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二章

〈彼女の身体と変化〉(5)

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 レッドバオは、時々網にかかる魔力を持った中型の赤い魚……つまり魔物だ。
 穴の空いた特徴的な胸びれと、独特の模様を持つこの魚は、死ぬ時に一斉にその鱗が剥がれ、体表面が赤から青黒い色へと変色するという、幻想的な特徴を持つ。

(だが、漁師達の間では、硬い歯で網を傷つけてしまう事から網切り、ネットクラッシャーと呼ばれ、嫌がられている……。)

 身がパサパサしていて、食べられる部分が少なく、肉食で、更に魔力まで持っているこの魚は、漁師達に痛く嫌われており、漁師達はレッドバウを見つけると、早々にタモで海に逃がしてしまう。

 だからレッドバオは、市場に出回らず、入手するのが難しい。

 しかし、魔法を使う上でレッドバオの身体は非常に良い触媒となり、魔法使い達は、しばしばレッドバオ捕獲のため漁船に同乗する。

(……が、偶にしか獲れない上、触媒として扱うには特殊な捌き方があるから、中々手に入らない。)

 そして、そのレッドバオの中でも特に大きい個体、雌の個体から二本しか手に入らない部位が、レッドバオの角、毒に触れると青く変色する、レッドバオ希少部位だ。

 私は、このレッドバオを捕獲するのに躍起になっていた時期があり、この希少なレッドバオの角を十匹分、二十本持っている。
 勿論、残りの十八本は、異次元の中に収納された状態である。

(レッドバオは、魔法使い達に高値で売れた……。何よりも、ガルムにこれを渡した時の反応がかなり良かったから、もしかしたらと思ったのだが……)

 どうやら当たりだった様だ。

「いやはや、貴重な物をありがとうございます」

 クロード大臣は、ささっと箸型に加工したレッドバオの角一対を、高そうな布に大事そうに包んでしまいい込む。

(思った以上の反応だったな。良かったっちゃぁ良かったんだけれど……。)

「では、私はこれで……」
「お待ち下さい」

 クロード大臣は、奥から黒い壺を取り出すと、そこに先刻妖精達が紹介してくれたインクを注ぎ込む。

「ふむ、これ位あれば十分でしょう」

 クロード大臣が、私に先刻のインクを渡す。

(仲良くしてねっ。という意味の賄賂のつもりだったんだけれども……有り難い。)

「良かったのですか? 貴重そうな物を……」
「その質問は、そそのまま返させて頂きます。それよりも、使い方はご存知ですかな?」
「えっ、ええっと……」
「インクと同様に使います。鳥の羽よりも、ガラスペンなどが望ましい」

 クロード大臣は、棚から一つペンを取って私に渡す。
 私は、目を白黒させる。

「他に、聞きたいことは?」
「えぇっと……このインクが黒い壺入っているのは、光に弱いからですか?」
「ご名答。このインクは光に弱い。直接日光に当て続ければ、色が抜け、効果が無くなってしまいます。ですが、色が完全に抜けるまでには三日はかかるので……まぁ、使い用ですな」

 私は、目をパチクリとさせる。
 クロード大臣が、少し意地悪そうに言う。

「ご用事が、お有りなのでしょう? 今度はお茶に付き合って頂けますね?」
「は、はいっ」

(あっ、しまった……)

「今度は、この様な薄暗い場所ではなく、我が家にでもいらして下さい。美味しいお茶をお持ちしましょう」

 流石に、ノーとは答えられない。
 クロード大臣に、何の下心もないという事は無いのだろうが、色々な魔法の道具が見られそうだなと思った私は、安直に笑って言った。

「是非、伺わせて頂きたい」

 クロード大臣が、にこっと笑う。

「お待ちしております」

 私は、クロード大臣と握手した後、彼の研究室を後にした。



「こ、怖かったのー!」
「危なかったのー!」
「でも、楽しかったのー!」

 手の平サイズの四人の妖精を肩と頭に乗せ、少女位の大きさになった妖精二人と共に、私は部屋へと戻る。
 すると、丁度向かいの廊下から、レオンが歩いてくるのが見えた。

「レオン!」
「セス! どこに居たの? もう夕食だよ?」

 レオンが一瞬、私の頭の上をちらっと見る。

「夕食?」
「うん。王族は、大体みんな集まって食事をするんだ。……行ったことなかったの?」
「えっと、行ったことないですね。ですがまぁ、仕方無いでしょう」

 私は、少しだけしょんぼりと肩を落とす。

「ん? セス、うちに帰ってくる? いいよ、こんな面倒なところ、さっさと去ればいいじゃない」
「ふふっ……まぁそうですね」
「話は変わるけど、それ、どうしたの?」
「あぁ、これはクロード大臣から頂いたんです。ガラスペンとインクです」

 レオンが、意外そうな顔をする。

「クロード大臣がこんな物をくれるなんて……君が頼んだの?」
「あっ、そうそう。そのことでちょっと相談が……人目があるといけないので、こちらへ……」

 私は、自分の部屋の扉を開ける。
 すると……

「待ってたのー!」
「帰ってきたー!」
「おかえりー!」
「なんじゃ、遅かったのう」

 私の部屋に居る妖精の数が、明らかに増えていた。

(というか、図書館に居た妖精のお爺さんまで……。)

「ねぇ、セス」

 レオンが、不意に話しかける。
 そして妖精のいる方を指差して……

「これ、見えてる?」
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