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108.続 宝探し

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「じゃあ、ローズマリー。始めようか」 

「はいっ。よろしくお願いします!」 

 お城のなかで宝探し、しかもパトリックさまとふたりきりなんて素敵、と舞い上がった私はふわふわと鉋屑のような気持ちで挑んだのだけれど。 

「ああっ、またフェイクですっ!」 

 私は、既にして三つ目のフェイクの宝箱を前に、その場でがっくりと膝を付いた。 

「ふふ。ローズマリー、頑張って」 

「もう。他人事だと思って」 

 そして今日になって知った、パトリックさまが隠し役だというまさかの事実に、私は頬を膨らませる。 

「他人事だとは思っていないよ。事実、他人事じゃないしね」 

「『ローズマリーのことなら俺のこと』ですか?でも、今回は違うじゃないですか」 

「違わないよ。ある意味俺も当事者だから」 

「またそうやって意味深に。私はただ、パトリックさまと一緒に宝探しをしたかっただけです」 

 小難しい事は分かりません、とわざとらしく膨れてパトリックさまの反応を見ようとした私は、そのはしばみ色の瞳をきらきらと輝かせるパトリックさまに、がしっと手を握られた。 

「ローズマリー!なんて可愛いことを!じゃあいつか、大陸の何処かに眠るという宝を一緒に探しに行こう。大陸縦断宝探し。約束だよ」 

  

 ええと。 

 私は、ちょっとパトリックさまが困るというか、おろおろしてくれたらな、と思っただけだったのですが。 

 大陸縦断宝探し。 

 それも楽しそうですが、なんでしょう、この敗北感。 

 策士策に溺れる、というより。 

 ああ、そうです。 

 慣れないことはするものじゃない、これですね。 

 

 思いつつ、私は渡された地図を見つめて、未だ確認していない場所を探る。 

「とりあえず今日は、ひとりで頑張ります」 

「ひとりだなんて寂しいな。ちゃんと一緒にいるから」 

 パトリックさまはにこにこ笑って言うけれど、手助けしてくれる様子は無い。 

「今居るのがこの場所で、で、こちらが」 

 地図をくるくる動かしながら、現在位置を確認し進む方向を定める。 

 手にした地図には、このお城の全貌が載っているけれど、流石に広いお城全部を探索するのは無理ということで、範囲は指定されて分かりやすく囲いがされている。 

「ええと、中庭のぐるりの回廊とそこに付随する部屋、地下室含む・・・全部、もう見たと思うのだけれど」 

 彫刻が見事な回廊も、それぞれ基調となる色や誂えが違う各部屋も、貯蔵庫のようになっている地下室も、瞳を大きくして探索した。 

 それでも見つけられたのはフェイクばかりだったのだけれど、お部屋はどこもとても素敵で、見て回るだけでもとても楽しかった。 

「あと、探していないのは・・・あっ、お庭に埋めたとか!?」 

「埋めていないよ」 

「うーん、では・・・壁に埋め込んだ?」 

「そんな大がかりなことは、していないよ」 

 もしかして、と思う可能性を否定されて、私はうんうんと唸ってしまう。 

 段々突飛になってきた私の発想にパトリックさまが苦笑しているけれど、無視です、無視。 

「あそこでもなく、ここでもなかった・・・ああ、でも絶対に見つけたいです!」 

 気持ちがすごく高揚して、血が沸騰するような感覚さえする。 

 でもそれが気持ちよく、私は地図から顔をあげてパトリックさまを見た。 

「ああ、どうしよう。ローズマリーが凄く可愛い。瞳が、きらきらして・・・頬が薔薇色に染まって唇も・・・どうしよう・・・理性って必要かな。さっきだって、煽るようなこと言っていたし。もしかしてローズマリーだってのぞんで」 

「パトリックさま!この地図のここの印って・・・って、パトリックさま?」 

 地図に怪しい印を見つけた私が、地図を持ったまま、ぐい、とパトリックさまに近づこうとすると、それを避けるようにパトリックさまの長い腕が私を阻んだ。 

「ああ、いや違う。ローズマリーに近づかれるのが嫌なのではないから誤解しないで。むしろ大歓迎過ぎる故の、これはローズマリーの為の障壁だから。理性の勝利。喜んで」 

「理。の勝利?それに、私のための障壁ですか?」 

「うん、そう。今ちょっと、狼化しそうになっているから・・・ああ・・・これは本当に、本気でまずい」 

 パトリックさまはそう言って私から目を逸らし、近づかないように腕で障壁と言ったものをつくり続ける。 

「あの。私確かに狼は怖いですけれど、パトリックさまが狼なら怖くないです」 

 その、私との距離を保つ腕が寂しくて本心を口にすれば、パトリックさまが小さく呻いた。 

「促進させてどうするのかな、本当にローズマリーは怖い物知らずだよね」 

「そんなことはありません。パトリックさまだから、怖くないだけで。でもその。どうしてパトリックさまは狼に?そういえば、何処かの国には獣人と呼ばれる方々がいらっしゃるとか」 

「違うから!いや、獣人族というのは存在するけれど、俺は違うからね。狼っていうのは比喩だから」 

「比喩。狼は狂暴な面もありますが、愛情深いとも聞きますね。狂暴なパトリックさまというのは想像できませんが、愛情深いというのなら容易に」 

 パトリックさまが何を言いたいのかよく分からないままに、それなら納得できると言えばパトリックさまが私の肩をがしっと掴んだ。 

 両手で、それはもう力強く。 

「ローズマリー!獣人とか俺が狼ならとか、斜め上なんだか的確なんだか分からないから、それ以上考えなくていい。あのね。俺は、君を襲いそうだ、と言っているんだよ。この城は俺のテリトリーで、今ここにはふたりしかいない。俺が何をしても、君は抗えない。抗う術が無いんだ」 

 乱暴に前髪をかきあげ、パトリックさまが強い瞳を私に向ける。 

「襲う」 

 そう言い切ったパトリックさまは、男のひととしての強さや魅力に溢れていて、私は気を失いそうなほどの眩暈を覚えた。 

「そうだよ。だから、少し離れ・・・っ!」 

「いやです。離れません。それに、私はパトリックさまなら、襲われた、とは思いません。絶対に」 

 距離をおこうとするパトリックさまが悲しくて、私は、ぎゅ、としがみ付く。 

「ああ、もう。よく分かっていないくせに」 

 困ったように言ったパトリックさまが私の髪を乱暴に撫で、背が撓るほどの強い力で抱き締めてきた。 

「パトリックさま」 

「ローズマリー。大事にしたいんだ。欲望に任せて君を汚すような真似はしたくない・・・でも・・・少しだけ」 

「っ」 

 抱き締める力はそのままに、パトリックさまが私の首筋に顔を埋める。 

 その初めての感覚に、私は身体がぞくぞくと泡立つのを覚えた。 

「ローズマリー」 

 抱き締められ、パトリックさまの吐息を首筋に感じて、私は微動だにできなくなった。 

 どきどきと高鳴る鼓動。 

 呼吸さえ苦しくなって、パトリックさまの熱さだけを感じて・・・。 

『わあ、執着どころか密着してる!』 

『伴侶馬鹿の暴走!』 

『合意?ねえ、合意?』 

 聞こえたその声に、その場の雰囲気は一変した。 

  

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