玉の輿にもほどがある!

市尾彩佳

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第二話

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 デインはひっ立てられるようにして衛兵宿舎に移動し、一室に閉じ込められた。

「一体おまえは何をしたんだ!?」

 上官に詰問されるけれど、デインには何が何やらわからない。

「オレは、別に何も……」

 ちょっと強引に引っ張っていっただけで、それ以上のことは何もしていない。
 カチュアも最初はついてきてくれたのに、何故か途中から暴れ出し──王城内に響き渡るような悲鳴を上げた。

 何がどうして、そんなことになったのか。
 自分自身も把握できていないまま、問われるままに事細かに状況を説明する。
 上官二人は説明を聞き終えると、顔を寄せ合ってひそひそと言葉を交わし、デインに「この部屋から出るな」と言い残して部屋を出ていった。



 一人、何も置かれていない小さな部屋に残されたデインは、未だ呆然としながら、床にあぐらをかいて座り込んだ。

 ──いやーーー!!

 カチュアの悲鳴が、繰り返し頭の中に響き渡る。
 あんなに強く拒絶されたのは、初めてだった。
 恐怖に駆られた悲痛な叫び。
 カチュアがあんなにも怯えることがあるなんて、思ってもみなかった。
 はつらつとしていて、いじめにも屈しない強い女の子。さっぱりとした性格をしていて、怖いもの知らずだとばかり……。

 怯えた理由がまるでわからない。ショックが尾を引いていて、思考がろくに回らない。それでも思い巡らせていると、突然扉が乱暴に開かれた。
 つかつかと足音荒く近寄ってきた人物は、デインの胸倉を掴んで引き上げ、力いっぱい頬を殴る。
 顔を上げる間も、床に足をつけて立つ間もなかった。
 相手が誰なのか確かめられず、受け身の体勢も取れないまま、デインは床に這いつくばる。

「嫌がる女を物陰に引きずり込もうとするなんて、男として最低だ!」

 この声は……。

 ずきずきと痛む頬に手を当ててぼんやりと見上げれば、ヘリオットが今までに見たことがないくらい表情に怒りをたぎらせてデインを見下ろしていた。
 その表情に恐れをなし、言い訳が口をついて出る。

「も、物陰に引きずり込んでなんか……。ただ、見えないところで口説こうと思って、小道に連れていこうと思って……」

「だからって、腕を掴んで無理矢理引きずっていっていいと思ってるのか!?」

 再びデインの胸倉をつかもうとしたヘリオットを、彼のあとについて部屋に入ってきたセシールが止めた。

「わたしに話をさせてください。──二人きりで」

「セシール……本当に二人きりでなくちゃダメなのか?」

「はい」

「……わかった。廊下にいるから、何かあったら声を」

「大丈夫ですから、行ってください」

 デイン当人をそっちのけで話をまとめ、セシールに見送られてヘリオットは出ていく。
 扉を閉めると、大きなお腹を抱えるようにしてセシールが近付いてきた。

「このお腹で屈むのは大変なので、立ったままで失礼いたします。……わたしは、カチュアのことが心配であとをつけていたんです。そこにデイン様が現れて、デイン様ならお任せできると思ってその場を離れましたが、それは間違いだったようです。カチュアの悲鳴が聞こえてわたくしが駆けつけた時、あなた様は何が起こったのかわからないという顔をして、地面に座り込んでショックに震えるカチュアを呆然と見下ろしていた。──あなた様は、まだわからないのですか?」

 わかっていないという自覚はあっても、それを簡単には認められない。デインはふてくされた顔をしてそっぽを向いてこぼす。

「そんなこと言ったって、カチュアはいっつも庭園の小道を利用してたじゃないか。別に小道に場所を移すくらい、どうってことないと思って……」

「カチュアには多分、男の人に小道に引きずり込まれることに対するトラウマがあると思うんです」

 デインははっと顔を上げた。
 カチュアにトラウマがある? そんなの、カチュアからも他の誰からも聞いたことなんか……。

 信じられない思いでセシールを凝視すると、彼女は痛ましげに眉をひそめて小さくため息をついた。

「今からわたしが申し上げることは、誰にも言わないと約束してください。──以前、カチュアに言い寄った男性が、嫌がるカチュアを小道に引きずり込んだことがあるんです。カチュアがつれない素振りを見せると、暴力を振るって“平民出身の侍女なんか、遊び相手にしかならない”と言って侮辱して」

「何だよ、それ……っ!」

 言い寄っておきながら、遊び相手にするつもりしかなかった……!?

 憤った目でセシールを見れば、彼女は悲しげに目を伏せた。

「でも、それが身分差というものなんです。親御さんには結婚相手を見つけてこいと言われて侍女になったようなのですが、そのこともあってカチュアは貴族との結婚はありえないと一層思うようになったんだと思います」

 デインの脳裏に、カチュアの声がこだました。

 ──あんたと結婚するなんて、ぜーったいありえないから!

 あれは、こういう意味だったんだ。
 越えられない身分の壁と、踏みにじられた心。
 カチュアがあんなに怯えた理由が、今ならわかるような気がする。

 セシールは、立ったままデインを見下ろし、静かな口調で続けた。

「だからカチュアは、あなた様との結婚を考えられないのだと思いますし、あなた様に強引にされてあの時のことを思い出して恐怖に駆られたんだと思います。……あなた様は身分の差について考えようとなさいませんが、周囲は常にそのことを考え、それを基準に物事を判断するんです。平民出身でありながら王妃陛下の侍女にまで昇進したカチュアが置かれた難しい立場を、少しは考えてあげてください」

 ショックで言葉をなくしたデインを置いて、セシールは部屋をあとにする。

 セシールの言う通りなのだろう。
 結果的にではあっても、無理矢理物陰に引きずり込むような真似をしたデインに、カチュアはかつて自分の尊厳を踏みにじった男を重ね合わせた。そして再び暴力を振るわれるのではないかと想像して、恐怖したのだ。

 ホント、オレって最低だ……。

 知らなかったこととはいえ、カチュアをひどく傷つけた。
 カチュアの表面ばかり見て、彼女が持つ傷や弱さに全然気付かなかった。──いや、気付こうとしなかった。
 自分勝手だと人に言われることがあるけれど、今ほど自覚したことはない。
 今思えば、カチュアの強気の中に虚勢が見え隠れしていたのに。

 一度閉じた扉が、少ししてまた開いた。
 ゆっくりと近づいてきた人物の足が、項垂れたデインの視界に入る。

「……俺はさ、カチュアちゃんには本当にしあわせになってもらいたいんだ。あの子の明るさや前向きさには、国王陛下も王妃陛下も、俺もセシールも、周囲にいるみんなが救われてる。──俺はね、あの子は市井で子だくさんのおかみさんになって、毎日笑ってるのが似合うと思っているんだ。欲や権力にまみれた貴族社会に引きずり込んで、彼女の本質を汚したくなかったし、汚されたくもない。あの子が望まないのにそれをしようとするなら、俺はおまえを徹底的に排除しにかかるよ」

 大きな声ではないけれど、低く深い声にヘリオットの強い思いが込められている。
 思いがけなかったヘリオットのカチュアへの想いを感じて、自分が如何に表面上のことしか知ろうとしなかったかということに気付いて、デインは情けなくなる。

 言葉なく項垂れたままのデインをしばらく黙って見下ろしていたヘリオットは、やがてきびすを返し、静かに部屋から出ていった。
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