I Love Youをもう一度

赤井ちひろ

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第三章

好きという気持ち

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「やめろ。悪戯が過ぎるぞ」
 生方は絡みつく腕を振り払うと、じろりとにらみ言い捨てた。
「失礼、なんか悩んでいるみたいだから相談に乗ってあげようかと思っただけよ」
 生方の威嚇なんかお構いなしに言い返す。
「必要ない。用がないなら帰れ」
「用は出来ちゃったのよねぇ」
 南雲はそう言うと、さっさと部屋を出ていった。
「帰ったか」
 そう独り言ちて冷蔵庫からひじきとハイボールを出した。
 三条がたくさん作ってくれたひじきも、もうこの一皿が最後になった。
 箸を咥え、ハイボールのプルタブに手をかけ、テレビのチャンネルをつけた。
 玄関でガチャガチャと音がする。
「忍か?」
 すこし考えていたが、シカトを決め込もうと無視をした。ところがガチャガチャと玄関のノブはなるし、インターホンも永遠とうるさい。
 これではお隣さんに迷惑というものだ。
 重い腰を上げながら、扉のスコープを覗き込む。
 そこに映っているのはやはり南雲忍だった。
「うるさい!」
 あいた隙間に足を滑り込まされ、おまぇなぁ、と小言を発しようとした瞬間、真横に居た三条に気が付いた。
「なに、三条……せんせい」
 肩に担ぐチャリに気が付き、慌てて手を差し出した。
「こんばんは……」
「どういうことだ、忍」
「取り敢えず中に入れなさいよ。近所迷惑で困るの、私じゃないわよ」
 エレベーターが一階に止まってる。こいつらは昇って来たんだろうから、一階にあるという事は誰かが呼んだという事だ。
 チッ、舌打ちを一つすると仕方が無しに戸を開けた。
「はいれ」
 南雲に向けていったはずの言葉に返事をしたのは、三条高雄だった。
「ごめんなさい……」
 ふてぶてしい南雲の陰で、三条はシュンと項垂れた。
「三条先生に言ったんじゃないぞ。このふてぶてしい男に言ったんだ」
「失礼ねぇ、気が付かないあんたに変わって連れてきてあげたのに、感謝は無いわけ?」
 言われてハタと思い立った。
「そういえば、こんな時間にどうしたんだ」
 生方にそう言われ、なんて答えていいのか、何と答えても軽いストーカーじゃないのかと、だんまりが崩せない。
「三条先生?」
 優しいのに威圧的な雰囲気はアルファ独特のものだ。
「あ、あの、いや、別に」
 覗き込まれて空唾を呑んだ。
「自販機に居たのよ」
「何がだ」
 ――何が?
「誰がでしょーよ。誠、頭大丈夫?」
 ――うん、誰が?
 ――っていうか、誠って呼ぶんだ。初めて聞いた。
「一々細かいな、では言い直そう。誰がだ」
「三条先生よぉ」
「なぜ」
「知らないわよ。走っていたの。さっきベランダに居た時、で少し先に自販機があるでしょ。そこでポカリ買って飲んでいたのを見付けただけよ。あんたこそ細かい男ねぇ」
「拉致って来たのか?」
「言い方ぁ」
「うるさい、答えろ」
「違うわよ、ちょっとお茶しないって声をかけただけ」
「本当だろうな」
 この喧々諤々な雰囲気はさっきの腕を絡ませていた怪しい雰囲気とは何だか違う。
 オロオロするような、ほっとするような、そんな空気にまたもや生方先生の舌打ちが聞こえた。
 ビクンと肩が上がる。
 目ざとく見つけた南雲先生に肩を抱かれ、緊張で硬くなった。
「ちょっと威嚇しないでよぉ」
「していない。勝手に触るな」
「はぁ、あんたのものじゃないじゃない」
 ぐっと言葉に詰まる。
「忍、お前のものでもないだろう」
「三ちゃんはどっちが好きぃ?」
「三ちゃん?」
 生方先生だけでなく僕も目を丸くした。
「いや、あの三ちゃんはちょっと……」
「だめぇ? 可愛いのにぃ」
「恥ずかしいですし、出来れば高雄くらいまでにしていただけると……」
「ほんとに? 下呼びオッケー? やだ、うれしー」
「駄目だぞ!」
「あんたには関係ありません」
「三条先生!」
 ――しまった。
 時すでに遅しだ。
 生方先生の目つきがほんの少し怖い気がする。
 どうやら何か間違えたらしい。
「三ちゃんよりいいかと思って……、ごめんなさい」
 三条はむっとする生方のご機嫌を窺う様に、上目遣いに一歩近づいた。
「誠に謝る必要なんてないわよ」
 南雲先生の両手が僕の頬に触れ、またぐっと引き寄せられて、折角近づいた一歩が離れてしまう。
 ――なんだか挑発している気がするのは、僕の勘違いだろうか。
「あの、南雲先生は生方先生を誠って呼ばれるんですね……」
「ああ、私たち同期なのよ。大学のね」
「大学の、ですか」
「そう。誠、忍の仲よ」
 ――誠、忍の仲。
「誤解されるような言い方するな」
「誤解? 私も誠もそっち系、お互いに慰めたことだって別に一度や二度じゃ……」
「やめろ。もうしないって言っただろ」
「なんでよぉ」
「三条先生の前でやめてくれ」
「なんでダメなの?」
 南雲先生はニヤニヤしながら生方先生に詰め寄っていた。
「南雲先生は……オメガじゃないですよね」
 この空気を断ち切りたい。僕は勇気を出してそう聞いた。
 首にプロテクターをしていない。それにベータっぽくもない。でも生方先生と? ドンドン疑問が膨らんだ。
「アルファよ。アルファだからと言ってみんなが一応にトップとは限らないわよ」
「トップ?」
「そう、TOP。入れる側。反対に入れられる側がBOTTOMだよ。で僕はBOTTOM」
 赤裸々すぎて顔が赤くなった。
「え、え、あ、あ、あ、あ」
 口ごもる僕を南雲先生はくすくす見ていた。
「過去のことだ」
 風がふわっと吹いた。
 翻るカーテンに、春の夜風が気持ちいい。
 あっ鼻がムズムズする。
 
 少し肌寒かったようでクションとくしゃみが出た。
 大げさなほどに驚いた生方先生によって窓はしめられ、僕はソファに引き寄せられ、ふわふわのタオルケットを渡された。
「かけていろ。風邪をひく。もう暗い」
 ――もう暗い?
 慌てて窓辺に駆け寄り外を見た。出てきたときはこんなに暗くなるつもりじゃなかった。
 ロードバイクは全天候型スポーツだが、夜に特化したものじゃない。足元も暗く坂を上ったり下ったりは少し危険だ。
 時計を探した。
 小一時間で帰るつもりの18時から、既に3時間立っていた。
 恐る恐るサイジャのポケットに手を入れた。
 スマホ画面がひっきりなしに光っている。
 こんなの見なくても誰だかわかる。
 じっとスマホを見つめたまま動かない僕に、ロックを解除しろと低い声が耳元で囁いた。
「先生……」
「ここに来ると言ってきたのか?」
 小さな子供に諭す様に、膝をついて顔を見上げてきた。
「ちょっとだけ走ってくるって出てきちゃいました」
「ご両親とも、知らない?」
「パパちゃんは走ってくること知ってますが、樹さんは知りません」
 生方先生がはぁと小さな溜息を洩らした。
「やばくない?」
「電話を掛けなさい」
 僕はナンバープレートをタップした。

 
 
 
 
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