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29 犯人との対面3

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「おいっ待てガキ!」

 子どもたちを囲おうとニヤニヤしていた男は、自分の横をすり抜けて逃げ出す男の子に驚き慌て。追いかけようとするも、地面に凍っている場所でもあったのか、つるっと無様に倒れ込んだ。

「馬鹿か! さっさと捕まえに行け!」

 カヴルに叱責された男は、こめかみに血管を浮き上がらせながら再び走り出した。
 それから男が扉を出た直後、「うわぁぁ!」と悲鳴が上がる。

 どうしたのだろうかと、リリアナは男の子の行方が心配になる。
 けれど再び扉から男が姿を現した時には、身体が縄で縛られ、騎士に拘束されている姿だった。

 その騎士たちの後ろから姿を現した人物を見て、リリアナは瞳を輝かせた。
 彼ならきっと、見つけてくれると信じていた。

「レイくん!」

 レイモンドはちらりとリリアナに目を向けて、安心したように表情を緩める。それからすぐに表情を引き締めて「子爵を捕縛せよ!」と騎士を差し向ける。

 だが騎士が動き出した時にはすでに、カヴルは倉庫の奥にあるもう一つの扉に向かって走り出していた。

「させるかっ!」

 そこへ誰よりも先に、カヴルに追いついて彼にタックルを決めたのは、なぜか彼の御者だった。必然的に、御者に拘束されていたリリアナは開放されている。

(えっ、なんで?)

 一緒に逃げるならまだしも、なぜ主人を捕まえるのか。
 意味がわからず、リリアナがぽかんとその姿を見つめていると、先ほど助けを求めに逃げ出した男の子が、リリアナの元へと駆け寄ってきた。

「リリお姉ちゃん大丈夫?」
「うん。助けを呼んで来てくれてありがとう」

 リリアナはほっとしながら男の子の前に屈んで、ぎゅっと彼を抱きしめた。
 どうやらこの子は、倉庫を出てすぐにレイモンドと出会ったようだ。辛い目に遭うことなく、保護されて良かった。

 続いてリリアナに駆け寄ってきたのは、メイナードとウォルターだ。二人もわざわざ、レイモンドと一緒に駆けつけてくれたらしい。

「リリアナ! 大丈夫?」
「リリアナ嬢、怪我はない?」
「はい。お二人ともありがとうございます」
「僕のせいで、ごめんね!」

 メイナードは今にも泣きそうな顔でリリアナの顔を覗き込む。彼が不在の間に誘拐されてしまったので、気に病んでいるようだ。

「殿下のせいではございませんわ。あら……殿下、頬をどうなさったのですか? まさか犯人たちに……」

 よく見ればメイナードの頬がひどく腫れている。街でリリアナが気を失っている間に、ひどい目にでもあったのだろうか。
 心配しながら尋ねたリリアナに対して、メイナードは困ったように微笑む。

「これ? リリアナを危険に晒すなって、レイモンドに殴られたんだ」
「俺が止める暇もなく……」
「レイくんっなんてことを……っ!」

 王子に対して、なんてことをしでかしてしまったのだ。後で一緒に、王宮へ謝りにいかなければ。リリアナは問題児を抱える保護者のような気持ちで、レイモンドを見つめた。
 当のレイモンドは、カヴルが御者に拘束される様子を見ている。今はお仕事が最優先のようだ。

「クソッ。お前、裏切るつもりか!」
「裏切る? 俺のご主人様はもともと、レイモンド様ですけど?」

 御者はカヴルに向けて、にかっと微笑む。カヴルは信じられないものでも見るかのように、目を見開いた。

「そんな……。それじゃ、最初から全て知っていて……」
「俺がわざと馬車を故障させていたのに、ぜんぜん気づかないんだもんな。お前、利口そうに見えて、案外抜けてんのな」

 はははっと笑いながら御者に頭をなでられて、カヴルはあっという間に頭に血が上ったようで顔が真っ赤だ。

(レイくん、そんなに前から気が付いていたなんて……)

 リリアナも御者については初耳だ。自分一人で対処してみせる、とがんばっていたリリアナだが、初めからレイモンドに助けられ、見守られていたのだ。
 そのおかげで、リリアナはカヴルの家に連れ込まれることなく、最悪の事態は避けられていた。
 レイモンドが気づいて守ってくれていなければ、今頃どうなっていたか。リリアナは考えたくもない。

「お前! ガキがこんなことを勝手にして、許されると思っているのか!」

 全ての恨みをぶつけるようにカヴルは、レイモンドを睨みつけた。

「ここはエリンフィールド、俺の領地だ。いつもなら、ここから南下した港を使用していたようだな。ここからリリアナを連れ去って、俺を絶望させようとでもしたのか?」
「なっ……なぜ、そんなことまで知っているんだ!」

 カヴルはこの状況を、全く理解できていなかった。
 御者がスパイだったことで、リリアナを連れ去る作戦は知られてしまったようだが、子どもを売る稼業については御者にも今回まで伏せていた。
 昨日、ようやく知ったばかりのやつらに、そこまで調べられるはずがない。カヴルは不思議でならない。

「お前の父親の稼業を長年に渡って、調査していたからだ」

 レイモンドは騎士に向けて、軽く手をあげる。すると騎士が、五十代くらいに見える男を連れて倉庫へと入ってきた。その男も、縄で拘束されている。

「親父っ……!」

 自分の父親の姿に驚いて、カヴルは目を見開く。
 長年、この家業を続けて来られたのはひとえに、父親が思慮深い人物だったからだ。

 決して無理はせず、少しでも怪しまれたと判断すれば、ほとぼりが冷めるまで絶対に行動を起こさない。
 カヴルが数年前に家業を受け継いでからは、少しでも大胆な行動を取るたびに、これでもかというほど叱る人だった。

 そんな父親が、貴族のガキに捕まるはずがない。カヴルの目の前に広がっている光景は、本当に信じられないものだった。

(あの人だわ!)

 同時にリリアナも、カヴルの父親を見て心臓が壊れてしまいそうなほど、どくりと動いた。

 あの顔は今でも鮮明に覚えている。あの頃よりも多少は老いた顔にはなっているが、カヴルの父親があの時の犯人であると、リリアナは瞬時に理解した。
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