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第十一話 崩壊の兆し

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 ──ラグナ王国王都、某所。

 ──ヴィルヘルム伯爵家主催のサロン。

「本日はお集まりいただきありがとうございます」

 壇上にいるエドワードは会場を見渡して身震いした。

 丸テーブルが等間隔に並んでいる会場にはさまざまな人間がいる。
 小さな幼女から老人に至るまで、この場に集ったのは魔法界を担う有名人たちばかりだ。
『不夜の才女』メネア、『賢老』アルタイル、『空の杖』カエサル、『王の魔法』アリステレス……

「本日は先日発表した新型魔法陣の循環運用法について話させていただきます」

 ──ここが正念場だ。

 エドワードは唇を舐めて話し始める。

「──このように、魔力保存の法則を利用して円を多重構造にし、螺旋状に回転させることで半永久的に魔法を続けることが可能です。素材の劣化と周囲のマナの枯渇を除けば、永久機関の完成と言っても過言ではないでしょう」

 論文を語りを終えると、静寂がその場に広がっていた。
 しかし、エドワードには分かる。
 言葉にならない静かな熱気が充満しているのを。

 一人が立ち上がり、拍手した。
 続けて一人、また一人と立ち上がり、拍手喝采が巻き起こる。

「いやはや、素晴らしい! 彼こそ魔法界が待ち望んだ天才だ!」
「この理論が誰でも使えるようになれば歴史が変わる。若いのにいい子が育ってるわね」
「歴史がどのように変わるか、これが重要だ」
「ふむ……王の治世に貢献するならば良し。そうでないなら……」

 魔法使いたちの反応を見てエドワードはホッと安堵に胸を撫で下ろした。
 このような舞台で論文を発表することは何度もあるが、さすがに尊敬する著名人となると話は違う。
 何よりこの論文が本当に実現可能なものなのか、エドワードでは判断がつかなかった。

「一ついいですか?」

 魔法使いの中から一人の青年が立ち上がる。
 発言を許すと、彼は眼鏡をクイ、と上げて言った。

「あなたが発表した新たな魔法陣運用法──宝石の中に閉じ込めた魔力を魔法陣に転化し、α地点とβ地点を結び新たな魔力循環点γと外部のマナを融合──実に見事です。理論的には確かに永久機関の完成も夢ではない。ですが、懸念点があります。外部のマナを利用することで大気中のマナ濃度に影響があるのではありませんか? もしも魔法陣が暴走して魔法災害となることがあれば、いかがするおつもりで?」

 ──シィン……。

 魔法使いたちにとっての禁句タブーとも言える魔法災害。
 本来人を助けるべき魔法が人に仇することがあってはならない。

 全員の目がエドワードを見た。
 お前はこの問いにどう答えるのかと。

「え、えっと」
(そんな懸念点があったのか!? そんなことアイツは一言も)

 ハッ、とエドワードは手元の資料を見た。

「あ、そうそう! それは問題ありません!」
「というと?」

 エドワードはただただ論文を読み上げる。

「確かにあなたの仰ることは考えられます──が、この魔法陣は大気中のマナ濃度が一定値以下になるほどの魔力を運用できません。許容値を越えると魔法陣自体が自壊するようになっているからです」
「つまり、大規模な魔法陣は使えないと」
「はい。運用目的としては魔獣除け、国境の哨戒、竜車や漁船などの半永久的補助などが考えられます」
「それなら……十分ですね。よく分かりました。ありがとうございます」

 青年が席に座ると、年長の魔法使いたちから咎めるように呟いた。

「魔法使いたるもの、論文の内容くらい頭に入れておくべきでは?」
「きっと緊張しているのよ。若いからね」

 エドワードはにこやかに笑顔を浮かべながら受け流す。

「今日の僕は体調が優れないようで──はは、偉大な先輩方を前にしたら、さすがにね」

 どっと笑いが起きて、エドワードは誤魔化しながらその場を辞した。
 危なかった。
 あれ以上あの場にいて質問が飛んで来たら答えられるか分からなかった。

 もしも答えられなかったら──バレてしまう。
 この魔法陣が自分で作ったものではないことが。

(あの陰気な女は問題ない。告発する勇気などないし、父上がじっくり調教・・したからな)

 エドワードがライラと出会ったのは十八歳の事だった。
 その頃エドワードは伯爵家を継ぐために勉学と実践に勤しんでいたが、どこまで言っても秀才の域を出ない自分を親族が冷たく見ていたことを如実に感じていた。このままではダメだ。もっともっと努力して父上に認められるようにならなければ……父がライラとの婚約を整えたのはそう思っていた矢先のことだった。

 血統主義の父が平民の血が入った子爵令嬢を我が家に入れるなど正気の沙汰ではないと思ったものだが、すぐにその戸惑いは驚嘆へと変わった。ライラの頭脳から泉のごとく湧き出る魔法陣設計の技術は研鑽を積んだ日々が馬鹿馬鹿しくなるほど高く、その独創性に驚き、嫉妬の炎が燃え上がった。

 礼儀作法もなってない、厳しい教育を受けたわけでもない。
 陰気で、面白みがなく、女らしさの欠片もない、食い気ばかりが勝る女。
 それにも関わらず彼女の頭脳は血統主義の父を夢中にさせるほどに優れている。

(僕が使ってやる)

 そう思った。
 ライラのような陰気な女ではせっかくの知識がもったいない。
 ちゃんとした人間がちゃんとした方法で世に出さなければ埋もれてしまう。

 けれどライラの才能はエドワードを嫉妬させるだけにとどまらない。
 父がライラだけを見ているのだ。
 嫉妬を越え、憎しみへと変わり、傍に置いておくのが苦痛になるのに時間はかからなかった。

 何かにつけてライラと魔法知識を比べられる伯爵令息の自分。
 プライドを捨てきれなかったエドワードは父に無断でライラを突き放すことに決めた。
 ライラの論文を魔法界のサロンに持ち込んだことでナディアという女性と出会えたことがきっかけだった。

 公爵家の血を引く素晴らしい女性と付き合うためには名声がいる。
 それも伯爵令息の肩書を吹き飛ばすような、とびっきりのものが。

 だから自分は──

「エドワード?」

 ハッ、とエドワードは顔を上げた。
 壇上での挨拶を終え、ワイングラスを置いた控室である。
 振り返ると、入り口に愛しい女性が立っていた。

「ナディア」
「どうしたの、あんなところでトチるなんてらしくないじゃない」
「まぁ、ちょっとね。緊張しちゃって」
「ふふ。あなたでも緊張することがあるのね」

 ナディアはくすくすと笑った。
 マゼンタ色の髪が楽しそうに跳ねている様が愛おしい。
 思わず抱き着こうとすると、ナディアは「ダメ」と唇に人差し指を当てた。

「ここじゃダメ。お仕事が終わってからよ」
「そう、だったね。うん、その通りだ」
「今回の参加者たちは手強いわ。準備はよろしくって?」
「問題ないよ。ひと通り勉強したからね」

 ナディアはエドワードが座っていた机をちらりと見る。
 ノートには先ほど発表した論文に関する記述がいくつもあった。

「あら、自分の論文を復習してたの?」
「論文を書く技術と説明できる技術は違うだろう? 僕くらいになると人に説明するのが一苦労なのさ」
「まぁ、複雑な魔法陣だものね。その気持ちは分かるわ」
「だろう? さぁ行こうか。ぐずぐずしていられないし」
「えぇ」

 頷きながらも、ナディアはちらりと後ろを振り返った。
 まるで論文を書き起こしているかのようなノートの筆跡。
 目ざといナディアは、穴が空くほど見続けた論文の筆跡と見比べて怪訝に眉根を寄せる。

「………………字が違う?」
「ナディア?」
「あ、いえ。なんでもないわ」
(まぁ、身体の調子によって筆跡が違うことはよくあることだし)

 そう思いながらも、疑問に思う自分がいる。
 それは先ほどの壇上でエドワードが論文の内容に詰まったことにも起因していた。

 論文と筆跡が違うノート。
 質問者にすぐ答えられなかったエドワードの対応。

「今日で僕と君の名前は魔法界に知れ渡る。ふふ、楽しみだね」
「えぇ、そうね)
(…………まさか、ね)

 真実はまだ、闇の中に──。

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