29 / 35
29 犯人との対面3
しおりを挟む「おいっ待てガキ!」
子どもたちを囲おうとニヤニヤしていた男は、自分の横をすり抜けて逃げ出す男の子に驚き慌て。追いかけようとするも、地面に凍っている場所でもあったのか、つるっと無様に倒れ込んだ。
「馬鹿か! さっさと捕まえに行け!」
カヴルに叱責された男は、こめかみに血管を浮き上がらせながら再び走り出した。
それから男が扉を出た直後、「うわぁぁ!」と悲鳴が上がる。
どうしたのだろうかと、リリアナは男の子の行方が心配になる。
けれど再び扉から男が姿を現した時には、身体が縄で縛られ、騎士に拘束されている姿だった。
その騎士たちの後ろから姿を現した人物を見て、リリアナは瞳を輝かせた。
彼ならきっと、見つけてくれると信じていた。
「レイくん!」
レイモンドはちらりとリリアナに目を向けて、安心したように表情を緩める。それからすぐに表情を引き締めて「子爵を捕縛せよ!」と騎士を差し向ける。
だが騎士が動き出した時にはすでに、カヴルは倉庫の奥にあるもう一つの扉に向かって走り出していた。
「させるかっ!」
そこへ誰よりも先に、カヴルに追いついて彼にタックルを決めたのは、なぜか彼の御者だった。必然的に、御者に拘束されていたリリアナは開放されている。
(えっ、なんで?)
一緒に逃げるならまだしも、なぜ主人を捕まえるのか。
意味がわからず、リリアナがぽかんとその姿を見つめていると、先ほど助けを求めに逃げ出した男の子が、リリアナの元へと駆け寄ってきた。
「リリお姉ちゃん大丈夫?」
「うん。助けを呼んで来てくれてありがとう」
リリアナはほっとしながら男の子の前に屈んで、ぎゅっと彼を抱きしめた。
どうやらこの子は、倉庫を出てすぐにレイモンドと出会ったようだ。辛い目に遭うことなく、保護されて良かった。
続いてリリアナに駆け寄ってきたのは、メイナードとウォルターだ。二人もわざわざ、レイモンドと一緒に駆けつけてくれたらしい。
「リリアナ! 大丈夫?」
「リリアナ嬢、怪我はない?」
「はい。お二人ともありがとうございます」
「僕のせいで、ごめんね!」
メイナードは今にも泣きそうな顔でリリアナの顔を覗き込む。彼が不在の間に誘拐されてしまったので、気に病んでいるようだ。
「殿下のせいではございませんわ。あら……殿下、頬をどうなさったのですか? まさか犯人たちに……」
よく見ればメイナードの頬がひどく腫れている。街でリリアナが気を失っている間に、ひどい目にでもあったのだろうか。
心配しながら尋ねたリリアナに対して、メイナードは困ったように微笑む。
「これ? リリアナを危険に晒すなって、レイモンドに殴られたんだ」
「俺が止める暇もなく……」
「レイくんっなんてことを……っ!」
王子に対して、なんてことをしでかしてしまったのだ。後で一緒に、王宮へ謝りにいかなければ。リリアナは問題児を抱える保護者のような気持ちで、レイモンドを見つめた。
当のレイモンドは、カヴルが御者に拘束される様子を見ている。今はお仕事が最優先のようだ。
「クソッ。お前、裏切るつもりか!」
「裏切る? 俺のご主人様はもともと、レイモンド様ですけど?」
御者はカヴルに向けて、にかっと微笑む。カヴルは信じられないものでも見るかのように、目を見開いた。
「そんな……。それじゃ、最初から全て知っていて……」
「俺がわざと馬車を故障させていたのに、ぜんぜん気づかないんだもんな。お前、利口そうに見えて、案外抜けてんのな」
はははっと笑いながら御者に頭をなでられて、カヴルはあっという間に頭に血が上ったようで顔が真っ赤だ。
(レイくん、そんなに前から気が付いていたなんて……)
リリアナも御者については初耳だ。自分一人で対処してみせる、とがんばっていたリリアナだが、初めからレイモンドに助けられ、見守られていたのだ。
そのおかげで、リリアナはカヴルの家に連れ込まれることなく、最悪の事態は避けられていた。
レイモンドが気づいて守ってくれていなければ、今頃どうなっていたか。リリアナは考えたくもない。
「お前! ガキがこんなことを勝手にして、許されると思っているのか!」
全ての恨みをぶつけるようにカヴルは、レイモンドを睨みつけた。
「ここはエリンフィールド、俺の領地だ。いつもなら、ここから南下した港を使用していたようだな。ここからリリアナを連れ去って、俺を絶望させようとでもしたのか?」
「なっ……なぜ、そんなことまで知っているんだ!」
カヴルはこの状況を、全く理解できていなかった。
御者がスパイだったことで、リリアナを連れ去る作戦は知られてしまったようだが、子どもを売る稼業については御者にも今回まで伏せていた。
昨日、ようやく知ったばかりのやつらに、そこまで調べられるはずがない。カヴルは不思議でならない。
「お前の父親の稼業を長年に渡って、調査していたからだ」
レイモンドは騎士に向けて、軽く手をあげる。すると騎士が、五十代くらいに見える男を連れて倉庫へと入ってきた。その男も、縄で拘束されている。
「親父っ……!」
自分の父親の姿に驚いて、カヴルは目を見開く。
長年、この家業を続けて来られたのはひとえに、父親が思慮深い人物だったからだ。
決して無理はせず、少しでも怪しまれたと判断すれば、ほとぼりが冷めるまで絶対に行動を起こさない。
カヴルが数年前に家業を受け継いでからは、少しでも大胆な行動を取るたびに、これでもかというほど叱る人だった。
そんな父親が、貴族のガキに捕まるはずがない。カヴルの目の前に広がっている光景は、本当に信じられないものだった。
(あの人だわ!)
同時にリリアナも、カヴルの父親を見て心臓が壊れてしまいそうなほど、どくりと動いた。
あの顔は今でも鮮明に覚えている。あの頃よりも多少は老いた顔にはなっているが、カヴルの父親があの時の犯人であると、リリアナは瞬時に理解した。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
296
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる