいと思うほどに疲労は溜まっていたが、かと言って主役の私が席を外す訳にもいかず、飲み物でも飲んでひと休みしようかと考えていると、また私に声をかける人が。

「酷く疲れているようだな、イリシス。」

 いきなりそんなことを言うだなんて、なんて失礼な人なのかと思いつつ顔を見てみると、そこに居たのは帝国の太陽とも言われている皇帝陛下だった。
 言わずもがなのオーラというか、我こそ真の王だ、と言わんばかりのその雰囲気は相変わらずだ。

「そんなことございませんよ。今日はお越しいただきありがとうございます。」

「まだ10歳になったばかりなのにもう一人前のレディーのようだな。さすがリンデンの婚約者だ。これからもリンデンを頼むぞ。」

 リンデンの婚約者だと言いきってしまうのはどうかと思うが、そんなことは顔に出さずに絵本に出てくる聖女のように笑ってみせた。すると、陛下は目尻のしわがくしゃっとなるような優しい笑顔を私に向けてくれた。
 顔こそ息子である冷徹な皇太子殿下にそっくりなものの、にこやかに話しかける陛下はまるで私の第二の父親のようだ。

 前世でも陛下を慕っている人は大勢いた。先代の頃までは打倒皇帝、だなんてことを言っていた人まで慕うほどに素晴らしいお方だったのだ。それでも陛下は前世でかなり若くに亡くなってしまった。
 多くの人が悲しみに暮れていて、もちろん私も例外ではなかった。周りにどれだけ蔑まれようが、馬鹿にされようが陛下だけは私を愛してくださったのだった。

 本当に、陛下に何度救われたのかは数え切れない。だから次は私が助けられたらいいのに、と切に願うものの私はただの無力な一人の子供に過ぎない。陛下が病気だったとして治す方法も、毒を盛られたとしてそれを防ぐ方法も持ち得ないのだ。
 これほど自分を憎んだことは無いだろう。なぜ私はこんなにも無力なのか。そして、なぜ私は陛下になんの恩も返せないままに悪女と呼ばれても仕方が無いようなことばかりをして生き、殺されたのか。

 ここで私の道が、私のすべきことがひとつ見えた気がした。私は、陛下を救うすべを身につけたい。いや、身につけないといけないのだ。そう意気込むと胸が熱くなった気がした。


 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

伯爵様は色々と不器用なのです

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:122,589pt お気に入り:2,492

処理中です...