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第一章:リスタート
荷馬車からの逃亡 3
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「おいっ、起きろ!! 女が逃げた!」
「はぁっ? 何だと!?」
街道を走り続ける馬車から聞こえるその声と内容に、心臓がぎゅっと縮んだ。
「やりやがったなァッ! あの女《アマ》」
「ちぃっ、止まれ、止まれやオラァッ」
男たちの怒声と馬車の音が遠ざかっていく。しばらくしてから、馬車の急停止する音が派手に響いた。
大丈夫だ、馬車はすぐに止まれない。
そう言い聞かせて必死に茂みの間を走る。
「いねぇ! 逃げられた」
「んなわけあるか、ボケ。女の足だ。そう遠くにいけるか」
誰かに追いかけられるというのは、分かっていても焦りと恐怖に支配される。馬車から降りた男たちの足音が、気持ちを急かした。
「お嬢様っ」
しばらく走れば、アメリアとエミリーの姿が見えた。エミリーが小声でイザベラを呼び、両手を広げる。
声を立てたら男たちがやってくるかもしれない。イザベラは無言でエミリーに飛びついた。エミリーがぎゅっと抱きとめてくれる。
「おい、まだそこらにいるんだろう。出てこい。今なら許してやる」
茂みの向こうから、猫なで声が聞こえる。
「逃げられると思ってんのか? ああ? 隠れてもすぐに見つけてやるぞ。その前に出てこいよ。でなきゃ許さ……ザザ……ェッ」
「なァ、おい。出てこい。出てザザ……ないと……ザ……タダじゃおかね…ザザザザザァォッ!」
少しずつ、近づいてくる足音。男たちの猫なで声が、段々と苛立ったものに変わっていき、不快な雑音が混ざり始める。
「……ッ」
ノイズだ。男たちに悪意を持たれた。
こうなったら、モリス伯爵に売られるまでは危害を加えられないという前提がくつがえってしまうかもしれない。
イザベラの顔からざぁっと血の気が引いた。手足が自分の意思に反して震える。震えて歯が音を立ててしまわないよう、ぎゅっと自分の口を塞いだ。
「大丈夫でございますですよ、お嬢様」
「でも、でも」
耳元で囁いたエミリーが、安心させるようにイザベラの髪を優しく撫でた。口調は小さな子を褒めるそれで、今度はポンポンと背中を叩く手つきはあやされる。
柔らかくて温かい体に顔を押し付けて、ふんわりと素朴なエミリーの匂いを胸いっぱいに吸い込めば、早鐘を打っていた心臓が少しなだめられた。
そろそろと顔を上げると、蒼白なエミリーの横顔が目に入った。
エミリーも怖いんだ。
当たり前だ。馬車から飛び降りるのも怖がっていたくらいなのに。
それでもエミリーの青い目は茂みの向こうを見据えている。
「十数えている間に出てきやがれェザザザザザ。いーちィッ! にザザザいィッ! ……ザザッ」
「出てこなかったら、血祭りに上げ……ザザ……やっぞ、コラ……ザザァッ!」
その方角では、ガサガサと茂みをかき分ける音と男たちの怒声、そしてノイズがけたたましく鳴っていた。
「はぁっ? 何だと!?」
街道を走り続ける馬車から聞こえるその声と内容に、心臓がぎゅっと縮んだ。
「やりやがったなァッ! あの女《アマ》」
「ちぃっ、止まれ、止まれやオラァッ」
男たちの怒声と馬車の音が遠ざかっていく。しばらくしてから、馬車の急停止する音が派手に響いた。
大丈夫だ、馬車はすぐに止まれない。
そう言い聞かせて必死に茂みの間を走る。
「いねぇ! 逃げられた」
「んなわけあるか、ボケ。女の足だ。そう遠くにいけるか」
誰かに追いかけられるというのは、分かっていても焦りと恐怖に支配される。馬車から降りた男たちの足音が、気持ちを急かした。
「お嬢様っ」
しばらく走れば、アメリアとエミリーの姿が見えた。エミリーが小声でイザベラを呼び、両手を広げる。
声を立てたら男たちがやってくるかもしれない。イザベラは無言でエミリーに飛びついた。エミリーがぎゅっと抱きとめてくれる。
「おい、まだそこらにいるんだろう。出てこい。今なら許してやる」
茂みの向こうから、猫なで声が聞こえる。
「逃げられると思ってんのか? ああ? 隠れてもすぐに見つけてやるぞ。その前に出てこいよ。でなきゃ許さ……ザザ……ェッ」
「なァ、おい。出てこい。出てザザ……ないと……ザ……タダじゃおかね…ザザザザザァォッ!」
少しずつ、近づいてくる足音。男たちの猫なで声が、段々と苛立ったものに変わっていき、不快な雑音が混ざり始める。
「……ッ」
ノイズだ。男たちに悪意を持たれた。
こうなったら、モリス伯爵に売られるまでは危害を加えられないという前提がくつがえってしまうかもしれない。
イザベラの顔からざぁっと血の気が引いた。手足が自分の意思に反して震える。震えて歯が音を立ててしまわないよう、ぎゅっと自分の口を塞いだ。
「大丈夫でございますですよ、お嬢様」
「でも、でも」
耳元で囁いたエミリーが、安心させるようにイザベラの髪を優しく撫でた。口調は小さな子を褒めるそれで、今度はポンポンと背中を叩く手つきはあやされる。
柔らかくて温かい体に顔を押し付けて、ふんわりと素朴なエミリーの匂いを胸いっぱいに吸い込めば、早鐘を打っていた心臓が少しなだめられた。
そろそろと顔を上げると、蒼白なエミリーの横顔が目に入った。
エミリーも怖いんだ。
当たり前だ。馬車から飛び降りるのも怖がっていたくらいなのに。
それでもエミリーの青い目は茂みの向こうを見据えている。
「十数えている間に出てきやがれェザザザザザ。いーちィッ! にザザザいィッ! ……ザザッ」
「出てこなかったら、血祭りに上げ……ザザ……やっぞ、コラ……ザザァッ!」
その方角では、ガサガサと茂みをかき分ける音と男たちの怒声、そしてノイズがけたたましく鳴っていた。
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