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第四章
望まぬ未来と信じる強さ4
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「ええ、南雲先生が誰かまで」
三条はにっこりと微笑むと寝ている恋人を見つめた。
「何で……何で、知ってんのよ」
動揺が隠せない南雲は、病院だという事も忘れ声を荒げた。
「夢を見るんです。って僕言いましたよね」
空間が二つに割れる。
何があっても動じない静の三条と、あり得ないと興奮する動の南雲。
「言ったわよ。顔だか首だか……」
「生方先生はとても慎重というか、臆病というか、困った人なんですよ。前に僕の失態で高橋にマーキングされて、高橋の番や僕が興奮状態だった時も、僕を傷つけないように必死でした」
「あんた、あの時気を失っていたじゃない!」
「意識ありましたよ」
「聞いてない」
「言ってないですから」
辛辣なのに、優しくて深い。
「夢でしょ、あんたのそれは夢」
「最初は、確かに。でも顔が見えてくるころには、それ以外の夢も見るようになっていました」
三条は意識の戻らない恋人の頭を幾度も撫で、頬にキスを落とし、好きです。と囁き続けた。
「それ以外?」
「恋人は剣が得意だったんです」
「なにが……」
「番のいる人でした」
「知らない!」
南雲は後退るように足を滑らせ、壁にぶつかりドンと音がして床にしりもちをついた。
まるで怖いものでも見る子供のように三条を見上げた。
「そんな怯えないで」
「知らない! 知らない!」
「僕はその時もオメガでした。その頃はオメガなんか、人権ありませんでしたから」
――第二性が出始めたのは……幕末。
ドクターが小さくつぶやく。
それには特段誰も受け止めず、ただの音として流された。
「今度はアルファでしたか」
はたから見たらただの意味不明のセリフを、南雲に向けて紡ぐ三条を、意味のあるセリフとして、見つめ返した。
「何でその事を……」
しらを切ろうと、切るまいと、もう既に三条にはわかっている。
「夢じゃ無いみたいですね」
図られたっ、慌てて取り繕うとしても後の祭りだった。
「三条……お前!」
「すいません。僕こういう駆け引き得意なんですよ。それに、一つ腑に落ちない事があったんですけど、ああなるほどな、と合点がいきました」
「騙したのか」
その攻防にドクターたちは口もはさめず、意識の戻らない生方の点滴を変えながら、黙ってみていた。
「人聞きの悪い言い方をしないで下さい。確信しただけです」
言葉よりずっと温かな眼差しに、南雲の視線も自然と生方を追いかけた。
「南雲先生は誠さんが大事に持っているお守りを知っていますか」
「お前こそ……なんで」
もう敬語も、丁寧語も、何もかも南雲にとってはどうでもよかった。
「もう何回も誠さんの家に行っていますから、服の下に、その真新しいチェーンからは全くそぐわない古ぼけたお守りを、後生大事に肌身離さず持っている事位、知っていてもおかしくはないでしょう。中だって気になりますよね」
――そうだ。仮に話していたっておかしくはない。
「誠が話したのか」
「いえ、お風呂に入っている時に、勝手に見ました。知らなかったんですけど、僕、割と嫉妬深かったみたいで、ちょっとした、浮気探しだったんです。まさか……あんなすすけた人物画みたいなものが出てくるとは思わなかったから」
「ああ……」
「で、夢に出てきた風呂敷を抱く男の人と、抱かれている顔に、まぁ手足が付いていました」
「三条先生……」
「僕は、あの顔の彼ですよね」
「気味悪くないのか……」
「あなたはあの絵の右側の人、ですよね。総司様」
「知らない!」
南雲は膝を抱えて壁にもたれかかって、見下ろす三条を見上げた。
「先生……」
突然振られたドクターの口がポカンと開き、そのまま閉じた。
「後は忘れていくだけですか?」
「生方さんですか?」
「ほかに何が?」
「忘れていくのか、思い出すのか、何もわからないと思っています」
「良かった」
三条はそう言うと、また生方のおでこにキスをした。
三条はにっこりと微笑むと寝ている恋人を見つめた。
「何で……何で、知ってんのよ」
動揺が隠せない南雲は、病院だという事も忘れ声を荒げた。
「夢を見るんです。って僕言いましたよね」
空間が二つに割れる。
何があっても動じない静の三条と、あり得ないと興奮する動の南雲。
「言ったわよ。顔だか首だか……」
「生方先生はとても慎重というか、臆病というか、困った人なんですよ。前に僕の失態で高橋にマーキングされて、高橋の番や僕が興奮状態だった時も、僕を傷つけないように必死でした」
「あんた、あの時気を失っていたじゃない!」
「意識ありましたよ」
「聞いてない」
「言ってないですから」
辛辣なのに、優しくて深い。
「夢でしょ、あんたのそれは夢」
「最初は、確かに。でも顔が見えてくるころには、それ以外の夢も見るようになっていました」
三条は意識の戻らない恋人の頭を幾度も撫で、頬にキスを落とし、好きです。と囁き続けた。
「それ以外?」
「恋人は剣が得意だったんです」
「なにが……」
「番のいる人でした」
「知らない!」
南雲は後退るように足を滑らせ、壁にぶつかりドンと音がして床にしりもちをついた。
まるで怖いものでも見る子供のように三条を見上げた。
「そんな怯えないで」
「知らない! 知らない!」
「僕はその時もオメガでした。その頃はオメガなんか、人権ありませんでしたから」
――第二性が出始めたのは……幕末。
ドクターが小さくつぶやく。
それには特段誰も受け止めず、ただの音として流された。
「今度はアルファでしたか」
はたから見たらただの意味不明のセリフを、南雲に向けて紡ぐ三条を、意味のあるセリフとして、見つめ返した。
「何でその事を……」
しらを切ろうと、切るまいと、もう既に三条にはわかっている。
「夢じゃ無いみたいですね」
図られたっ、慌てて取り繕うとしても後の祭りだった。
「三条……お前!」
「すいません。僕こういう駆け引き得意なんですよ。それに、一つ腑に落ちない事があったんですけど、ああなるほどな、と合点がいきました」
「騙したのか」
その攻防にドクターたちは口もはさめず、意識の戻らない生方の点滴を変えながら、黙ってみていた。
「人聞きの悪い言い方をしないで下さい。確信しただけです」
言葉よりずっと温かな眼差しに、南雲の視線も自然と生方を追いかけた。
「南雲先生は誠さんが大事に持っているお守りを知っていますか」
「お前こそ……なんで」
もう敬語も、丁寧語も、何もかも南雲にとってはどうでもよかった。
「もう何回も誠さんの家に行っていますから、服の下に、その真新しいチェーンからは全くそぐわない古ぼけたお守りを、後生大事に肌身離さず持っている事位、知っていてもおかしくはないでしょう。中だって気になりますよね」
――そうだ。仮に話していたっておかしくはない。
「誠が話したのか」
「いえ、お風呂に入っている時に、勝手に見ました。知らなかったんですけど、僕、割と嫉妬深かったみたいで、ちょっとした、浮気探しだったんです。まさか……あんなすすけた人物画みたいなものが出てくるとは思わなかったから」
「ああ……」
「で、夢に出てきた風呂敷を抱く男の人と、抱かれている顔に、まぁ手足が付いていました」
「三条先生……」
「僕は、あの顔の彼ですよね」
「気味悪くないのか……」
「あなたはあの絵の右側の人、ですよね。総司様」
「知らない!」
南雲は膝を抱えて壁にもたれかかって、見下ろす三条を見上げた。
「先生……」
突然振られたドクターの口がポカンと開き、そのまま閉じた。
「後は忘れていくだけですか?」
「生方さんですか?」
「ほかに何が?」
「忘れていくのか、思い出すのか、何もわからないと思っています」
「良かった」
三条はそう言うと、また生方のおでこにキスをした。
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