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第三章
真実と希望2
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職員朝礼の時間ギリギリまでトイレにこもり、慌てて駆け戻ると、自分の席に生方先生が座っていて、仕舞い忘れたお弁当箱をじっと見つめていた。
――しまった。
思ったものの、今さらだ。
向こうの出方を窺おうと、何事もなかったかのように席に戻った。
「そこは僕の席ですよ」
僕の帰りを待っていたかのように、回転いすをぐるりと動かし、「早弁用か?」と聞いてきた。
「早弁?」
学生時代ですらした事は無いし、部活もオメガと分かって止めてしまったから、遅弁も無かった。
「ああ、二個あるから」
「それは……」
口ごもってしまった。
「誰かに貰ったのか? ファンか? 佐々木か? まさかの高橋?」
待て待て待て、僕が口をはさむ間もなく、まくしたてられた。
そこにタイミング最悪というように、職員室の戸が開いた。
もう職員朝礼なのになんで来るんだ、胃が痛くなる思いだった。
「一年、高橋はいります」
なんだこの部室に入るような勢い。
とても素行不良とは思えない裏表だと僕は開いた口がふさがらず、流れるように進む会話にただ黙っていた。
「欠席連絡、佐々木からの預かりものです」
「おお、悪いな。毎回毎回。健康診断の結果だね」
「はい」
E組の担任のおじいちゃん先生が(申し訳ないがまだ名前を憶えていない)ウォッホウォッホ笑いながら、その封書を受け取った。
ちらっと生方先生の方を見ると、眉間に眉が寄っていた。不穏な空気が流れ、その重い空気に、僕は空つばを飲み込み喉が熱くなるのを感じた。
「これはお前か」
生方先生の的外れもいいとこだと思うようなセリフが高橋に向かって投げかけられた。
「はい?」
怪訝そうな顔とさも機嫌悪いです的な声が、こちらを向いた。
「何でもないよ、気にしないで」
僕は慌てて高橋にそう訂正すると、お弁当を紙袋に隠そうと手を伸ばした。
「何で隠すんだ。やはり高橋か」
生方先生の目が座っている。
違うのに……とまた涙が出そうになった。
「だから違うって言ってるだろ、なんなんだよ」
――ただの先輩後輩って言ったくせに!
ここが職員室だという事をすっかり忘れたように、つい言葉遣いが乱暴になり、トイレに駆け込んだことが無駄になったように、結局その場でボロボロ泣いてしまった。
「え、ちょっと待て、なんで泣くんだ」
動物園の熊の様に僕の周りをウロウロしている。
オロオロする生方に高橋が追い打ちをかける。
「あーあ、泣かしてるんですか」
「どう見ても違うだろ」
「いやいや、どう見ても泣かした犯人、あんたですよ」
「口の利き方……」
「今そんなんどうでもいいし」
――僕の為に喧嘩しないで。
紙袋から弁当を取り出すと、生方先生の席にドンと置いた。
「あげます」
「え? おい、三条先生……」
「パパちゃんからです」
嘘をついた。
さすがに言えない。
あんたとはただの先輩後輩だろうなんて言われたその言葉が、どうにも消化出来なくて……、ただ食べてもらえたら、もう誰が作ったかなんてどうでもいい……。
「お父上が? なんで」
「お世話になったからです」
「いや、悪いからいらないよ……」
――要らない……。
「そうですか。では、高橋君、君にあげるよ」
「まじで? まぁ腹減ってんから貰えるもんは貰うけど」
「待て、それは……」
そんなやり取りをしていたら、横から別の手が伸びた。
「僕が貰うわ」
「え?」
三人の声が被った。
綺麗に染まっている深緑色にオレンジ色のメッシュが入っているのが特徴的な無口な先生、綺麗すぎる顔立ちに遠巻きに見ていた。
美術担当南雲忍。
きちんと話をするのはこれが初めてで、おねぇ言葉だったのにもちょっと驚いた。
「ん? だって、みんな要らないんでしょう。それなら僕が貰うわよ。三条先生のお手製……楽しみ」
「え? いや、あのぉ、父が作って……」
苦し紛れの嘘に
「へー、そうなのぉ。それでもいいですよぉ。だって先生とお揃い。うふふ。昼が楽しみですね、折角ですから一緒に食べましょう」
押し切られてたじたじの僕を庇う様に、生方先生が弁当をひったくった。
「ちょっと、横暴よぉ」
「これは俺のだ」
「いらないって言ったじゃない」
「言ってない」
「言いましたぁ」
「遠慮しただけだ。日本人のくせにそんなこともわからないのか」
「何それぇ、横暴ねぇ」
「何と言われようとこれは俺のだ」
そう言うとさっさと机にしまってしまった。
「欲しいんですか?」
僕は決死の思いでそう聞いた。
「別にそういうわけじゃないが、ほかの奴にやるのはちょっと癪だからな」
「あはは、ですよね」
――泣くな。
今日一日で、一生分の我慢をした気がする。
「なんだ?」
「別に何でもありません」
踵を返し席についた。
「鈍感ねぇ」
南雲は呆れるように首をかしげて、僕の頭をポンとたたいた。
「何が言いたいんだ」
「べっつにー。いい男ってこれだからいやよねぇ」
そのまま午前中の授業をどう頑張ったのか、大して覚えていなかった。
誰とも出くわさずに弁当を食べたくて、移動教室に足を運んだ。
どこもかしこも鍵がかかっている。
最後の美術室、そっと手をやると鍵をかけ忘れたのか……すっと開いた。
――しまった。
思ったものの、今さらだ。
向こうの出方を窺おうと、何事もなかったかのように席に戻った。
「そこは僕の席ですよ」
僕の帰りを待っていたかのように、回転いすをぐるりと動かし、「早弁用か?」と聞いてきた。
「早弁?」
学生時代ですらした事は無いし、部活もオメガと分かって止めてしまったから、遅弁も無かった。
「ああ、二個あるから」
「それは……」
口ごもってしまった。
「誰かに貰ったのか? ファンか? 佐々木か? まさかの高橋?」
待て待て待て、僕が口をはさむ間もなく、まくしたてられた。
そこにタイミング最悪というように、職員室の戸が開いた。
もう職員朝礼なのになんで来るんだ、胃が痛くなる思いだった。
「一年、高橋はいります」
なんだこの部室に入るような勢い。
とても素行不良とは思えない裏表だと僕は開いた口がふさがらず、流れるように進む会話にただ黙っていた。
「欠席連絡、佐々木からの預かりものです」
「おお、悪いな。毎回毎回。健康診断の結果だね」
「はい」
E組の担任のおじいちゃん先生が(申し訳ないがまだ名前を憶えていない)ウォッホウォッホ笑いながら、その封書を受け取った。
ちらっと生方先生の方を見ると、眉間に眉が寄っていた。不穏な空気が流れ、その重い空気に、僕は空つばを飲み込み喉が熱くなるのを感じた。
「これはお前か」
生方先生の的外れもいいとこだと思うようなセリフが高橋に向かって投げかけられた。
「はい?」
怪訝そうな顔とさも機嫌悪いです的な声が、こちらを向いた。
「何でもないよ、気にしないで」
僕は慌てて高橋にそう訂正すると、お弁当を紙袋に隠そうと手を伸ばした。
「何で隠すんだ。やはり高橋か」
生方先生の目が座っている。
違うのに……とまた涙が出そうになった。
「だから違うって言ってるだろ、なんなんだよ」
――ただの先輩後輩って言ったくせに!
ここが職員室だという事をすっかり忘れたように、つい言葉遣いが乱暴になり、トイレに駆け込んだことが無駄になったように、結局その場でボロボロ泣いてしまった。
「え、ちょっと待て、なんで泣くんだ」
動物園の熊の様に僕の周りをウロウロしている。
オロオロする生方に高橋が追い打ちをかける。
「あーあ、泣かしてるんですか」
「どう見ても違うだろ」
「いやいや、どう見ても泣かした犯人、あんたですよ」
「口の利き方……」
「今そんなんどうでもいいし」
――僕の為に喧嘩しないで。
紙袋から弁当を取り出すと、生方先生の席にドンと置いた。
「あげます」
「え? おい、三条先生……」
「パパちゃんからです」
嘘をついた。
さすがに言えない。
あんたとはただの先輩後輩だろうなんて言われたその言葉が、どうにも消化出来なくて……、ただ食べてもらえたら、もう誰が作ったかなんてどうでもいい……。
「お父上が? なんで」
「お世話になったからです」
「いや、悪いからいらないよ……」
――要らない……。
「そうですか。では、高橋君、君にあげるよ」
「まじで? まぁ腹減ってんから貰えるもんは貰うけど」
「待て、それは……」
そんなやり取りをしていたら、横から別の手が伸びた。
「僕が貰うわ」
「え?」
三人の声が被った。
綺麗に染まっている深緑色にオレンジ色のメッシュが入っているのが特徴的な無口な先生、綺麗すぎる顔立ちに遠巻きに見ていた。
美術担当南雲忍。
きちんと話をするのはこれが初めてで、おねぇ言葉だったのにもちょっと驚いた。
「ん? だって、みんな要らないんでしょう。それなら僕が貰うわよ。三条先生のお手製……楽しみ」
「え? いや、あのぉ、父が作って……」
苦し紛れの嘘に
「へー、そうなのぉ。それでもいいですよぉ。だって先生とお揃い。うふふ。昼が楽しみですね、折角ですから一緒に食べましょう」
押し切られてたじたじの僕を庇う様に、生方先生が弁当をひったくった。
「ちょっと、横暴よぉ」
「これは俺のだ」
「いらないって言ったじゃない」
「言ってない」
「言いましたぁ」
「遠慮しただけだ。日本人のくせにそんなこともわからないのか」
「何それぇ、横暴ねぇ」
「何と言われようとこれは俺のだ」
そう言うとさっさと机にしまってしまった。
「欲しいんですか?」
僕は決死の思いでそう聞いた。
「別にそういうわけじゃないが、ほかの奴にやるのはちょっと癪だからな」
「あはは、ですよね」
――泣くな。
今日一日で、一生分の我慢をした気がする。
「なんだ?」
「別に何でもありません」
踵を返し席についた。
「鈍感ねぇ」
南雲は呆れるように首をかしげて、僕の頭をポンとたたいた。
「何が言いたいんだ」
「べっつにー。いい男ってこれだからいやよねぇ」
そのまま午前中の授業をどう頑張ったのか、大して覚えていなかった。
誰とも出くわさずに弁当を食べたくて、移動教室に足を運んだ。
どこもかしこも鍵がかかっている。
最後の美術室、そっと手をやると鍵をかけ忘れたのか……すっと開いた。
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