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三話

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「サイラス・フェルトン公爵子息。わたくし、アラベラ・ハンブリングは、貴公より宣言の婚約破棄、確かに了承いたしました」 

「っ!・・・アラベラ・・・っ」 

 そして、見事な礼を取ったアラベラに、周囲から感嘆の声が漏れ、サイラスは驚愕に目を見開いた。 

 

 ちょっと。 

 悩んだのは、私の方なのに、どうしてサイラス・・じゃなかったフェルトン公爵子息の方が苦しそうなのよ。 

 この一年・・・じゃないにしても、半年は確実に、お花畑のあははおほほで、そこなチェルシーさんと春満開だったくせに。 

 幾度も私を貶め、冤罪を着せたじゃないの。 

 

『アラベラ!嫉妬に狂ってチェルシーの鞄に刃を仕込むなど!見損なったぞ!』 

 最初にサイラスにそう言われた時の衝撃を、アラベラは忘れられない。 

 その日まで、例え手紙の数が激減していようとも、アラベラはサイラスを信じていた。 

 そして、その時でさえ、サイラスが何か計画があってしているのではないか、後で謝罪と、その理由を綴った手紙が届くのではないか、と思っていた。 

 けれど、アラベルのその思いは見事に裏切られ、以降、サイラスは何かにつけてチェルシーを貶める存在、悪の極みとしてアラベラを扱うようになった。 

『貴様の顔を見ると反吐が出る。しかし、残念だったなアラベラ。チェルシーの事は、誰が相手だろうと俺が護り抜いてみせる。貴様のような外道に傷つけさせはしない』 

『アラベラ。それほどに憎いか?可憐なチェルシーが。何と醜い心根か』 

『嫉妬に狂った女ほど、醜いものはないな』 

 そんな心無い言葉を、嘲笑と共に幾つ聞かされ、幾度泣いて夜を過ごしただろう。 

 思い返せば、今も胸が痛い。 

 しかし、アラベラがサイラスとの決別を決意した今、漸くにしてチェルシーの魅了に掛かっている状態確認の方法、及びその解除法が確立した。 

 その件に於いては、最初の半年でサイラスが提示した監視記録が大いに役立っており、サイラスは見事役目を果たしたと言っていいだろう。 

 それこそ、アラベラとの婚約を破棄し、チェルシーと婚約を結び直したい、という願いが国王に叶えられるほどの快挙である。 

 尤も、その内容が本末転倒なのではあるが。 

 

 フェルトン公爵子息自身が望んで、チェルシーさんとの真実の愛を育む、か。 

 でも、チェルシーさんは、たくさんの人を騙した詐欺師、犯罪者でもあるから。 

 彼女に真実の愛を見出したフェルトン公爵子息は、辛い思いをするかもしれないわね。 

 今だって、真っ青だわ。 

 あら? 

 でも、未だチェルシーさんの罪はつまびらかになっていないのに、早いわね? 

 なら他の理由? 

 どうしてかしら。 

 

「フェルトン公爵子息。体調を崩されたのでは?救護室へ行かれた方が、よろしいのではありませんか?」 

「何よ!しゃしゃり出て!あんたになんか、指図されたくないわよ!・・・サイラスさま、動ける?」 

 黙り込んでしまったサイラスの瞳は虚ろだったけれど、チェルシーに手を握られれば、少し正気返った様子で、アラベラは安心した。 

「大丈夫?アラベラ」 

 そして優しくアラベラにかかる、エイミーの声。 

「ありがとう。私は大丈夫よ、エイミー」 

「にしても。フェルトン公爵子息、最後の方、様子がおかしかったわね」 

「そうね。でも、ニーン男爵令嬢が手を握ったら、少し正気に返ったみたいだから、心配ないんじゃない?」 

 食堂を出て行くサイラスとチェルシーを見送るでもなく見ていたアラベラは、殊更明るくそう言うと、席を取るために歩き出した。 

 そんなアラベラの言葉に、しかしエイミーは首を傾げる。 

「そうかしら?私には、アラベラと目が合ったからのように見えたけど。それに、アラベラが婚約破棄をあっさり了承したのが衝撃で、何かが狂ったように思うわ」 

 エイミーの言葉に、アラベラは何かを考えようとしてめた。 

 もう、サイラスとは関わらないと決めたのだから。 

「いずれにしても、もう私には関係のないことだわ。そんなことより、エイミー。何を食べる?かなり時間を取られてしまったから、急がないと」 

「ふふ。そうね。何にしようかしら」 

 エイミーは、仲が良かった頃のアラベラとサイラスの事も良く知っている。 

 それだけに、色々と思うところもあるだろうに、アラベラの心情を一番に考え、寄り添ってくれる。 

「ありがとう、エイミー」 

 そんな親友に、アラベラは心からの感謝を述べた。 

 

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