不遇女子、お隣さんに求婚される。

水無月瑠璃

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知る必要のない話…②

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ポカンとした阿保面を晒す一美。同意を得られると思ってたようだが、そんな訳ないだろう。一美はやっと己に向けられる冷ややかな視線に気付き、顔を強張らせたがすぐに立て直しにかかる。

「やだー。寝取ったって人聞き悪いですよー。彼がお姉ちゃんより私を選んだだけで」

「それを寝取るというんですよ、世間一般では。そもそもまともな神経してたら姉の恋人取ろうとしませんよ。一沙はあなたみたいな妹を持って、本当に苦労したんでしょうね」

「…!」

哀れみと蔑みの含まれた声音に一美の顔が怒りで赤く染まり出す。

「ちょっと、何なんですか。感じ悪すぎるんですけど、お姉ちゃんに何吹き込まれたか知りませんけどあの人嘘ばっか吐くんです」

「それはあなたの方ですよね?子供の頃から両親や周りの人間に嘘を吹き込んで、一沙が孤立するように仕向けて、それを見て笑ってたんでしょ?子供の頃からそんなに歪んでたら、矯正は無理ですね。ご両親もですけど、一沙があなた方に囲まれて歪まずに育ったのは奇跡だと思いますよ」

馬鹿にしたように鼻で笑う神木に一美のこめかみに青筋が浮かぶ。プライドが高く短気なこの女は煽り耐性が低い。このくらいで簡単に頭に血が上るのだ。

「…神木さんて顔は良いけど性格最悪じゃん。萎えたんだけど。お姉ちゃんとお似合いだわ」

「お似合いと言われるのは光栄ですが、一沙はあなたと違って性格歪んでませんし…卑劣で利己的な事も決してしませんよ」

後半の神木の言葉に引っかかりを覚えた一美は怪訝な顔をする。

「…妊娠されてるそうですが、って本当に例の元彼なんですか」

一美の顔色が一気に悪くなった。目も泳いでいる。当然の反応だ。初めて会う姉の彼氏が知るはずもないし、そもそも自分以外に決して知られてないと思っていたのだから衝撃だろう。いや、衝撃を通り越して恐怖すら感じている。ワナワナと震え出す。

「お、おかしなこと言わないでくださいっ!」

堪らず叫ぶ一美に神木は懐から出した1枚の写真を見せる。一美がその写真に視線を落とした瞬間、みるみるうちに顔面蒼白になっていく。その写真は一美とスーツの男が腕を組んで歩いてる姿が写っていた。日付は一沙が裏切りを告げられた日の数日後である。

写真の男は一美の会社の直属の上司であり、既婚者だ。イケオジとも言える整った容姿をした上司と一美は一美が入社した直後から、そういう仲だ。一美は一沙のものではなく、人のものなら何でも欲しくなってしまうのだ。結婚が決まった癖に、他の男との関係を続けるとは愚かにも程があると呆れ果てた。この女、自分の欲望を抑えられないただの馬鹿である。

「…どっちの子か、あなたもわからないんですか?元彼と上司、二股かけてる時に妊娠が分かって焦ったんです?上司の方、会社の重役の娘と結婚してるから、こんなことバレたら大変ですね。訴えられたら確実に負けますし。なら姉の彼氏を父親にしておけば、まだ丸く収まりますね」

一美の都合で父親役にされた側からしたらたまったものではないが、元彼に関しては同情の余地皆無だ。やることやっているのだから。父親がどっちか分からない、確実に上司との子だが誤魔化すために慌てて元彼とも関係を持った、その辺りの事情はどうでも良い。この動揺っぷりを見ると後者の可能性が高いが。

一美は血の気を失った顔で神木を睨みつける。

「…勝手な妄想垂れ流さないでよ、頭おかしいんじゃないの?確かに…この人とは付き合ってたけどとっくに終わってるし、父親は山崎だから」

「そうですか、そういうことにしたいのならご自由に」

すかさず写真を取ろうとした一美より早く写真を回収する。チッ、と舌打ちする一美は猫を被ることは止めたらしい。

「その写真よこしなさいよ、誰かに見られたら変な誤解されるじゃない」

誤解どころか不倫してたのは事実だろう。何かあって夫人にこの写真がバレたら大変なことになる。風の噂によるとかなりの恐妻家らしいから、確実に怒り狂うだろう。そういった夫人の苛烈さに辟易して部下に手を出したのかもしれないが、神木には関係のない話である。神木は一美を前に初めて心からの笑みを浮かべた。

「安心してください。こちらの出す条件を呑んでくれれば、この写真は処分しますし今話したことも誰かに漏れることはありません」

「条件?何お金?脅して金取ろうとかヤクザじゃん」

吐き捨てる一美に神木は思わず吹き出しそうになった。

(馬鹿だと思ったが、勘は悪くないのかもしれないな)

別にバレたところで、口を封じる方法はいくらでもある。

「…条件は、一沙に今後関わらないこと、それだけです。簡単でしょ?」

「…それだけ?」

「それだけですよ。ご両親の方は一沙と縁を切ると宣言されてるので、後は一美さんだけです」

「そのくらいで良いの?喜んで縁切ってやるわよあんな女。昔から暗くてウジウジして、お母さん達も私も大っ嫌いだったのよ。あんな誰からも必要とされてないみっともない女、こっちから捨てて」

「…勘違いするな、捨てたのはお前らじゃない。一沙の方だ」

水を得た魚のように一沙を罵倒し始めた一美は、突然口調も雰囲気もガラリと変えた神木に「…え」と困惑して固まった。神木の周囲だけ氷点下以下に温度が下がったのを肌で感じたのだろう、ひっ!と恐怖で顔を引き攣らせる。

「クソみたいなくだらない理由で妹を可愛がって、姉を蔑ろにして虐待する毒親、一緒になって姉を甚振る妹なんてこっちから捨ててやると言ってるんだ。ああ、あの屑の元彼もいたな。屑は仲良く家族ごっこやってろ。俺が一沙の家族になるから、お前らは用済みだ…さっさと失せろ、この写真うっかりばら撒かれたいのか」

刺すような鋭い視線が一美を射抜く。凄む神木はなまじ顔が整っているせいで迫力があった。丁寧な口調で話していたのに、急にガラが悪くなった神木に一美はさっきまでの威勢は何処へやら。すっかり萎縮して怯え始める。


********


もしや自分は恐ろしい人を敵に回してしまったのでは?という可能性が一美の頭を過ぎる。散々馬鹿にして見下していた姉が次にゲットしたのは明らかに山崎より上玉の男。姉の癖に生意気だ、あんたはずっと下向いて惨めに生きていけば良いのだと、神木と姉の仲に横槍を入れ、誘惑して破綻させてやろうとしただけなのに。

一美は人生で初めて自分の行動を後悔した。怖い、今すぐこの男から離れなければと警鐘を鳴らす。姉がモノにしたのは、得体の知れない男だったのだ。深入りすれば、待っているのは地獄だと本能が告げていた。一美はプライドも何もかも投げ捨てて、席を立つとすぐ様バーを出て行った。絶対に後ろを振り返ることはなかった。

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