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132.パトリックさまの浮気疑惑

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「わんちゃん達、お願いがあります。この匂いの人のお家を探してほしいのです」 

 街の入り口でしゃがみ込み、ハンカチを見せながらテオとクリアに話しかけているのはアイリスさん。 

 元々動物好きで、前からテオとクリアを可愛いと思ってくれていたとの言葉通り、その瞳はとても優しい。 

「くうん」 

「くうん」 

 一方、普通に遊んでもらえると思っていたらしいテオとクリアは、戸惑うようにアイリスさんを見あげている。 

『ローズマリー、どうしたらいい?』 

『ローズマリー、この匂いのひとのおうちに行けばいいの?』 

 リリーさまとアイビィさん、アイリスさんと私の四人で刺繍糸を買いに行った翌日。 

 つまり今日、パトリックさまのお誘いを断る、という初めての経験をどきどきで済ませた私は、同じようにアーサーさまやヘレフォードさまのお誘いを断ってくださったリリーさまとアイリスさん、そしてアイビィさんと共に昨日の妖艶な彼女を探索すべく、行動に移していた。 

『テオ、クリア。出来たらそうして欲しいのだけれど。このハンカチの匂いだけで判る?』 

『だいじょうぶだよ、まかせて!』 

『ちゃんと、ついてきてね!』 

「くうん!」 

「くうん!」 

「わっ、賢い!ついて来て、って言っているみたいだわ」 

 了解した、と言うなりハンカチの匂いを確認し走り出したテオとクリアが、私達が付いて来ているか確かめるように振り向くと、アイリスさんが両手を胸の前で組み、左右に振って感動を露わにした。 

 

 テオもクリアも、私と話が出来ると知ったら、どうするかしら? 

 

 そうだとしても何も変わらないのではないか、と私は未だ感動に打ち震えているアイリスさんはじめ、同じように微笑み小走りに足を運んでいるリリーさまとアイビィさんを見る。 

 今の、振り返って確認する、という行動も、感覚だけの問題だけではなく、きちんと会話が成り立っている故だと知ったとしても、この三人ならきっと気持ち悪いなど言わず、今のように感動してくれるに違いない。 

 それにそもそも、三人とも私の為にわざわざ放課後の時間を費やしてくれている。 

 思えばほっこりと嬉しく、本当に素敵な友人に恵まれたことに改めて感謝しながら、私もテオとクリアの後を追った。 

 

 

 

『ローズマリー、ここだよ!』 

『ローズマリー、でも今はいないみたいだよ!』 

 街のなかを暫く走ったテオとクリアが立ち止まったのは、街の中心から少し外れた住宅街にある、私にとっては見慣れない種類の建物だった。  

 一見小ぶりの邸に見えるそれは、けれどそう言ってしまうには何か違和感を覚える造りで、周囲の壁も高くなく、腰くらいの高さまでの煉瓦の上に小洒落た鉄柵が立っているだけのそこからは、庭の様子がよく見える。 

 少しの低木と芝に彩られたその庭では、小さな子ども達が遊んでいて、とても愛らしい。 

「こちら、ですの?」 

「そのよう、です」 

 惑うようにおっしゃるリリーさまに答えながら、足元にじゃれつくテオとクリアを抱き上げようとすれば、アイリスさんが、はいっ、と手を挙げた。 

「ローズマリー様、わたくしにも抱かせてくださいませ」 

 瞳を輝かせて言うアイリスさまに頷けば「だっこしてもいいかな?」とテオに声をかけ、しっぽを振られて喜びの声をあげている。 

「あの子供たちも、こちらに住んでいるのでしょうか?それに、ご婦人も複数人いるようですが」 

「そう、ですわね。皆さん、こちらにお住まいの方なのでしょうか?一族の方たち、という感じでもありませんけれど」 

 呟くように言ったリリーさまに頷いたアイビィさんが不思議そうな顔で私を見るけれど、私にも正解が分からない。 

「お三人には馴染みが無いかと思いますが、こちらは集合住宅ですわ」 

 すると、そんな私達にアイリスさんが苦笑しながら教えてくれた。 

「こちらが。座学で聞いたことはありますわ。複数の家族が、同じ建物に住んでいるのだと」 

 確かに習った筈なのに、実際の建物を前にしてそれと気づけなかった私は、反省も込めて建物を見つめる。 

「では、住人の方にお話を伺ってみましょう」 

「そうですね。声をかけてみましょうか」 

 私と同じように感慨深そうに建物を見つめていたアイビィさんが、きりりとした様子でそう言えば、アイリスさんも当然のようにそれに答えた。 

「門は、どちらでしょう?」 

 そして、そう言って入口を探すリリーさまに、アイリスさんは、にやり、というのが相応しいような、悪戯っぽい笑みを浮かべる。 

「リリー様。下々の者は、お上品に門番を通して、などしないのですわ。見ていてくださいね・・・すみませんっ!少しお話を伺いたいのですが!」 

「「「っ!」」」 

 言うなり叫んだアイリスさんに、私もリリーさまもアイビィさんも、びくっとしてしまうけれど、庭にいた方々は大して驚いた様子も無くこちらへと顔を向け、同じように叫び返してくれた。 

「なんだい!?道でも聞きたいのかい!?」 

「いえ!ちょっとこちらのことでお伺いしたくて!」 

 アイリスさんの叫びにご婦人方は顔を見合わせ、うちひとりのご婦人が私達の近くまで来てくれる。 

「何事だい?・・・って、あれ。あんたたち、学園の生徒さんだね。ってことはお貴族様か。あんたたち、なんて言っちゃあいけないね」 

「いいえ、お気遣い無く。突然お呼びたてして、申し訳ありません」 

 ご婦人の言葉に一番身分の高いリリーさまが丁寧にお答えになるのを聞いて、私達もそれに倣う。 

「構わないさ。でも、わざわざ訪ねて来たってことは、訳ありなんだろう?あっちに門があるから、入っといで」 

「よろしいのですか?」 

「ああ。今行くから、あんたたちも向かってくれな」 

「畏まりました」 

 そう言って一礼するリリーさまに私達も再び倣い、四人で囲い伝いに歩いて行く。 

「ああ。念のため言っておきますけれど、門番も護衛も侍女も居ませんからね」 

 途中、そう言ったアイリスさんの言葉に驚くも、質問しようにも既に門に着いていて。 

「さあ、どうぞ」 

 アイリスさんの言葉を明確にするかのよう、先ほどのご婦人自ら開けてくれた門を潜った私達は、そのままご婦人に招かれて外から見ていた庭へと辿り着いた。 





 
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