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知る必要のない話…①
しおりを挟む基本的に神木視点。一沙が知ることのない話であり、いつか知るかも知れない話。
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良い雰囲気と店だ、と神木は心の中で呟く。神木の中では記念日扱いの、一沙と初めてまともに会話した日。元彼と言う名の性欲に下半身が支配された下衆と、血が繋がっているのか疑わしい阿婆擦れ女に手酷く裏切られた一沙がヤケ酒をするために適当に入った店。そして体外的には神木と一沙が出会ったことになっている店。
一沙はあの日以来足を運んで無いが、神木はとある理由から先週からこのバーに通っている。目的のために来ているとは言え、このバーは落ち着いた雰囲気で客の質も良さそうなので行きつけにしても良いと思ってる。いや、一沙と共に来るべきだ。
ここは若い女性1人で来ている客も多いのにタチの悪い客が居ない、若しくは居たとしても厳ついマスターが対処してくれるのだろう。このマスターは明らかに飲み過ぎている様子の一沙を無理矢理タクシーに押し込んだらしい。人は見かけによらないを体現した人だ。最も、当のマスターは神木の唯ならぬ雰囲気を察しているのか、妙に警戒心の強い眼差しでちらちらとこちらの様子を窺っている。まあ怪しまれていたとしても神木は何もしてないので、マスターには何も出来ない。
そう、これからやろうとしてることもマスターは咎めることが出来ない。
神木は左腕に着けた腕時計に視線を落とす。報告によると、奴は19時半過ぎに来ることが多いという。見てくれがまあまあだから、1人で飲んでいると男や声をかけられることもあるらしい。奴の立場なら断るべきなのに、満更でもないようでそこそこ楽しんでいると聞く。全くもって呆れる他ない。
一沙のためとは言え、奴が来るのを待つのは正直苦痛である。さっさと奴が来ることを願わずには居られない。ただでさえ仕事が立て込んでいて一沙と会う時間があまり取れず、苛立っているというのに。無意識に指でカウンターをトントン、叩き出した時だった。
「すみませーん。お隣良いですか~?」
甘えたような媚びた女の声が背後から掛かる。振り返ると、茶髪に派手な化粧、身体のラインがはっきり分かる上に胸元が大きく開いたワンピースを着て、パンプスを履いた若い女が立っていた。
(…やっと来たか、待ちくたびれたよ)
内心ほくそ笑む神木は人好きする笑みを浮かべながら「良いですよ、どうぞ」と空いてる隣に座るよう勧めた。神木が座ってるのはカウンターの一番端なので、他の客からあまり目立たず会話も聞こえ辛い。ここでこの女と何を話しても、聞かれるリスクは低い。
(まあ、聞かれたとしても口止めすれば良いだけだ)
「ありがとうございます~」と一々イラッとする間延びした話し方の女は意気揚々と隣の席に座る。女はつけまつ毛をバサバサと瞬かせて、上目遣いでこう言った。
「あのー、もしかしなくても神木さんですよね。私妹です。桐島一沙の。姉の写真見て、凄くかっこいい人だなって思ってたんですよ。こんなところで会うなんて、偶然ですね!」
この話し方からして頭が良くなさそうな女は桐島一美。一沙の実の妹であり神木がこの世で嫌いな人間ランキングトップ3に躍り出た人間である。メイクで無駄に大きく見せてる目には期待だったり、女が男に向ける情欲のようなものが薄らと透けて見えてきて、顔に不快感が出そうになるのを堪える。気持ち悪い、と鳥肌が立つ。
この女は結婚を控えた身であるにも関わらず、神木をハンターのような目で狙っているのだ。それにきちんと調べたところによると、妊娠も狂言ではないようだ。母親になる身で他の男に粉をかけようとしている。全く理解出来ない。
(偶然?一沙に俺の写真見せられてから、馬鹿の一つ覚えみたいにこの店に通ってるの知ってるんだよ)
目的は当然神木だ。一沙は一美に「出会いの場であるこのバーには神木と良く行っている」と嘘のエピソードを吹き込んでいる。一沙は神木との出会いや交際に信ぴょう性を持たせるためだと思い込んでるが、実際は妹が自分に接触する機会を作るためだ。一沙のものをなんでも欲しがる一美は、自分が妊娠してようが関係ない。己の欲望を抑えられずに神木とどうにか接点を持とうとすると踏んで。
「ああ、あなたが一美さんですか。一沙に写真を見せられてたんですが、すぐに気付かずすみません」
「大丈夫ですよー。というかお姉ちゃん私の写真なんて持ってるんだー。実は、あまりお姉ちゃんとは仲良くないんですよね。お姉ちゃん昔から自分の殻に閉じ籠るというか、両親とも碌に話そうとしない変わった子だったんです~。自分から距離取ってるのに、私達が悪いっていう態度取るから本当困ってたんですよねぇ」
一美の、隙あらば姉を貶めようという執念のようなものが垣間見えた。
(姉の彼氏に姉の悪口吹き込むって、本当碌でもねぇなこいつ)
侮蔑の目で見られていることに一美は全く気付いていない。
「聞いてるか分からないんですけど、私今度結婚するんです。でもお姉ちゃん式には絶対出ないって。酷くないですか?お姉ちゃん昔から冷たいところあって、神木さんもお姉ちゃんのそういうところ見たら、ちょっと嫌な思いするかも」
「そりゃ、彼氏寝取った妹の結婚式なんて出たくないでしょ。出て当然というあなたの態度、神経を疑いますよ」
「…え」
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