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第三十六話 暴かれるベール

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寮の裏手にある、鬱蒼とした森を走り続けること、約半刻。

ヒースクリフとそれに付き従う少女は、目的の場所に到達した。

冬季であろうと、雪こそ降らないこの地方だが、凍えるような風は二人の体温を容赦なく奪っていく。

いや、二人ではない。

厳密には体温を有しているのは一人だけだった。

「寒いな……」

ヒースクリフは誰に言うでもなく呟いた。

「寒くはありませんが、寒いと称するべき気温なのは分かります」

すまし顔でそう答えたのは、ニアだ。

「で? ここにダンジョンがあるってわけか?」

ヒースクリフは風邪の冷たさに震え、外套の中で縮こまりながら言った。

そして前方に目を遣る。

月の光すら通さない木々の下で、巨大な石がそこには鎮座していた。

人の背丈の倍ほどもあるその巨石は、自然物のように見える。

「デカい石があるだけで、ダンジョンなんてどこにも見えないが?」

「せっかちなお人です」

よもや騙したのか? とでも問いたげなヒースクリフの視線にも、ニアは全く臆するところが無い。

ただ黙って、巨石に歩み寄ると、石の下の方に躊躇いなくそのたおやかな白い手を突っ込んだ。

巨石と地面の間をまさぐるようにその手は動く。

彼女の美しい手は、冬の凍り付くような冷たい土にまみれている。

「……虫とか居そうだが」

ヒースクリフは引き気味に、その少女の行動を見ていた。

だが、がたんという異音が目の前の巨石が鳴り響いたことにより、その表情は驚きにとってかわられる。

少女は振り向いて得意げな表情を浮かべ、その薄い胸を張った。

「ようこそ、ヒースクリフ様。 第6230号ダンジョンへ」

ヒースクリフは目を見開く。

目の前の自然物としか思えなかった石の一部が、下部へとスライドし、入り口が現れたのだ。

「……手の込んだ仕掛けだな」

負け惜しみのようにそうつぶやいた。

ニアが居なければ彼ですら、このダンジョンを発見することは出来なかっただろう。

「一応聞いておくが、どうやって見つけたんだ?」

その問いかけに対して、ニアは取り付く島もないという様子で答えた。

「極秘事項です」

「そうかい……」

「──────ですが」

そう続いたニアの言葉に、ヒースクリフが怪訝な表情になる。

「少しくらいならお教えしましょう。ダンジョンと言うのは、現在の人類が考えているようなものではないのです」

「……どういう意味だ?」

ヒースクリフは理解しかねるというように聞き返す。

その歯はガタガタと震えていたが、彼の好奇心は外気の冷たさに勝利をおさめた。

だが、それは薄氷の勝利と言うやつで、今すぐ彼は風の当たらないダンジョンに駆け込みたかった。

「ダンジョンは自然生成物ではなく、我々のような存在が人工的に作り出しているということです」

「我々のような存在?」

ヒースクリフは寒さを忘れて、彼女の話に食いついた。

なぜなら、それは彼にとってあまりにも重要な話であるからだ。

「ええ、我々は太古の昔より、ダンジョンの管理を任されている一族の末裔です。そして──────」

「いや、そんなことは重要じゃない。つまり──────お前は、未踏破ダンジョンの場所はすべて知っているということか?」

少女は出来のいい生徒に向けるように微笑んだ。

「その通りです」

ヒースクリフは畳みかけるように興奮しながら述べた。

「ということは──────お前の協力を得られれば、魔力を無尽蔵に強化できる。そういうことか?」

彼がここで言っているのはダンジョンコアの破壊に伴う魔力上昇についてである。

ダンジョンコアを得ることが出来れば、通常では訓練などによって身長などと同レベルに少しずつしか伸びない魔力量を、飛躍的に上昇させることが出来る。

そんな方法があるなら皆が実行するだろうと思うだろうが、そうはいかないのだ。

ダンジョンというのは滅多に見つからないというのが一つ目の理由。

ダンジョンコアはダンジョンに一つしかないため、この方法は本当に幸運な一握りのものしか使えないのだ。

二つ目の理由は、ダンジョンコアを破壊してしまえば、ダンジョンが崩壊することである。

ダンジョンには魔物がポップする。

その量は、魔力の薄い外界とは比べ物にならない。

そして、魔物と言うのは魔石に限らず、素材も金になる。

ダンジョンコアの魔力得たさに、おいそれと破壊することは許されない。

そういった理由で、前世で国家の武力の象徴であったハルデンベルグであっても、生涯で破壊することの出来たダンジョンコアは10にも満たない。

だが──────もし、ニアが未踏破ダンジョンをいくつも知っているのであれば、そんなつまらないことは気にする必要が無くなるだろう。

「……確かに理論上はそういうことも可能でしょうね」

ニアは今にも飛びかかってきそうなほどの興奮を目に宿す少年に対してそう答えた。

だが、彼女は呆れたように続けて言う。

「ですが、ダンジョンコアの魔力を吸収するのを、あまり頻繁にやっては、身が持ちませんよ?」

実現不可能な妄想を抱く愚者を見るような目で、目の前の少年を見る彼女に対し、ヒースクリフはにやりと笑った。

「この身体は魔力への馴染みがすこぶるいいからな! 並みの者の倍のペースで魔力を吸収しても何の問題もないだろうさ」

自信ありげな少年に対し、少女は言った。

「その自信が本物であることを願っておきます。では……」

少女は巨石にぽっかりと空いた入口へと足を進めた。

少年は機嫌よさそうに後を続く。

彼は気が付いていなかった。

少女の耳が、先ほどうっかり彼が漏らした失言を聞き逃していなかったことを。

(この身体……ですか。先ほどの発言はうっかり口を滑らせたと見て差し支えないでしょう。この身体という言い方は、他の身体を知っていなければありえない。つまり、彼は“ヒースクリフ”という少年の身体を乗っ取っている?)

彼女はヒースクリフと会話を繋ぎながら、思索を深めていく。

少年はずいぶん機嫌よさそうだ。

ニアは表面上は微笑みを崩さず、それでも横を歩く少年を冷静に、冷徹に観察していた。

彼は談笑にふけりながらも、先を見もせずに剣を時たま振るう。

そのたびに斬撃が飛び、しばらく歩くと、魔物の両断された死体が転がっている。

(やはり、剣技は凄まじい。しかし、──────やはり見た目通りの少年ですね)

ニアはそう断じた。

彼が他人の身体を乗っ取る魔術を使っている線をつぶしたのである。

その類の魔術の欠点として、もともとの身体との差異によってどうしても動き方がぎこちなくなるということが挙げられる。

目の前の少年からはそのような気配は全く感じられなかった。

(生まれた時からこの身体を使っていることは間違いない。そうなると──────生まれる前?)

彼女の推測はかなり正解に近いところまで至っていた。

だが、ニアはただ微笑むだけだ。

自分がそのような考えを巡らしていることなど、おくびにも出さない。

目の前の少年との関係をこじれさせるような質問など、彼女はしない、する意味が無い。

ニアもニアなりに、少年への恩義を感じているのだ。

(数百年籠り続けたダンジョンから連れ出していただいたこと、本当はすごく感謝しているんですよ……?)

彼女は少年へと感謝を込めた暖かい視線を向けたが、ヒースクリフが振り向いた時にはいつもの無表情に戻っていたため、彼はニアの視線には気が付かないままであった。
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