誰もいないのなら

海無鈴河

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3.波乱の二人

5.お金持ち学校の襲来

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「学校交流会……?」

 放課後、代議部に行こうとしたら美作先生に呼びとめられた。そして言われたのがこの単語。

「なんですかそれ?」
「飛鳥学園って知ってるか?」

 私はすぐにうなずいた。
 飛鳥学園……確か、駅の近くに去年あたりできた私立高校だ。お金持ちの子息子女が通っているらしく、街でもちょっとした話題になった。

「その飛鳥学園とうちから数名生徒を出し合って、お互いに親睦を深めてもらおうっていう偉い人たちの考えだ」
「はぁ……」

 交流会とやらの概要は分かった。

「で、なんで私に?」

 正直、そんな会に呼ばれる覚えが無い。

「向こう側からのご指名だ。……お前何やったんだ?」

 美作先生のじとーっとした視線が私に向く。慌てて首をぶんぶんと振った。

「何もやってません!」
「じゃあどうして顔知られてるんだ?」
「さあ……」

 飛鳥学園なんて全然知り合い居ないし、本当にどうして私が……。
 ……もしかして、知らないうちに何かやらかしていたんだろうか。
 だとしたらまずい。少しの不安を抱きつつ、私は先生に尋ねた。

「そういえば、他には誰が参加するんですか?」
「お前の旦那」

 旦那?

「誰ですか、それ」

 真顔で聞き返したら、美作先生は気持ち悪いくらいの笑顔で言った。うさんくさい笑顔だった。

「吉野」
「旦那じゃない!」
「おぉ。即答」

 急いで辺りを見回すと、幸いにも誰も近くにはいないようだった。よし、セーフ。まだお花見のときの誤解は解けていないんだった……。

「ま、とにかく頼むわ。気楽に楽しんで来い」
「はぁ……」

 ぽん、と肩をたたき、美作先生は去っていった。軽いなぁ……人事だと思って。
 こうして私の交流会参加が決定した。


 学校交流会は来週の土曜日のようだ。
 その晩、私は蒼司にLIMEを送った。蒼司なら何か知っているかもしれないと思ったからだ。

『学校交流会の話聞いた?』

 しばらく画面を見つめ待っていると、着信音とともに返事がくる。

『ああ。君も出るのか』
『あちら側のご指名らしいよ』
『……有名人だな』

 あんたほどじゃありません。心の中でそうつぶやく。
 連続して蒼司からのメッセージがやってくる。

『簡単な話し合いをするだけだ。茶でも飲みながら』

 名前のわりにずいぶんとのんびりした会だ。また返信を打つ。

『へぇ。……でも、なんで急にそんな話に? 去年まで無かったよね』

 今度は長い間があった。

『……さあな』

 ……ん?
 なんか、蒼司らしくない返事だ。はっきりしないというか。
 知らないなら、「知らない」ってはっきり言うだろうし……。
 これって、はぐらかされた?
 それから何度か同じことを聞いてみたけど、蒼司はやっぱり答えてくれなかった。


 そして学校交流会当日。会場は柏原第三高校。つまりうちの学校。
 私と蒼司は朝から並んで、門の前に立っていた。
 かれこれ十分くらい、こうして黙って突っ立っている。

「……飛鳥学園の生徒会長って会ったことある?」

 待つことに飽きてきた私は、暇つぶしに蒼司に話しかけてみた。ただ、目線はまっすぐ前を向いたまま。

「ああ。彼とは何度か家の用事で顔をあわせている」
「お金持ちネットワーク……」

 吉野家とつながりがある……ということはその人も相当な家柄なんだろうなぁ。

「私、話合うかな……」

 私だけ庶民だし。住んでる世界が違うといいますか、なんといいますか。
 一抹の不安を感じていると、蒼司が言った。

「大丈夫だろう。……彼は口が上手い。話に困ることはないと思う」

 口が上手い……って。あまりいい感じの言葉じゃないな。
 蒼司が人のことをそんな風に言うなんて珍しい。そういえば、彼の纏う雰囲気も心なしかピリピリしている。
 ……ますます不安になってきたんですけど。胃薬でも飲もうかな……。そんなことをふと思いついたそのとき。

「来たな」

 蒼司がそうつぶやいた。それからすぐに、門の前に黒い車が音もなく止まった。
 いかにも高そうな車だ。しかも外車。
 運転手さんが後部座席のドアを開けた。
 まず女子生徒が一人降りてきて相模と名乗った。副会長らしい。そして次に男子生徒が降りてくる。飛鳥学園のベージュのブレザーを少し着崩し、髪の毛を遊ばせていた。かっちりと制服を着ている蒼司と並べると、対照的だ。
 彼は私と蒼司の前にやってくると、優雅に一礼した。

「はじめまして。僕が飛鳥学園生徒会長、周防深夜だ。今日はよろしく」

 顔を上げ、私に向かってにっこりと笑う。キザに見えるしぐさが不思議と似合っていて……。
 これがお金持ちパワーか!
 感動に震えている私を呆れたように見てから、蒼司は周防さんに向き合う。

「今日はよく来てくれた。知ってるとは思うが、生徒会長の吉野蒼司だ。……それと」

 蒼司と周防さんの視線が私に向いた。

「あ、えーと……」

 そういえば、私なんて名乗ればいいんだ!?
 生徒会でもないし。なんて言ったら良いか分からず、困っていると周防さんがあぁ、と手を打った。

「君が大和朱莉さんだね? 今日は無理を言ってごめんね」
「え……なんで、知ってるんですか?」
「柏原第三高校の二大組織の片方のトップに立つ女子リーダー。有名だよ」

 私、有名だったのか……。

「どんな子かなって思ってたんだけど、こんなに可愛らしい子だとは思わなかったよ」
「か、かわ……!?」

 さらりと褒められた。慣れない言葉をかけられて落ち着かない。……あぁ。こうやって何人もの女子を陥落させてきたのね。
 赤くなってぶんぶん首を振っている私とそれを笑って見ている周防さん。蒼司がその間に割り込んで言った。

「……立ち話もなんだ。中に入らないか?」



 校舎内を案内しつつ、生徒会室に向かうことにした。
 周防さんは物珍しいのか、校舎のあちこちをきょろきょろと見て、時折私や蒼司に質問する。

「うちの学校とは結構違うところがあるね」

 そうだろうか。普通の学校だと思うんだけど……。

「飛鳥学園ってどんな感じですか?」

 私は飛鳥学園を実際に見たことが無い。そんなに普通と違うのだろうか。興味が出てきた。
 周防さんはそうだなぁ、とつぶやくとさらりと言った。

「まず……エレベーターがあるね。12階建てだから」
「ビル!?」
「あと地下にプールと屋上に温室もあるかな」
「ホテル!?」

 どんな学校よ……。次々と出てくる最新設備や制度。聞きなれないものばかりで私の脳は処理限界を迎えそうだ。
 駄目だ。私の生きている世界と違いすぎる。
 先を歩いていた蒼司に向かって、周防さんが声をかけた。

「吉野君は来たことがあったよね。去年の年末ごろだったかな」
「ああ……そうだったな」

 へぇ。そうだったんだ。何の用だったんだろう。
 私が不思議に思っていると、二人は並んで何やら話をしている。

「あの話は、考えてくれたかな?」

 あの話? ……ってナニ?
 私の疑問なんて蒼司が知るはずも無く。蒼司は相変わらずの無表情で周防さんに答えた。

「……あの時も言ったが、俺の考えは変わらない」
「そっか、残念」

 完全に置いてきぼりだ、これ。私のじとーっとした視線に気づいたのか、蒼司がこちらを見て「しまった」といったような表情をする。
 あ、何か隠してる顔だ。これは。

「今日はしっかり、この学校を見させてもらうよ」
「ああ」

 ……なんだろう。周防さんは笑顔で、蒼司もいつもと変わらないんだけど。
 怖い。どこかピリピリしているというか、不穏な空気が流れているというか。
 とにかく、嫌な予感がした。この学校交流会、何か裏がありそう。


 学校内を一周回って、私達は生徒会室へとやってきた。
 レジスタンスでもなく、個人的な用事でもないのにここに来るのはなんか新鮮な気分だ。

「大和さんはこの部屋、入ったことあるの?」

 突然周防さんがこちらを見てそんなことを聞いてきた。油断していた私は一瞬反応が遅れる。

「え? えーと……まあ、たまに」

 と答えてからそうでもないかと思いなおす。最近会長様は私用でここを使うこともあるし……。
 ……ついでに生徒会室で起きたあれやこれやを思い出してしまい、私は慌ててその記憶を頭の中から追い払った。

「仲が良いんだね。噂とはだいぶ違うようだ」
「は?」

 ちょっと待って。色々と突っ込みたいところが。
 まず、仲は良くない。それと。

「噂ってなんですか?」
「この学校では生徒同士が対立しているっていう噂」

 ……。
 思わず黙り込んでしまった。それ、間違ってないです。ここに対立組織のリーダー、揃ってます。
 これは認めていいの? 良くないの……?
 そっと視線だけで蒼司に問うと、彼は小さく首を横に振った。
 黙っておけ。そういうことだろうか。

「そんなこともあったようななかったような……」

 私は結局下手な誤魔化しをし、その場を逃れた。

「そろそろ話を始めよう」

 蒼司が話題を変えるため、少し強引にそう提案した。周防さんは一瞬首を傾げたものの、すぐにその提案に乗った。

「いいね。じゃあ僕達から手土産を」

 周防さんは右手を上げるとパチン、と指を鳴らした。
 初めて見た! こんな漫画みたいなことする人!
 その瞬間、ガラッと生徒会室のドアが開き、黒服の男の人が入ってくる。手には紅色の風呂敷包みを持っている。
 ……って。

「誰この人!」
「僕のボディーガードだよ。色々と最近物騒だからね」

 なんでもないように言われた。

「……ちょっと蒼司」
「なんだ」

 にこやかに笑う周防さんを横目に、蒼司をこっそり肘でつっつく。冷ややかな視線が返ってきた。

「何者、この人」
「周防グループの御曹司だ」
「ゆりかごから墓場までのあのCMの!?」

 ベビー用品、食品、IT、芸能……ありとあらゆる分野で名前を見かける周防グループ。日本で知らない人はいないんじゃないかってくらいの大企業だった。
 思わず叫ぶと、周防さんがあはは、と笑う。

「うちの会社知ってるんだ。嬉しいなぁ」
「いや、知らない人の方が少ないんじゃ……」
「まあうちは戦後に力をつけた新興企業だから、大したものじゃないよ。吉野家の方がよっぽど凄い。何百年と力を持ち続けているからね」
「……それは無いだろう。うちは歴史だけしか無い」

 世界の違う会話だ。やっぱり私、ものすごい場違い! ……帰りたくなってきた。

「それよりも、これ、みんなで食べよう」

 周防さんが黒服の人から受け取った包み。中身は高級和菓子店の桜餅だった。
 ……ちなみにこれが副会長の相模さんの家の製品だってあとから知った。
 高級な桜餅にその辺で売っている煎茶を合わせるのはどうかとも思ったけど、私は生徒会室備え付けのお茶を人数分入れると席に着いた。
 私の隣に蒼司、向かいに周防さんと相模さんという対面形式だ。

「さて、さっそく本題と行こうか」

 一口お茶を飲むと、周防さんが切り出した。

「我が飛鳥学園と柏原第三高校の交流をより深めるために、僕達はある企画を提案したい」

 なんだろう、企画って。そんな私の疑問を感じ取ったのか、周防さんは相模さんになにやら指示を出した。
 相模さんは鞄の中から紙束を取り出し、机の上に置いた。
 表紙には「合同祭企画書」と書かれている。私と蒼司が企画書を手に取ったのを確認し、周防さんは流れるように説明を始めた。

「その名の通り、飛鳥学園と柏原第三高校が合同で行う学園祭のようなものだ。といっても、それほど大規模にするつもりはないよ。お互い、各自の学園祭もあるからね」

 ……お祭りかぁ。二つの学校が一緒になんて、ちょっと面白そうかも。
 企画書をめくると、場所や段取り、学園祭のテーマなど、細かいことがすでに考えてあって、周防さんの準備の良さが分かる。
 別の学校と何かをするってことはあんまりないから、私は少し楽しみだった。
 しかし、蒼司の顔は渋い。

「……なぜ合同祭にした。学校同士の交流を図るなら、このような交流会や合同授業でも充分だろう」
「同じエリアの私立校同士、仲良くしているところを街のみなさんにアピールするのも大切だと思うよ。……最近は近隣のエリアに入学者は流れて行ってしまっているからね」

 そう言って笑みを崩さない周防さん。
 私はその笑顔に違和感を覚えた。……普通のことを言ってるはずなのに、どうしてだろう。
 蒼司の態度も気になる。どうして合同祭に対して乗り気じゃないんだろう。

「そうだな。……」

 それっきり、蒼司は黙り込んでしまった。周防さんも、相模さんも、何も言わない。沈黙が生徒会室を支配する。

「あっ、新しいお茶入れます!」

 いたたまれなくなった私は立ちあがり、ポットの元へ。……あ、もうお湯がない。

「ちょっとお湯沸かしてきます」
「ああ。ありがとう、大和さん」

 何も言わず、考え込んでしまった蒼司の代わりに周防さんが言った。
 どうしたんだろう。人前でこんな態度なんて……なんだか、蒼司らしくない。
 ポットを抱え、生徒会室を出るときも、蒼司は黙りこんだままだった。


 給湯室まで行ってお湯を沸かし、ポットに移してまた生徒会室に戻る。ドアの前までやってくると、さっきまで静かだった生徒会室の中から声が聞こえた。周防さんの声だ。

「……僕は君を助けたいんだよ」

 助ける? 何の話だろう?
 私が不思議に思っていると、蒼司が答えた。

「助けたい? これがか」

 今まで一度も聞いたことの無い、吐き捨てるような荒れた声だった。
 私はドアに伸ばしかけた手を静かに下ろした。

「うちには他にない『良家の子息子女の学校』というブランドがある。正直、アピールは必要ないよ。イベントひとつにも大きな労力が必要なのは君もよく知っているだろう? それを今回、なんのメリットも無いのに提案したんだ。全部、君を助けるためだよ」
「俺には食い潰しに来ているようにしか見えない」

 明るい周防さんと冷ややかな蒼司。二人の声は正反対だった。

「それは残念。思いは届いていないみたいだ」

 そこで一度言葉を切ると、周防さんはくすりと笑う。

「……それにしても、君も不思議な人だね。この学校に何があるんだい? 最新の設備、完璧なカリキュラム。全てを兼ね備えた飛鳥学園への転入を断ってまで、ここに居る理由」

 ……嘘。蒼司、飛鳥学園に誘われてたの?
 目の前が真っ白になった。自分でも驚くくらいの衝撃だ。
 確かに吉野家は名家だし申し分ない。そういう話があってもおかしくないだろう。
 でも……そんなこと一言もいってくれなかった。
 私はショックだった。勝手な話だけど。
 ポットを持つ手が震える。音をたてないようにしているのがやっとだった。

「大切な物が色々あるんだ」
「そう。……ま、気が変わったらいつでも言って。大歓迎だから」

 短い蒼司と周防さんのやり取りがあり、再び生徒会室は静かになった。どうしよう……今入っていいのかな。
 でも、どんな顔してればいいの……こんな話聞いちゃって。そうやって逡巡しているとコツコツ、と中から足音が近づいてきた。
 ……って、え!?

「大和さん、入っていいよ」

 ドアが開く。困ったように笑う周防さんが目の前に立っていた。

「……いつから分かってたんですか」
「うーん。僕が吉野君を説得し始めたあたりから?」

 ほぼ最初から!

「入りづらかったよね。ごめんごめん」
「いえ……」

 それからは何事もなかったかのように空気は流れ始めて、学校交流会は終わった。
 私に少しの不安と、もやもやを残して。
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