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第四話 王子の来訪
しおりを挟む(うんざりだ)
「ジルベール伯爵家が娘、アレクサンドラ・ジルベールです。この度はお会い出来て光栄ですわ。殿下」
「あぁ、よろしく」
「きゃっ、殿下が私の手に……あぁ幸せです。この胸の喜びをなんと表したらいいか」
(どいつもこいつも)
「マリア・ローズと申します。あなた様に会えるのを心待ちにしておりました!」
「そっか。ありがとう」
「はい! ところであの、リュカ様は臣籍降下する予定だと聞いているのですが、将来はどのように」
リュカはため息を堪えるのに必死だった。
甘ったるい香水を身に着けた獣たちがリュカの寵愛を得ようと縋ってくる。
(僕の地位や権力、容姿と血筋が欲しいだけのゴミ共)
リュカにはこの場所が獣の巣窟に見える。
腹黒い欲望を抱えた獣が口元を三日月に歪ませて、ケタケタ笑っているのだ。
『この歳まで未婚なんて王家の恥です。想い人が居るならまだしも……王族の務めを果たしなさい』
母である女王に言われて半ば強制的に連れてこられたものの、やはりこの場には見る価値のない女しか居ない。自分たちをどう良く見せるか、リュカと結婚した時の利権狙い、あるいは結婚したあとの牽制合戦が、既にこの場で行われようとしている。未婚の王子という商品はそれほど魅力的に映るのだろう。
(僕と結婚すれば王家の血筋が手に入る。自分の子が王位継承者になる可能性を考えれば無理もない……か)
第一王子である兄が不慮の事故で死んでしまった時、王位継承者となるのはリュカの血筋となる。
兄の子はまだ生まれていないのだし、生まれたしてもしばらくは補佐が必要だ。
ならば娘を第二王子につかせて第一王子をどうにか……と考える勢力が一定数居る。
この場は表向きリュカの婚約者審査会という話になっているが……
不穏分子を探すという目的もまた、この会の裏の目的なのであった。
(この会場に、僕本人を見てくれる人なんてどこにも居ない)
王家に生まれた者の宿命だとは分かっている。
政略結婚を組まされようとも不満はない。
しかし、地位や容姿や血筋が欲しいだけのゴミと添い遂げるのは我慢できない。
リュカはこれまで、そんな腐臭のする者達を追い払い続けて来た。
その結果、不本意なあだ名をつけられることにはなかったが。
「……ひと通り挨拶は終えたかな、オルグ」
「そうですね。では次に令嬢一人一人とお話を……」
「いや、その前に少し用を済ませたい。いいだろ?」
「……」
オルグの瞳がすっと細くなった。
「……いちおう聞いておきますが、逃げ出しませんよね?」
「母上主催のパーティーでそんなことはしないさ」
リュカはひらひらと手を振ってその場を後にしようとする。
「少し風に……」
「──だから、どれだけ食べるんですか! 少しは自重しなさい!」
会場から出ようとして、ぴたりと足を止めた。
見れば、みすぼらしいドレスを着た少女が頬をいっぱいにして立っている。
気位が高そうな令嬢とその取り巻きに怒られているようだった。
「仮にも王子の婚約者を見定める場で、食事に没頭するなんて……しかも一人で十皿も完食するなんて! 淑女にあるまじき行為です。あぁ臭いますわ。甘い汁が吸いたいだけの乞食の匂いが! あなた、この場に相応しくないのではなくて?」
少女はもぐもぐと口を動かして、ごくんと喉を鳴らす。
言葉の意図を読み取ったのかおもねるように問いかけた。
「……つまり帰っていいんですか?」
「えぇ。良いと思いますわよ。むしろお帰りになって?」
「でも、帰ったら父が怒られて……」
「子爵令嬢ごときが帰っても誰も気にしませんわ。責任ならわたくしが取ってあげますとも」
「わぁ、ありがとうございます!」
「は?」
途端、少女は太陽のような笑みを浮かべた。
「責任を取ってくれるなんてお優しいですね。素敵です」
「え、いや」
「私、そろそろお腹いっぱいになったので帰りたかったんです」
心の底からホッとしたように踵を返し、
「ではお先に失礼します。あ、」
おそるおそる、令嬢を振り返った。
「あの……」
「なんですの。今更態度を改めようとしても……」
「料理を包んでもらうことは可能でしょうか? 父に食べさせてあげたいです」
騒ぎを見守っていた周りの者達が一斉に非難の目を向ける。
少女を叱りつけた令嬢は汚らわしいものを見るように後ずさった。
「本当に卑しい……適当に包ませるからさっさと帰りなさい」
「ありがとうございますっ!」
使用人が包んだ料理を持たされ、少女は嬉しそうに料理を抱く。
意気揚々とその場を後にする少女を、その場の誰も止めようとはしない。
すぐ傍にリュカが居ても、彼女は目もくれなかった。
サァ……と。
(匂いが)
爽やかな春の日差しのような、清涼感を伴う風。
その匂いは、卑しい獣たちの腐臭にうんざりしていたリュカを惹きつけてやまない。
自然と足が向いた。
「そこの君──」
「リュカ様っ! こちら今話題のカメラというものなのですけど、よかったら一枚……」
そんな隙だらけのリュカの下に、鼻息の荒い獣がやってくる。
適当にあしらって少女の後を追ったが、既に王城の門を出るところだった。
会場のバルコニーでそれを見ていたリュカは従騎士に問いかける。
「オルグ……さっきの子の名前、何だっけ」
「ライラ・グランデ子爵令嬢ですね。確か先日、ヴィルヘルム伯爵家の令息に婚約破棄されたとか何とか」
「ふぅん……」
「やはり傷物はダメですね。婚約破棄されるほうにも原因があるんだ」
従騎士の言葉を聞き流しながら、リュカはライラが去ったほうを見ていた。
誰に話しかけられても、彼女の笑みが瞳に焼き付いていた。
「ライラ、か」
◆◇◆◇
第二王子の婚約者審査会はつつがなく終わった。
いやまぁ、半ば追い出されたのがつつがなくと言えばだけど……
とにかく、当初の目的であるタダ飯にはありつけたわけだし。
──あれから三日後。
「美味しかったなぁ。お貴族様たちって毎日あんなの食べてるんだねぇ」
「うちも一応子爵だけどな」
「子爵家なんて名前だよね。みんな知らないかもだけど」
私とお父さんは領地でせっせと魔法陣を修復していた。今は井戸を修復している。
ラグナ王国の井戸や水道は魔法を基にしていることが多く、それを維持しているのは各所に設置されている魔法陣だ。魔術師であるお父さんが怪しいところを見て、私が魔法陣を修復していく。それが私の子爵家での仕事だった。この魔法陣というのが劣化が早くて大変なんだよね……なにせ素材が安物なので。
「よいしょっと」
服の切れ端に幾何学模様を描いたそれを大理石に挟んで固定する。
それを井戸の底に沈めると、井戸が常に清潔な状態を保つようになる。
これが劣化して臭い始めたらアウト。領民から悲鳴が出て呼び出しを食らう。
「ふぅ……これで終わりかな」
「ライラ様~! こっちもお願い!」
「はーい!」
馴染みの雑貨屋のおばさんに呼ばれて私が飛んでいく。
やっぱり貴族って大変だよ……休んでる暇ないんだもん。
頑張って仕事を終えても、乾いたパンとベーコンだけだし……。
あぁ、お城の料理は美味しかったなぁ。
「お父さん、有給休暇ってないの?」
「貴族にそんなものはない」
「あぅ……」
「早く辞めたいな」
「ほんとね……申請はしたんでしょ」
私が美味しい料理を食べている間にお父さんは国王と謁見していたはず。
三日前に聞いたのと同じことを聞くと、同じ答えが返ってくる。
「もうすぐ引き継ぎが来るはずだ」
「そっか……それまでの我慢だね」
「あぁ、あとひと踏ん張りだ」
どれだけ辛い労働でも終わりが見えていれば楽になる。
私とお父さんは死んだ魚の目になって作業に没頭した。
──翌日。
いつもみたいに仕事を終えて帰ると、家の前に豪華な竜車が止まっていた。
なんだかすごい見覚えのある紋章だけど……あれなんだろう。
嫌な予感を覚えながら見ていると、竜車の中から綺麗な男の人が現れた。
その人は私に気付くと、パァ、と嬉しそうに顔を輝かせる。
ていうか王子様だった。
「おおおおお、王子様……!? なななな、なんで!?」
「ら、ライラ。まさかお前、王子の前で粗相を」
「してないよぉ! ただ料理を十皿ほど平らげただけで」
「それを粗相と言うのでは?」
「私なんて眼中にないからいいかと思って!」
「よく食べるのは母さん似だな。誇らしい」
「誇ってる場合じゃないよ!?」
言い合っている間にも王子様が目の前に来ていた。
クス、と微笑む彼は蒼色の双眸を細める。
「ライラ・グランデ嬢だね」
「はひ」
そしてあろうことか私の手を取り、ちゅ、とキスをした。
キスを……キス!?
「は、はわわわ」
「ねぇライラ嬢」
顔が沸騰する私にリュカ様は甘く微笑んだ。
「僕と婚約してくれないか?」
「無理です!」
てんぱった私は悲鳴をあげた。
第二王子相手に。不敬罪。死刑。はぅ……。
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