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第三十七話 暴露された秘め事

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ヒースクリフは一刻もしないうちに、ダンジョンの最奥へとたどり着いた。

特に描写することもない探索であったとだけ述べるにとどめよう。

強いて描写するのであれば、ヒースクリフが進めば進むほどに小鬼(ゴブリン)の死体の山が標高を増して、築かれていったというところであろうか。

醜悪な見た目をした小鬼の遺骸が、ヒースクリフの通ってきた道の道標となるくらいには、この魔物は大量に襲ってきたのだが、彼の相手になる強さではなかった。

何ら苦労した様子も見せず、その少年はダンジョン最深部へと到達する。

殺風景でなにもなく、ガランとした広いその空間。

一見すれば広くなっているだけの行き止まりにも見えるそこには、決してただの行き止まりではありえない、圧倒的な存在感を放つ球体が、その更に最奥の高まったところに、鎮座していた。

前回の攻略と同じように、その淡青色の光をぼんやりとまき散らす玉は、最奥の祭壇に根を張り、そこに只在るだけで圧巻するようなエネルギーを誇示している。

「壊していいんだな?」

ヒースクリフは念のため、後ろに控える少女に確認を取る。

さらさらとした髪質の、銀糸のようなショートカットを揺らす少女は、端的に応えた。

「もちろん、構いません」

その答えを聞くと、ヒースクリフはゆっくりと抜刀し、素早く剣を振り下ろす。

水色の光球は、その中心を見事に捉えられ、ひびが入ったかと思うと、音もたてずに崩れ去る。

後には水色の砂だけが残ったが、それすらも光の粒となって消えていった。

どこか幻想的なその光景を、ニアは感嘆をもって見守っている。

(なんとも綺麗です。ダンジョンコアが破壊される瞬間と言うのは初めて見ました……)

そして、剣を戻してゆく少年を見て、彼女は目を丸くした。

「っ!?」

彼が剣を支えにして、膝をついたのである。

「どうしたんですか!?」

ニアはとっさに彼に駆け寄り、肩を支え、彼の顔色を窺った。



(っ!?)

声を出さなかったのはせめてもの彼の矜持である。

ヒースクリフがダンジョンコアを叩き割ったとき、流れ込んできた魔力の奔流は、快感となって彼の身体を駆け巡った。

全身の魔力を吹き出す穴と言う穴が開き切り、熱を発しているかのように身体全体が熱い。

「ふう……」

彼は膝をつき、ニアに体ごと支えられながら、大きく息を吐いた。

少女は彼の体重を支えようと、抱えるようにして彼を支えたため、彼女の薄い胸がヒースクリフの背中に押し付けられる。

(小さいッ!? というかほぼ無いではないか!?)

ヒースクリフは頭の片隅でそんな驚愕が走り抜けてゆくのを知覚した。

だが、そんなことを口に出すほどには彼は愚かではない。

というより、そんなことには構っていられないほど、流れ込んできた魔力は膨大であった。

身体全体を灼熱のマグマのように循環していた魔力が吸収されていく。

(転生し、魔力吸収率に長けた身体だったからよかったが、これは並みの人間であれば身体が弾け飛んでいたかもしれんな……。ダンジョンコアの破壊による魔力強化が流行らないわけだな……)

ヒースクリフは息を整えながらも、この手法が極めて魔力を伸ばすために有効であるにも関わらず、広まっていない理由を得心した。

危険すぎるのだ。

並みの魔力素養しか持たない者なら一度で爆散するだろうし、熟練した魔導士でも何度もは使えない荒っぽい方法となる。

なにせ、ダンジョンが流し込む魔力の洪水に飲み込まれれば、自分に許された容量を超えて魔力を吸収しようとすれば、容易く死ぬことが出来る方法なのだ。

訓練として取り入れるのは、超一級の死にたがりだけだろう。

「どうですか……?」

ニアは息を荒げる少年の顔を覗き込んで不安げに言った。

ヒースクリフはゼイゼイと息をさせながらなんとか答える。

「確かに……これはキツイな」

ニアはなら止めますか、と問いたげな目を向けてくるが少年は続ける。

「──────だが、圧倒的な魔力の充実を感じる……! 体感魔力量が五割増しにはなってるだろう」

五割……! と驚きの声を上げる少女は、その上昇率の異常さに理由をつけようと言った。

「成長期ですから魔力の吸収効率もいいのかもしれませんね」

そう言いながらも、ヒースクリフが纏っている淡青色をした燐光の強さにニアは目を細めた。

ヒースクリフは息を整えたところで、彼の身体に密着するニアに向かって問いかける。

今や彼は完全に倒れこみ、彼女に膝枕をされている格好だったが、彼は気にしていなかった。

「ところで」

膝に頭を預けてくる少年を見下ろし、ニアは目をぱちくりとさせた。

「?」

ヒースクリフは言いにくそうに切り出す。

「こんな方法を知っていたお前だから、お前のご主人とやらもこの方法を使っていたのか?」

ニアはどこまでが明かしていい情報なのか吟味してから答える。

「……ええ、もちろん。日常的にダンジョンコアの魔力を取り入れたご主人の魔力はそれはもう膨大でした……」

彼女は御主人のことを思い出して、青くなりながらそう言った。

普段クールな無表情を貫く彼女を怯えさせる“主人”を、ヒースクリフは興味深く思ったが口には出さない。

ニアは主人の魔力の余りのでたらめさと、その行いのあまりの暴虐無人さを思い出し、肩を震わせながらも更に言った。

「今のあなたの魔力ですら、ご主人と比べれば、コップ一杯の水の量と湖に蓄えられた水量を比較するようなものです……!」

ヒースクリフはその説明には流石にぎょっとした顔を見せる。

(コップと湖だと? 今の強化によってオレの魔力量は、並みのA級冒険者くらいにまで伸びただろう。それでも勝負の土台にすら立っていないということか……)

ヒースクリフはその絶望的な比較を聞かされて尚も、にやりと笑う。

「相当強かったんだな、お前のご主人様は」

ニアはそう言われ、胸を張るでもなくしょんぼりして答えた。

「ええ、なにせ人族の勇者を五代立て続けに制しているのは最高記録ですから、って、あっ!?」

ニアは慌てたように口をふさぐ。

冷や汗がわざとらしいくらいにだらだらと背中を流れてゆく。

それはまごうこと無き失言であった。

なぜなら──────

(勇者の五人抜きか……。それを聞いて大陸の人間が思い浮かべるのはたった一人だな)

ヒースクリフも彼女の余りにも大胆な秘密の暴露に微妙な表情を浮かべる。

(──いや、一人と言うのも正確ではないか)

「──────魔王が一柱、悪逆の魔王エルケー」

ヒースクリフが呟いたその言葉に、ニアは更に顔色を青くした。

そんな表情の変化を見せることは最早答え合わせでしかなかったのだが、今の彼女にそこまで気を回すキャパシティは残されていなかったのだ。

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