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22 鎮火と救助と火事の真実
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我が家に向けられるホースの放水、せわしなく動く消防隊員。
張られた規制線の前で、その様子をじっと見ていた。
不安で、心配で、後悔と絶望に押しつぶされながら、なんとかこの子を抱き落とさないようにと、必死に颯麻を抱きかかえ、足を踏ん張る。
そうやって自分を奮い立たせないと、すぐに崩れて倒れてしまいそうだった。
どうか、生きていて。
どうか、助けて。
必死に消火活動をしている隊員さんたちに、そう祈る。
大輝だけじゃない。大輝を慕う後輩の橋本さんも、あの日イベントでお世話になった隊員さんたちもみんな。
どうか、うちの両親を助けてください。
泣いてる場合じゃないのに、泣きそうになる。
歯を食いしばって、でも燃えていく家を見るのはやっぱり悔しくて。
「お父さん、お母さん、ごめんね……」
小声でつぶやいた。
その時だった。
「二名、保護!」
誰かの大きな野太い声に、はっと目を凝らす。
――お母さん、お父さん……っ!
オレンジの背中に背負われているのは、父。
オレンジの制服に支えられ、歩いているのは母だ。
「お母さん! お父さん!」
規制線をくぐり、二人の元に駆け寄った。
そのまま端に停められていた救急車の元へ、父と母は運ばれる。
私もそれについて、オレンジの隊服の横を歩いた。
父をおぶる、防護マスクの向こう。
目元しか見えないその人は、大輝だった。
こちらに向けられるのは、まるで「大丈夫って言ったろ?」と言わんばかりのお日さまみたいな笑顔。
「大輝、ありがとう……」
涙が、止まらなくなった。
「梓桜! 良かった、颯麻くんも無事で……」
いつもよりもか細い声で、救急車に乗り込んだ母が言う。
「無理して喋らないで。私も颯麻も生きてるよ。お父さんも、お母さんも無事で本当に良かった……」
なんとか涙を収めて言う。
父も落ち着いているが、とても喋れる状況ではないらしい。
ずっと噎せこんでいて、でも生きていると分かっただけで嬉しい。
「お二人はこのまま緊急搬送しますね。救急隊に引き継ぎます」
私の隣で、ヘルメットを外した大輝が言った。
「梓桜は――」
「私は大丈夫。ケガもないし、ここに残ったほうがいいでしょ?」
「まあ、一人でも家の人がいてくれると助かる。でも、無理すんなよ」
母は小さな声で「良かったわ」と呟き、まだせき込んでいる父に寄り添う。
私は「うん」と大輝に返し、サイレンを鳴らしながら去って行く救急車を見送った。
気付けば、5台の消防車が駆け付け、それぞれ消火に当たっていた。
呆然としながらその光景を眺めていた。
両親が助かった安堵で腰が抜けそうになるが、火が消えるまでは私はここにいなきゃいけない。
颯麻が「ポンプ車ー」「お水、ジャー」と無邪気に騒ぐ声で、逆に心が落ち着いた。
やがて鎮火したと消防隊員さんに告げられ、まだ白い煙の上る自宅に近づいた。
外壁は姿を残しているけれど、焼け焦げた何かの、鼻を割くような異臭がする。
防火壁のおかげなのか放水のおかげなのか、周りの家には火の手が回らなかった。
颯麻の口もとを袖で押さえながら、警察と消防と、私の逃げるまでの話をした。
近隣住人は皆、自分の家に戻っていく。
隣のおばさんが残ってくれて、私の聴取の間、一通り騒いで眠くなった颯麻を抱っこしてあやしてくれていた。
消防車は徐々に減っていき、今は2台のポンプ車が停まっているだけである。
そんな中、私は不意に、見知った顔を見つけた。
「嘘でしょ……」
「どうかしましたか?」
警察官のその質問が、耳を通り抜けていく。
私はいるはずのない人がそこにいることに、顔から血が引いていくのを感じた。
「征耶……」
久しぶりにその名を呼んだ。
意識して、呼ばないようにしてきたのに。
彼はこちらを振り向く。
それから、そのままくるりと向こうを向いて、走り出そうとする。
「待って!」
私の声に、オレンジの消防士さんが彼の前にくるりと回り込んだ。
私も急いで彼の元へ駆ける。
「どうしてここにいるの?」
くるりとこちらを振り返るのは、やはり、青い顔をした元旦那だった。
「梓桜、誰?」
彼の行く手を止めてくれたのは、まだ防火衣とヘルメットに身を包んだ、大輝だった。
険しい顔をして、鋭い視線を元旦那に向けている。
「……元、旦那」
大輝には言いたくなくて、でも言わなきゃいけなくて。
仕方なく口にすると、大輝は一層眉間の皺を深めた。
「帰ったんじゃなかったの?」
「帰ったって……、会ってたのか?」
元旦那に聞いたのに、大輝が口を挟んだ。
「うん……」
大輝は青ざめたままの、元旦那に向かって鼻をクンクンさせている。
「お前――」
「こんなつもりじゃなかったんたよ!」
急に元旦那が大声をあげる。
その声に、私を聴取していた警察と消防士さんがこちらに駆け付けた。
「こんなつもりって……」
嫌な予感がする。
心臓がドクドクと、嫌な音を鳴らす。
「そもそも、お前があの部屋で寝てねーからいけねーんだ!」
元旦那は私の方を向いてそこまで言うと、急に口ごもってしまう。
彼の背後で、大輝は怖い顔をして腕を組んでいた。
「あの部屋って何? どういうこと?」
「いつもあの部屋で寝てたじゃねーか。なのにお前いないし、代わりに両親が寝てるし! だから、俺……俺……――」
そこまで言って、旦那は膝から崩れ落ちる。
「なのに、みんな生きてて……俺、ほっとしてる。ごめんな、梓桜」
「ごめんって、何だよ」
そう言ったのは、大輝だった。
「お前、やたらガソリン臭い。スタンド勤務じゃねーと匂わねーよ、そんなに」
大輝は、ごみを見るような目で元旦那を見下ろしていた。
「お前、誰だよ……」
元旦那が、力なく言う。
「見ればわかんだろ消防職員だ」
大輝が、腕を組んだまま彼を見下す。
「消防士に言われたら仕方ないな……、そうだよ俺がやった」
「てめえ、人の家に火つけていいと思ってんのか!」
元旦那が言い捨てるのと同時に、大輝が元旦那につかみかかろうとする。
けれど、私の後ろから伸びてきた手がそれを制した。
先ほどまで、私を聴取していた消防士さんだ。
大輝は悔しそうに手を引っ込めて、代わりに警察官が元旦那の元へ行く。
「署までご同行願えますか?」
そう言われた旦那は「はい」と力なく立ち上がり、警察官に連れられパトカーへ向かっていく。
そんな元旦那を見て。
私は、どうしてこんな人を好きになってしまったんだろうと悔しくなって。
こんな人と結婚した自分を恨んで。
でも、過去は変えられない。
それに、私は自分で彼に伝えたい――。
そう、思った。
「すみません、少しだけいいですか?」
元旦那が私の横を通ろうとして、声を掛けた。
警察官は私に目くばせをする。
「何?」
元旦那が、こちらに「今更言うことなんてねーだろ」と悲しい瞳を向ける。
ごくりと唾を飲んだ。
――負けるな、私。
両こぶしをぐっと握り、自分を奮い立たせる。
「私、あなたとは復縁できない」
泣きそうになりながら紡いだ言葉は、思いのほか小さい。
けれど、奥歯を噛み、堪える。
すると、突然何かに腰を抱き寄せられる。
はっと横を見た。
分厚い防火服の下で、しっかりと私を抱いてくれる大輝。
顔を上げると、「大丈夫だ」というように目くばせをしてくれる。
だから、私もそんな大輝に頷いて。
握った拳を弛め、それでも目に力を込めて、元旦那と目を合わせた。
「私の前に――あの子の前に、現れないでほしい。あなたは、父親だけど、父親じゃない」
「……分かったよ。っつーか、これだけの大事になったら、いくらバカだって自分のしたことの間違いに気づかされる」
元旦那はため息を吐き捨て、それから私の腰を抱く大輝を見上げた。
「でも、俺ちょっと梓桜のこと舐めてたわ。お前も男と遊んでたんだな」
ケッと厭らしく笑う元旦那に、大輝は「彼女は遊んでなんかいません」ときっぱり告げる。
「彼女はあなたとは違う。
彼女は颯麻くんのことも家族のことも大事にして、一人で頑張れる人だ。
それを大切にしようとしなかったあなたは馬鹿ですね。
こんなに魅力的な女性を切り捨てて、他の女と遊んでたんでしょ?
彼女の良さが、分からないなんて――」
「分かってたさ。梓桜は家のことに一生懸命な女だって」
「なら、あなたはそんな彼女を利用していただけだ。
自分の都合のいいように、上っ面に愛を説くだけで」
「んだよ、ただの消防職員さんがよく言うよ。
あんたが梓桜に洗脳されてんじゃねーの?」
「そんなわけない。
現に俺の片思いだ」
そう言った大輝が、こちらを見る。
一瞬目が合って、優しく笑って。
けれどすぐに厳しい顔をして、元旦那の方へ向き直る。
「ちゃんと放火の罪も償って、まともな人間になれよ」
「……ちっ」
元旦那は舌打ちをしてその場から去って行く。
警察と共にパトカーに乗り込むと、その扉がばたんと閉まって、元旦那は連行されていく。
そんなパトカーの後ろ姿を、私は複雑な気持ちで見つめていた。
*
「大丈夫か、梓桜」
「あ、うん……」
ぼうっとしていた。
「ありがとうね、色々……」
「おう」
私はまだ、今のこの気持ちのモヤモヤを整理できていない。
けれど、とりあえず大輝にお礼を伝えた。
大輝が私に勇気をくれたのは、間違いないから。
「行くとこあるか? とりあえず、今だけでも――」
「梓桜ちゃん、息子くんも寒いだろうから、とりあえずうちにいらっしゃい。そこでいったん落ち着きましょう」
颯麻を抱っこしてくれていた、隣のおばさんが後ろから声をかけてくれた。
「救護者の身の安全確認、OKです」
大輝が隣にいた消防士さんに告げる。
「佐岡、戻るぞ」
いつの間にか、消防職員さんたちは皆消防車両に乗り込んでいる。
「戻ったら連絡すっから」
「うん……」
大輝は消防士さんと共に、ポンプ車に乗り込み去ってゆく。
私はおばさんの家に、上がらせてもらった。
張られた規制線の前で、その様子をじっと見ていた。
不安で、心配で、後悔と絶望に押しつぶされながら、なんとかこの子を抱き落とさないようにと、必死に颯麻を抱きかかえ、足を踏ん張る。
そうやって自分を奮い立たせないと、すぐに崩れて倒れてしまいそうだった。
どうか、生きていて。
どうか、助けて。
必死に消火活動をしている隊員さんたちに、そう祈る。
大輝だけじゃない。大輝を慕う後輩の橋本さんも、あの日イベントでお世話になった隊員さんたちもみんな。
どうか、うちの両親を助けてください。
泣いてる場合じゃないのに、泣きそうになる。
歯を食いしばって、でも燃えていく家を見るのはやっぱり悔しくて。
「お父さん、お母さん、ごめんね……」
小声でつぶやいた。
その時だった。
「二名、保護!」
誰かの大きな野太い声に、はっと目を凝らす。
――お母さん、お父さん……っ!
オレンジの背中に背負われているのは、父。
オレンジの制服に支えられ、歩いているのは母だ。
「お母さん! お父さん!」
規制線をくぐり、二人の元に駆け寄った。
そのまま端に停められていた救急車の元へ、父と母は運ばれる。
私もそれについて、オレンジの隊服の横を歩いた。
父をおぶる、防護マスクの向こう。
目元しか見えないその人は、大輝だった。
こちらに向けられるのは、まるで「大丈夫って言ったろ?」と言わんばかりのお日さまみたいな笑顔。
「大輝、ありがとう……」
涙が、止まらなくなった。
「梓桜! 良かった、颯麻くんも無事で……」
いつもよりもか細い声で、救急車に乗り込んだ母が言う。
「無理して喋らないで。私も颯麻も生きてるよ。お父さんも、お母さんも無事で本当に良かった……」
なんとか涙を収めて言う。
父も落ち着いているが、とても喋れる状況ではないらしい。
ずっと噎せこんでいて、でも生きていると分かっただけで嬉しい。
「お二人はこのまま緊急搬送しますね。救急隊に引き継ぎます」
私の隣で、ヘルメットを外した大輝が言った。
「梓桜は――」
「私は大丈夫。ケガもないし、ここに残ったほうがいいでしょ?」
「まあ、一人でも家の人がいてくれると助かる。でも、無理すんなよ」
母は小さな声で「良かったわ」と呟き、まだせき込んでいる父に寄り添う。
私は「うん」と大輝に返し、サイレンを鳴らしながら去って行く救急車を見送った。
気付けば、5台の消防車が駆け付け、それぞれ消火に当たっていた。
呆然としながらその光景を眺めていた。
両親が助かった安堵で腰が抜けそうになるが、火が消えるまでは私はここにいなきゃいけない。
颯麻が「ポンプ車ー」「お水、ジャー」と無邪気に騒ぐ声で、逆に心が落ち着いた。
やがて鎮火したと消防隊員さんに告げられ、まだ白い煙の上る自宅に近づいた。
外壁は姿を残しているけれど、焼け焦げた何かの、鼻を割くような異臭がする。
防火壁のおかげなのか放水のおかげなのか、周りの家には火の手が回らなかった。
颯麻の口もとを袖で押さえながら、警察と消防と、私の逃げるまでの話をした。
近隣住人は皆、自分の家に戻っていく。
隣のおばさんが残ってくれて、私の聴取の間、一通り騒いで眠くなった颯麻を抱っこしてあやしてくれていた。
消防車は徐々に減っていき、今は2台のポンプ車が停まっているだけである。
そんな中、私は不意に、見知った顔を見つけた。
「嘘でしょ……」
「どうかしましたか?」
警察官のその質問が、耳を通り抜けていく。
私はいるはずのない人がそこにいることに、顔から血が引いていくのを感じた。
「征耶……」
久しぶりにその名を呼んだ。
意識して、呼ばないようにしてきたのに。
彼はこちらを振り向く。
それから、そのままくるりと向こうを向いて、走り出そうとする。
「待って!」
私の声に、オレンジの消防士さんが彼の前にくるりと回り込んだ。
私も急いで彼の元へ駆ける。
「どうしてここにいるの?」
くるりとこちらを振り返るのは、やはり、青い顔をした元旦那だった。
「梓桜、誰?」
彼の行く手を止めてくれたのは、まだ防火衣とヘルメットに身を包んだ、大輝だった。
険しい顔をして、鋭い視線を元旦那に向けている。
「……元、旦那」
大輝には言いたくなくて、でも言わなきゃいけなくて。
仕方なく口にすると、大輝は一層眉間の皺を深めた。
「帰ったんじゃなかったの?」
「帰ったって……、会ってたのか?」
元旦那に聞いたのに、大輝が口を挟んだ。
「うん……」
大輝は青ざめたままの、元旦那に向かって鼻をクンクンさせている。
「お前――」
「こんなつもりじゃなかったんたよ!」
急に元旦那が大声をあげる。
その声に、私を聴取していた警察と消防士さんがこちらに駆け付けた。
「こんなつもりって……」
嫌な予感がする。
心臓がドクドクと、嫌な音を鳴らす。
「そもそも、お前があの部屋で寝てねーからいけねーんだ!」
元旦那は私の方を向いてそこまで言うと、急に口ごもってしまう。
彼の背後で、大輝は怖い顔をして腕を組んでいた。
「あの部屋って何? どういうこと?」
「いつもあの部屋で寝てたじゃねーか。なのにお前いないし、代わりに両親が寝てるし! だから、俺……俺……――」
そこまで言って、旦那は膝から崩れ落ちる。
「なのに、みんな生きてて……俺、ほっとしてる。ごめんな、梓桜」
「ごめんって、何だよ」
そう言ったのは、大輝だった。
「お前、やたらガソリン臭い。スタンド勤務じゃねーと匂わねーよ、そんなに」
大輝は、ごみを見るような目で元旦那を見下ろしていた。
「お前、誰だよ……」
元旦那が、力なく言う。
「見ればわかんだろ消防職員だ」
大輝が、腕を組んだまま彼を見下す。
「消防士に言われたら仕方ないな……、そうだよ俺がやった」
「てめえ、人の家に火つけていいと思ってんのか!」
元旦那が言い捨てるのと同時に、大輝が元旦那につかみかかろうとする。
けれど、私の後ろから伸びてきた手がそれを制した。
先ほどまで、私を聴取していた消防士さんだ。
大輝は悔しそうに手を引っ込めて、代わりに警察官が元旦那の元へ行く。
「署までご同行願えますか?」
そう言われた旦那は「はい」と力なく立ち上がり、警察官に連れられパトカーへ向かっていく。
そんな元旦那を見て。
私は、どうしてこんな人を好きになってしまったんだろうと悔しくなって。
こんな人と結婚した自分を恨んで。
でも、過去は変えられない。
それに、私は自分で彼に伝えたい――。
そう、思った。
「すみません、少しだけいいですか?」
元旦那が私の横を通ろうとして、声を掛けた。
警察官は私に目くばせをする。
「何?」
元旦那が、こちらに「今更言うことなんてねーだろ」と悲しい瞳を向ける。
ごくりと唾を飲んだ。
――負けるな、私。
両こぶしをぐっと握り、自分を奮い立たせる。
「私、あなたとは復縁できない」
泣きそうになりながら紡いだ言葉は、思いのほか小さい。
けれど、奥歯を噛み、堪える。
すると、突然何かに腰を抱き寄せられる。
はっと横を見た。
分厚い防火服の下で、しっかりと私を抱いてくれる大輝。
顔を上げると、「大丈夫だ」というように目くばせをしてくれる。
だから、私もそんな大輝に頷いて。
握った拳を弛め、それでも目に力を込めて、元旦那と目を合わせた。
「私の前に――あの子の前に、現れないでほしい。あなたは、父親だけど、父親じゃない」
「……分かったよ。っつーか、これだけの大事になったら、いくらバカだって自分のしたことの間違いに気づかされる」
元旦那はため息を吐き捨て、それから私の腰を抱く大輝を見上げた。
「でも、俺ちょっと梓桜のこと舐めてたわ。お前も男と遊んでたんだな」
ケッと厭らしく笑う元旦那に、大輝は「彼女は遊んでなんかいません」ときっぱり告げる。
「彼女はあなたとは違う。
彼女は颯麻くんのことも家族のことも大事にして、一人で頑張れる人だ。
それを大切にしようとしなかったあなたは馬鹿ですね。
こんなに魅力的な女性を切り捨てて、他の女と遊んでたんでしょ?
彼女の良さが、分からないなんて――」
「分かってたさ。梓桜は家のことに一生懸命な女だって」
「なら、あなたはそんな彼女を利用していただけだ。
自分の都合のいいように、上っ面に愛を説くだけで」
「んだよ、ただの消防職員さんがよく言うよ。
あんたが梓桜に洗脳されてんじゃねーの?」
「そんなわけない。
現に俺の片思いだ」
そう言った大輝が、こちらを見る。
一瞬目が合って、優しく笑って。
けれどすぐに厳しい顔をして、元旦那の方へ向き直る。
「ちゃんと放火の罪も償って、まともな人間になれよ」
「……ちっ」
元旦那は舌打ちをしてその場から去って行く。
警察と共にパトカーに乗り込むと、その扉がばたんと閉まって、元旦那は連行されていく。
そんなパトカーの後ろ姿を、私は複雑な気持ちで見つめていた。
*
「大丈夫か、梓桜」
「あ、うん……」
ぼうっとしていた。
「ありがとうね、色々……」
「おう」
私はまだ、今のこの気持ちのモヤモヤを整理できていない。
けれど、とりあえず大輝にお礼を伝えた。
大輝が私に勇気をくれたのは、間違いないから。
「行くとこあるか? とりあえず、今だけでも――」
「梓桜ちゃん、息子くんも寒いだろうから、とりあえずうちにいらっしゃい。そこでいったん落ち着きましょう」
颯麻を抱っこしてくれていた、隣のおばさんが後ろから声をかけてくれた。
「救護者の身の安全確認、OKです」
大輝が隣にいた消防士さんに告げる。
「佐岡、戻るぞ」
いつの間にか、消防職員さんたちは皆消防車両に乗り込んでいる。
「戻ったら連絡すっから」
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大輝は消防士さんと共に、ポンプ車に乗り込み去ってゆく。
私はおばさんの家に、上がらせてもらった。
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