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第一章:リスタート
魂が堕ちる
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「どうして」
マリエッタの、くっきりとアイラインの引かれた目に、じわりと涙がにじむ。
「どうしてです、イザベラ様。どうして貴族の私よりも下賤な平民のあの子を大事にするのです。今までのイザベラ様はそうではありませんでした!」
――どうしてアメリアなどを選ぶのです、殿下。
「そうね、マリエッタ」
ほんの少し目尻を緩ませ、イザベラは頷いた。
目の前にいるのは、鏡に映っているかのような、かつての自分。
マリエッタと同じく、イザベラも。
貴族のプライドにしか拠り所がなくて、他人を虐げた。
「誰かを虐げたら、その時はすっとするわ」
自分でも可笑しいくらいに、優しい声音だった。
「でもね」
叩いた手を伸ばす。また叩かれると思ったのか、マリエッタの体がビクッと震えた。
イザベラは一歩後退りしようとしたマリエッタの腕を掴み、引き寄せると、反対の手で彼女の少し赤くなった頬を撫でた。
「誰かを傷つけた人間は自分も傷つけられるのよ」
――私は公爵令嬢よ! 平民のアメリアなんかより、殿下に相応しいのは、私! 私なのよ!
殿下を愛しているからではなく、公爵令嬢の自分が選ばれなかったことに納得がいかなかった。腹が立って、腹が立って、憎しみの炎に身を焦がした。
そんなイザベラが炎の先を向けたのは、殿下ではなくアメリアだった。
「貴女の名誉が」
とん。頬から手を離し、マリエッタの胸の真ん中を軽く叩く。
「心根が。魂が、堕ちるのよ」
アメリアに怒りと憎しみをぶつけ、すっとしては、また黒い炎が勢いを増す日々。日を追うごとに黒い炎にあぶられ、醜く黒く染まり。
その挙句に婚約破棄され、地に堕ちた。
「堕ちないで、マリエッタ。貴女はまだ間に合う」
過去のイザベラと違って。
見開かれたマリエッタの瞳に、涙が浮かぶ。
わななく唇をぐっと噛んで、よろよろと後ろに数歩下がった。
「マリエッタ……」
「イザベラ様」
マリエッタの方に足を踏み出しかけたイザベラの袖を、アメリアが引いた。
――ザザ、ザザザ……どういうこと……だ。ザザ……マリエッタを諭すな……ザザ……て……計画が狂……ザザ……た――
「えっ」
突然どこからか響いたノイズが不明瞭な言葉を紡ぐ。イザベラは慌ててアメリアを見た。
マリエッタの、くっきりとアイラインの引かれた目に、じわりと涙がにじむ。
「どうしてです、イザベラ様。どうして貴族の私よりも下賤な平民のあの子を大事にするのです。今までのイザベラ様はそうではありませんでした!」
――どうしてアメリアなどを選ぶのです、殿下。
「そうね、マリエッタ」
ほんの少し目尻を緩ませ、イザベラは頷いた。
目の前にいるのは、鏡に映っているかのような、かつての自分。
マリエッタと同じく、イザベラも。
貴族のプライドにしか拠り所がなくて、他人を虐げた。
「誰かを虐げたら、その時はすっとするわ」
自分でも可笑しいくらいに、優しい声音だった。
「でもね」
叩いた手を伸ばす。また叩かれると思ったのか、マリエッタの体がビクッと震えた。
イザベラは一歩後退りしようとしたマリエッタの腕を掴み、引き寄せると、反対の手で彼女の少し赤くなった頬を撫でた。
「誰かを傷つけた人間は自分も傷つけられるのよ」
――私は公爵令嬢よ! 平民のアメリアなんかより、殿下に相応しいのは、私! 私なのよ!
殿下を愛しているからではなく、公爵令嬢の自分が選ばれなかったことに納得がいかなかった。腹が立って、腹が立って、憎しみの炎に身を焦がした。
そんなイザベラが炎の先を向けたのは、殿下ではなくアメリアだった。
「貴女の名誉が」
とん。頬から手を離し、マリエッタの胸の真ん中を軽く叩く。
「心根が。魂が、堕ちるのよ」
アメリアに怒りと憎しみをぶつけ、すっとしては、また黒い炎が勢いを増す日々。日を追うごとに黒い炎にあぶられ、醜く黒く染まり。
その挙句に婚約破棄され、地に堕ちた。
「堕ちないで、マリエッタ。貴女はまだ間に合う」
過去のイザベラと違って。
見開かれたマリエッタの瞳に、涙が浮かぶ。
わななく唇をぐっと噛んで、よろよろと後ろに数歩下がった。
「マリエッタ……」
「イザベラ様」
マリエッタの方に足を踏み出しかけたイザベラの袖を、アメリアが引いた。
――ザザ、ザザザ……どういうこと……だ。ザザ……マリエッタを諭すな……ザザ……て……計画が狂……ザザ……た――
「えっ」
突然どこからか響いたノイズが不明瞭な言葉を紡ぐ。イザベラは慌ててアメリアを見た。
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