I Love Youをもう一度

赤井ちひろ

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神の処方箋2

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「出た」
 あまりにしつこい電話に根負けした、というのが本当のところだろう。高橋は生方の声からそう判断した。
 自分ならしつこく何度もなり続ける電話なんか、如何にも怪しげだと躊躇するか、最悪……切る。
「誰だ」
 訝しがるように声を潜め、確かめるように言う生方の顔が目に浮かぶ。嫌そうな顔をしているに違いない。
「俺です」
「オレオレ詐欺なんか通用するか、切るぞ」
 高橋は慌てて名前を言い直した。
「1年E組高橋京慈です」
 五秒、六秒、沈黙が続く。
「ああ、お前か。なんでこの番号を知っている」
 当然の質問にグッと言葉を呑み込んだ。
 どこまで話せばいいのか、どこまでなら許されるのか……。いや、三条を巻き込んだ段階で、怒りは免れない気がする。
 学校生活で二人が一緒に居る所はよく見かける。
 指導教員である生方には三条を育てる義務があるからだ。
「それについてはまぁ、色々と」
「色々なぁ」
 含む言い方に腹の奥がぎゅっと痛んだ。
「頼みてぇことがある」
「相変わらずの言葉遣いだな。まぁいい、なんだ、頼みとは」
「ありがとう、あんたじゃなきゃダメなんだ」
「また、随分殊勝な事を言うじゃないか。どういう風の吹き回しだ。雹でも降るんじゃないのか?」
 何を言われても高橋は黙っていた。
「罵倒も嘲笑も後から受ける。…………自分の番が」
「お前の番?」
「あ、いや、自分の番の為に作った緊急抑制剤を……他のオメガに使用した」
「……………………」
「あの…………」
「はぁ? 本物の馬鹿だとは思っていなかったぞ」
「いや、それは……」
「本当は誰かの側に居たくて、そのクラスに留まっていたのだと思っていたのだがな。とんだ買い被りだったようだ」
「それは……」
「お前、クソだな」
 聞こえるか聞こえないか位の小さな音だった。批判よりもはっきりとした侮蔑。
「言い訳はしねぇよ」
「一つ確認だ。その件に三条先生は絡んでないよな」
 ――三条先生。
 今一番聞きたくない名前だろう。
 電話口からは生方の舌打ちが聞こえる。
「……………………」
 高橋は黙っていた。
「言い方を変える。番は三条先生か?」
「違う」
 即答した。
「さっきの質問には答えられなくて、今の質問には即答か」
 生方の言葉にしまったと思った。
「あっ、いや、生方……」
「先生を呼び捨てとは」
「わりい」
「なるほどな。お前が緊急抑制剤を飲ませたのは三条先生か」
「……………………」
「そこで黙っちまうのは、肯定以外の何物でもないぞ」
 生方の声に怒りが滲んでるように感じる。
 電話で良かったと高橋は胸をなでおろした。
 直接会っていたら、一発や二発殴られるだけじゃ済まなかっただろう。
「あの……、三条から俺のにおいがして、俺の番が泣くんだ」
「そんなこと知った事か。自業自得だろう」
 明らかな拒否だった。
「頼むよ。こんな事頼めた義理じゃないのは分かってる。処方箋をもらった段階で、誤飲に対しての回避方法は聞いていた。忘れていたけど、さっき紙を見付けたんだ」
「誤飲? 日本語位まともに話せ。誤飲なのかと聞いている」
「いや、その……………………違う」
 今更そんな嘘は自分の首を絞めるだけだ。
「なんで俺だ」
「俺の知る限り、アルファ度が俺より明らかに高いのはあんただけだし、それに……」
「それに?」
「ほかの男に三条抱かせたら、俺殺されるかもって思ったから」
「ほお、バカなりに頭は働いているのか」
 頼むよ、と何度も繰り返した。
「胡桃が泣くんだ」
「胡桃? そんな名前のE組の生徒がいたような。確か地理専攻じゃなかったか」
 乾いた笑いが生方の口から洩れる。
「お察しの通りさ」
「そいつがお前の番か」
「ああ」
「なんで三条先生を巻き込んだ」
「三条が俺に勝ったら、俺をA組に連れていく。って言うから」
「もっと簡潔に分かりやすく話せ。どうしてそうなったか全くわからん」
 高橋は事の発端を順番に話していく。
「子供だな」
「悪かったと思ってるよ」
「お前の方が強いに決まっているだろう。まさかグレアを使ったわけではあるまいな」
「使ってない! そんなことまじでしてねぇ」
「まぁいい。あいつに会えばわかる」
「じゃあ胡桃の願い聞いてくれるのか」
「勘違いするな、三条の為であってお前の為じゃない」
「今から住所言うから」
「それには及ばん」
 生方に一刀両断された。
 ――それには及ばん?
 ――会わずに何かできる問題じゃない。
 高橋は必死になって頼み込んだ。
「電話じゃ無理だって」
「誰がそんなことを言った。お前は馬鹿か」
「住所録一覧でも見たのかよ。引っ越してんからあれじゃない」
「ハッキングでもするわけじゃなし、こんな個人情報保護法のある現代でそんな事出来るか」
「じゃあ……どうやって」
「今喋っているじゃないか。俺の携帯には逆探知が付いている。そもそもこんな一大事にのんびりお前と世間話などするわけなかろう」

 どん!
 扉を蹴り飛ばさんばかりの音がした。
 同じ音が電話の向こうからも聞こえた。
「生方あんた」
「開けろ、十秒以内に、今すぐだ」
「待ってく……」
「蹴るぞ」
「開ける開け……」
 鍵を開けたその瞬間、鬼が出たのかと思うような真っ赤な目をした生方が立っていた。
 高橋は胸ぐらを掴まれ壁に押し付けられた。
「アイツはどこだ」
「あそこだよ、俺の寝室」
 振り切られた手の甲で思いっきり顔面を殴り付けられた。
「いってぇ」
「一発で済ませてやるだけありがたいと思え」
 そのまま廊下にたたきつけるように放り投げると、三条の待つ部屋の扉を開けた。
 むっとする甘い香りが充満し、明らかにヒートの予兆だった。
「そいつ今は……」
 目の前に居るのは確かに三条高雄だった。
 焦点の定まらない虚ろな目で、ゆっくりと生方を見た。
「薬を見せろ」
 生方の恫喝に高橋は机の上を指さした。
「そこの錠剤、その二色の……」
 噎せ返る匂いの中に立つ生方は、ゆっくりと三条に近づくと、頬に触れた。
「三条、聞こえるか」
「あんたこの匂い平気なのかよ」
 眉を寄せ、高橋はつらそうに股間を押えた。
「抑制剤を 飲んでいるに決まっているだろう。獣にはなりたくないからな」
「俺だってん飲んでるよ」
「鍛え方が違うんだ。覚悟も、何もかも、お前なんかと一緒にするな」

 ベッドに転がされている三条は、下半身には何も纏っておらず足も開ききって、淫乱さながらだった。さっきまで指を出し入れしたような形跡が見て取れ、浮かぶ朱色がいやらしく映った。
「ぷっくりと膨らんでいる」
 そこを隠す様に、生方は三条の腰にタオルケットを掛けた。
 ベッドの上に腰を下ろした。
 三条は生方を見つけると、嬉しそうに笑って太ももに擦り寄り、そのまま意識を失った。
「どういうことだ」
 三条を見て生方は高橋に詰め寄った。
「わかんねぇ、あんたが来る少し前まではほんとに淫乱だった。挿れてってずっと言っていたから。嘘じゃねぇ」
「じゃあなんで、今こんななんだ。これはアルファのフェロモンを嗅がなきゃ落ち着かないはずだ」
「知らねぇ! あんたが扉の前に居るってわかるちょっと前に、こいつ大人しくなったんだ」
「俺がここに来るちょっと前?」
 とにかくこの場所を使っていいから、早くどうにかしてくれと頼みこんだ。
「お前の番はどこにいる」
「あっちの部屋に繋いでる」
「繋いでる? お前鬼畜か?」
「ちげぇって、胡桃はトラウマで自分の番の匂いが他のオメガの中からすると、恐怖で気が動転するんだ。で自傷行為に走るから……させない為だってぇの」
「……………………」
 侮蔑の眼差しとはまさにこの事だった。
 高橋は蔑むように横目で睨むと、三条を軽々と抱きかかえ、出ていく。と言った。
「どこに」
「俺の家に決まっている。意識のないうちに移動する」
 さっさと歩き出す生方を追いかけるように、慌ててB5判の取扱説明書を見せた。
「あんた、忘却剤の存在知ってるか?」
「知っている。それと高橋、このことは金輪際忘れろ。佐々木にも伝えろ。それが俺の出す条件だ」

 キー。
 バタン。
 
 重い音がして、高雄の目の前から二人は消えた。
 
 ――なんで突然大人しくなったんだろう。
 あの一連の不可解な行動は、謎のまま……高橋の胸にしまわれた。
 
 
 
 
 

 
 
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