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第三章
パンドラの追憶3
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◇
手から荷物が滑る。大きな音を立て荷物が床に落ちた。
「危ない」
三条がびっくりするような大きな声を出した。
「こら、大きな声を出すな。ハムちゃんがびっくりするだろう」
「ハムちゃん?」
「そこだ」
指された先を見ると小さなゲージの中に茶色のふさふさした物体が丸まっていた。
「リス……ですか?」
「だから、ハムちゃんだ」
頭の中に?が浮かぶ。無言で考えていると、その茶色の物体はもぞもぞっと動いた。
「可愛い!」
ゲージに近寄り網の中に人差し指を突っ込んだ。
その瞬間
「やめろ!」
すごい剣幕で罵声が飛んだ。グレアかと思うような緊張が体を支配し、動けない僕の手は、大きな生方先生の手で握られてゲージの外だった。
「ごめんなさい……」
震える僕に、先生は困ったような顔をしていた。
「いや、俺こそ怒鳴って悪かった。怖かっただろ」
小さくうなずくのが精一杯だった。
体の中から、ドクンドクンと音がした。
自分の中のオメガがアルファの威嚇に委縮しているのか、はたまた守られた喜びで体が反応しているのか、僕には本当のことは分からない。ただ今迄のどのアルファにも感じなかった気持ちを、僕の体は、確かにはっきりと、生方先生に反応している、それだけは嘘偽りのない事実だった。
ポリポリと頭を掻き、困ったように笑う。厚くてぽってりした色っぽい唇がゆっくりと動いた。
「穴が……開くぞ」
言ってる意味が分からない。小首をかしげる三条の指にチュウっとキスすると、
「ハムスターは歯が鋭いんだ。しかも突き出されたものには噛みつく。種だと思っているからな。だから指なんか入れるな。お前に何かあったらと、肝が冷えるだろ」
「ごめんなさい。指導教員ですもんね」
シュンと項垂れると、生方は僕の頭をゆっくりとした動作で撫でてくれた。
――指導教員、本当にそれだけなんだろうか。
――僕はどうなりたいと思っているのだろうか。
手のひらから伝わる温かな温もり。バスルームでも感じたこの感覚……初めてなのに……今迄、何度も繰り返されてきた、そんな感覚が三条をとらえて離さなかった。
「先生」
「なんだ?」
「僕たちはもしかして、今までも会ったことがあるんでしょうか」
始めて会った時からずっと知っている、そんな既視感はあった。
僕のその質問には何も答えない生方先生の黙秘からは、何一つくみ取ることは出来ず、コクコクと過ぎる秒針に諦めてフライパンに手を伸ばした。
「ひじき作ってくれるのか」
気を紛らわそうとしているのか、怒ってないよと気を使っているのか、生方先生の声色がとても優しい。
コクリと頷いた。
「じゃあ、僕がひじき焚く間にお米研いでくれますか」
「任せとけ」
「洗剤使いませんよ」
「わかっている」
今何を聞いてもわからないのなら、今はこの幸せを堪能しようと、三条は思った。
手から荷物が滑る。大きな音を立て荷物が床に落ちた。
「危ない」
三条がびっくりするような大きな声を出した。
「こら、大きな声を出すな。ハムちゃんがびっくりするだろう」
「ハムちゃん?」
「そこだ」
指された先を見ると小さなゲージの中に茶色のふさふさした物体が丸まっていた。
「リス……ですか?」
「だから、ハムちゃんだ」
頭の中に?が浮かぶ。無言で考えていると、その茶色の物体はもぞもぞっと動いた。
「可愛い!」
ゲージに近寄り網の中に人差し指を突っ込んだ。
その瞬間
「やめろ!」
すごい剣幕で罵声が飛んだ。グレアかと思うような緊張が体を支配し、動けない僕の手は、大きな生方先生の手で握られてゲージの外だった。
「ごめんなさい……」
震える僕に、先生は困ったような顔をしていた。
「いや、俺こそ怒鳴って悪かった。怖かっただろ」
小さくうなずくのが精一杯だった。
体の中から、ドクンドクンと音がした。
自分の中のオメガがアルファの威嚇に委縮しているのか、はたまた守られた喜びで体が反応しているのか、僕には本当のことは分からない。ただ今迄のどのアルファにも感じなかった気持ちを、僕の体は、確かにはっきりと、生方先生に反応している、それだけは嘘偽りのない事実だった。
ポリポリと頭を掻き、困ったように笑う。厚くてぽってりした色っぽい唇がゆっくりと動いた。
「穴が……開くぞ」
言ってる意味が分からない。小首をかしげる三条の指にチュウっとキスすると、
「ハムスターは歯が鋭いんだ。しかも突き出されたものには噛みつく。種だと思っているからな。だから指なんか入れるな。お前に何かあったらと、肝が冷えるだろ」
「ごめんなさい。指導教員ですもんね」
シュンと項垂れると、生方は僕の頭をゆっくりとした動作で撫でてくれた。
――指導教員、本当にそれだけなんだろうか。
――僕はどうなりたいと思っているのだろうか。
手のひらから伝わる温かな温もり。バスルームでも感じたこの感覚……初めてなのに……今迄、何度も繰り返されてきた、そんな感覚が三条をとらえて離さなかった。
「先生」
「なんだ?」
「僕たちはもしかして、今までも会ったことがあるんでしょうか」
始めて会った時からずっと知っている、そんな既視感はあった。
僕のその質問には何も答えない生方先生の黙秘からは、何一つくみ取ることは出来ず、コクコクと過ぎる秒針に諦めてフライパンに手を伸ばした。
「ひじき作ってくれるのか」
気を紛らわそうとしているのか、怒ってないよと気を使っているのか、生方先生の声色がとても優しい。
コクリと頷いた。
「じゃあ、僕がひじき焚く間にお米研いでくれますか」
「任せとけ」
「洗剤使いませんよ」
「わかっている」
今何を聞いてもわからないのなら、今はこの幸せを堪能しようと、三条は思った。
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