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第五話 王子の豹変
しおりを挟む無理です、無理です、無理です……
私の情けない叫びがやまびこのように響きわたった。
「無理……?」
王子様は真顔だった。真顔こわい。
「無理ってどういうことかな?」
サァ、と顔から血の気が引いて、私は慌てて言い訳する。
「あ、いや、あの、無理っていうのはですね。あの」
「申し訳ありません! 殿下!!」
私の前にお父さんが進み出て猛烈に頭を下げた。
「何分至らない娘でして、偉大にして崇高なる殿下を前に緊張してしまい、つい本音が漏れてしまったのでございます。我々があなた様に逆らうはずもありません。どうぞ! 娘をもらってやってくださいませ!」
(お父さん!? へりくだりすぎなんだけど!?)
王族に対する敬意というよりもはや挑発だ。
しかもさらっと婚約を承諾してるあたり、本当に権力に弱すぎる。
ちょっとは娘を守ろうとしてよ……。
しかも本音って。全然フォローできてないよ……。
奴隷根性が染みついた父親に思わず頬が引き攣ってしまった。
「子爵」
「はっ」
リュカ王子は笑顔である。
「僕は彼女に聞いてるんだ。少し黙っていてくれるかな?」
「はは──っ! 黙ります!」
(この薄情者ぉ!)
巌のように固まってしまったお父さん。
頼りにならない人ナンバーワンの称号を手にした彼をよそにリュカ様は首を傾げた。
「それで、グランデ嬢? 今のはどういうことかな?」
「あ、あぅ、えっと」
「この場は無礼講だ。言いたいことはハッキリ言っていいよ」
いや、お付きの人はそう思っていないようなんですが……
リュカ様の後ろにいる従騎士さん、すごい目で私を睨んでますよ。
私の視線に気づいたのか、リュカ様が従騎士を下がらせる。
「さぁ、どうぞ」
「え、えっと、無理というのはその、わ、私が王子様と婚約なんて無理、という意味です」
「そのままだね」
「釣り合わないってことです! 私なんてその、ただの田舎の子爵令嬢だし、何の取柄もないし」
リュカ様が感情の抜けた顔で言った。
「……君は僕の人を見る目を疑うのかい?」
ひいいいいい。
「だって……だってタイプじゃないんです!!!」
「は?」
その場の全員の目が点になった。
「私が好きなのは平凡な顔で、私の話を聞いてくれて、いつだって私を守ってくれて、頼もしくて、一途で、私のことを考えて家に帰って来てくれる人で、王子様みたいに顔が良くてちゃらちゃらして女の人を何とも思ってなさそうっていうか玩具みたいに思ってる人と婚約するのは生理的に無理なんですぅ!」
……。
………………。
その場が静まり返り、ハッ、と我に返った。
(や、やってしまったぁ~~~~~~~~~~~~~!)
焦った挙句自棄になって言わなくていいことまで言ってしまった。
お父さんは白目を剥いて気絶寸前だし、従騎士の人の怒りは増すばかり。
もはや私に退路はない。終わった、私の人生。
ライラ・グランデ、享年十七歳です。お母さん、今そっちに行くからね……。
「貴様、王子に対して何たる」
「ひぃいいい」
「く、ふふ」
不意に、リュカ王子が身体をくの字に曲げた。
「ふふ、あっはははは! た、タイプじゃない……! すごい、そんなことを言われたのは初めてだ。色々な断り文句は想像していたけど、こうもあけすけに言われるとは……! ふふ、あははははは! 面白い! 君はすごく面白いね、ライラ・グランデ嬢」
「え、はぁ。あの、何が面白いんでしょうか……」
「君の全部が面白い。はぁ、思わず笑い死ぬところだった」
風がプラチナブロンドの髪をまきあげ、リュカ様は色っぽい笑み浮かべる。
一歩、私に近付いたリュカ様は顎をくい、と持ち上げた。
ち、近い……顔面が近い……。
「誰もが僕の地位や権力目当てに近付いて興味のない話をまくし立てる中、君だけは僕の本質を見抜き、対等に言葉を交わした。第二王子という肩書ではなくリュカという男の本質を向き合うその姿勢は今までの誰にもなかったものだ。ライラ、僕は君が気に入ってしまったよ」
「……王子様って虐められて喜ぶタイプですか?」
「君になら、罵られても構わないね」
(だから顔が近いんですってば!)
「正直、様子見の打診だったんだけど……気が変わった。僕と結婚しよう、ライラ」
「いや、あの……その、ほ、ほら! 実は私、もうすぐ貴族じゃなくなるので!」
そうだ、そうなのだ。
ヘタレで頼りないお父さんだけど爵位の返還手続きはちゃんとやってくれたはず。もうすぐ終わるね、と昨日話したばかりだし、いくら王族といっても貴族を辞めたい人を貴族に戻したりしたら反感を喰らうはずだ。貴族を舐めてるのか、みたいな感じで。つまり、もうすぐ私は平民になるわけである。第二王子と平民の婚約なんて無理。つまり王子は既に詰んでいる!
「あぁ、それ? 僕が差し止めたよ」
「え……」
リュカ様はきょとんと首を傾げた。
「さすがに爵位の返還の話になると王族全体に共有されるからね。そもそもなぜ子爵が貴族位を返還したいのか、その実態を調べてもおかしくはないって言ってやったのさ」
「え、あの」
(よ、余計なことぉ~~~)
リュカ王子は太陽みたいな眩しい笑顔でとんでもないことを言った。
「というわけで、僕しばらくここに住むから、よろしく」
「えぇぇえええええええええええええええええええええ!?」
いや、住むってどういうこと!?
なんでそうなるの!? 文官をよこすだけでいいじゃん!
「僭越ながら殿下、我が家は王子をお迎え出来るような家では……」
お父さんがやっと口を開いた。
違う。突っ込んでほしいのはそこじゃない。
まぁそれもあるけど……。
私たちが揃って目を向ければ、リュカ王子はにこりと笑って指を鳴らした。
「問題ないよ」
途端、私たちの横を数台の竜車が通り過ぎていく。
建材や内装道具などを乗せたそれらは、私たちの家の隣に止まって、、
ドン!ガ! ガガガガ! ピカ―!
魔法陣が発光し、そして──
「はい、出来上がり」
見事な一軒家が隣に出来ていた。
白く塗られた新築ほやほやの家を見てリュカ王子は満足げに振り返る。
「さ、これで問題ないだろ?」
「……はひ」
前略。
天国にいるお母さんへ。
第二王子様が隣に住むことになりました。
そっちに行くのはまだ先になりです……よよよ……。
「いっそ僕たちの新居にする?」
「しません!!」
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