玉の輿にもほどがある!

市尾彩佳

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第四話

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 カチュアとデインが呼びに来た侍従に案内されたのは、国王夫妻の私室だった。一人掛けや三人掛けのソファが円形に配置された居心地のよい部屋だ。
 一人掛けのソファの一つに、シュエラが座っていた。現在四人目を宿していて、ローブのようなゆったりとしたドレスの上からでも、お腹が少し膨らんでいるのがわかる。
 部屋には、もう二人姿があった。一人は帝国皇女グレイス。もう一人はシュエラの弟でデインの兄に当たるアルベルト。シュエラの斜め向かいにある三人掛けのソファに、二人は並んで座っている。

「どこでもいいから掛けてちょうだい」

 シュエラが幾分表情を強張らせ、カチュアたちにソファを勧める。カチュアが一人掛けのソファを選んで座ると、デインがカチュアの膝に横向きに座ろうとした。

「デインっ!」

 カチュアは怒ってデインを押し退ける。デインは少しよろけたけれど、転びはしなかった。きっとカチュアに押されることを予想していたのだろう。

「オレがいるのに一人掛けのソファに座るもんだから、てっきり膝の上に乗ってほしいんだと」

「そんなわけあるもんですか!」

「だったら三人掛けのソファに二人で座ればいーじゃん」

 デインはカチュアの腕を引っ張って、隣の三人掛けのソファに誘う。
 さっきのことを思い出してしまいそうになるので、あまり並んで座りたくない。けれどここで揉めて理由を尋ねられるのも困る。カチュアはしぶしぶ、デインに引かれるまま隣のソファに座った。

「少し待ってちょうだい。陛下がお越しになられたら、すぐお話があると思うから」

 シュエラに声をかけられて、カチュアは彼女の表情はほんのわずか和らいでいることに気付く。もしかするとデインは、場の雰囲気を和ませようとしたのかもしれない。意識的にか無意識的にかわからないけれど、デインにはそういう風に気を回すことがたまにある。
 シュエラの変化に気付いて気持ちが緩んだのか、グレイスも口を開いた。

「一体何のご用なんです? シュエラ様はすでにご存知のようですけど?」

 ここラウシュを訪れた当初、帝国の姫君らしい横柄な口調だったグレイスも、すっかりこの国の貴族の令嬢の話し方に馴れたようだ。本気でアルベルトに嫁ぎ、この国の伯爵夫人になるつもりらしい。グレイスのいじましい努力に、アルベルトも多少は応えているようで、以前ほどグレイスから距離を置きたがっているようには見えない。
 シュエラは困ったように微笑んで、グレイスに言った。

「わたくしも、詳しい状況はまだ伺っていないの。中途半端に聞いていい話ではないから……」

 言いながら、シュエラは再び表情を強張らせる。それだけで、これからあるという話がいい話だとは思えない。
 グレイスも察してか、居心地悪そうに座り直す。

 国王シグルドが来たのは、もうしばらく経ってからのことだった。
 シュエラ同様硬い表情をし、立ち上がって迎えようとしたカチュアとアルベルトにその必要はないと手振りを見せると、空いている一人掛けのソファに腰を下ろす。

「待たせてすまなかった」

「国王陛下。前置きは結構です。帝国で何かあったのでしょう?」

 硬い表情をして先を促すグレイスに、シグルドは瞠目し、それから彼女の視線を避けるように目を伏せた。

「ならば、心して聞いてもらいたい。──レナード皇帝が崩御された」

「おじい様、が……?」

 いつもは祖父のことでは憎まれ口を叩くグレイスも、肉親への愛情は持ち合せていたらしい。ショックで震えながらシグルドに尋ねる。

「どうして……? いや、誰がおじい様を殺したの!?」

 激昂するあまりか、帝国にいた頃の素の口調が戻っている。そんなグレイスに、シグルドは静かな口調で答えた。

「殺されたのではない。レナード皇帝は長年病を患っていて、いつ亡くなってもおかしくなかったのだ」

 グレイスはひゅっと息を呑んだ。カチュアはもちろんだけれど、グレイスでさえ夢にも思わなかったらしい。

「国王陛下は何故そのことを知っているの!? 何故皇孫であるわたくしがそれを知らされなかったの!?」

 立ち上がって怒りをぶつけるグレイスから、シグルドは険しい視線を逸らすことはなかった。

「知れば帝国から出ようとしなかったろうと」

「当たり前よ! 臨終にも立ち会わせてもらえないとは、おじいさまはやはりわたくしのことなどどうでもよいと」

 やけくそになってわめくグレイスに、シュエラが声をかける。

「それは違うわ。レナード皇帝陛下のお気に入りの孫であるあなたは、命さえも狙われていたのでしょう? レナード陛下が崩御なさったあと、あなたの身にどんな危険が及ぶかわからなかった。動向が注目されていたあなたを不審に思われないように出国させるには、必然的な動機が必要だったの。それで、わたくしたちの結婚式に列席するという名目で、あなたを国外に脱出させたのよ」

「我々の結婚式のあとは、遊学名目でこの国に留まらせる予定だった。──そなたが自分から残りたいと言ってくれたおかげで、手間が省けたが」

「陛下!」

 シュエラが鋭く名を呼ぶと、シグルドは慌てて口を閉ざす。
 グレイスは両手をこぶしに握り、肩を小さく震わせながら言った。

「……要するに、祖父の死に目に会えなかったのは、わたくしが恋に浮かれて祖父のことを気に掛けなかったせいなのね?」

「違うわ!」

 シュエラがすかさず否定すると、グレイスは力なく首を振り謝った。

「わかってます。ごめんなさい、王妃陛下。おじい様の考えを見抜けなかった自分を恥じているだけです。──国王陛下、もう一度確認させてください。陛下のお話から察するに、わたくしは祖父の死に目に会わせてもらえなかっただけでなく、祖国に帰ることも許されないのですね?」

 いたたまれなさそうに目を逸らしていたシグルドは、冷静さを取り戻しつつあるグレイスの声に引き戻されて話を続ける。

「その通りだ。──皇帝崩御の報が広がるのと同時に、各地で反乱を起こす貴族が現れた」

「──!」

 声なき悲鳴を上げたのはカチュアだった。
 カチュアの父はシグルドから任命されて、兄たちは許可を受けて帝国に入っている。反乱というからには戦いが起こったのだろう。父は? 兄たちは? 商店で働く者たちの安否は?
 最愛の肉親を亡くしたばかりのグレイスの手前、私事を尋ねられずにいると、シグルドがカチュアのほうを向いて告げた。

「“鳥”を使って連絡があった。カチュアの父兄や商店の従業員たちは無事だそうだ。反乱が起きたといっても今は貴族間に留まっていて、市井を巻き込む事態にはなっていない。カチュアの身内を含むラウシュの民全員に帰還命令を出したから、戦禍が広がる前に皆レシュテンまでたどり着くだろう」

 カチュアへの話を終えると、シグルドは再びグレイスに話しかける。

「崩御の直前、レナード皇帝の弟が帝位を継いだが、相次ぐ反乱の報を無視して自らに阿る一部貴族たちの祝賀を受けているとレナード皇帝の腹心カスティオスから連絡があった」

「……帝位を継いだというおじい様の弟のことならば知っています。帝位継承権を持つ中で現時点一番マシな人物ですね。その他のマシな者たちは、次々暗殺されてしまったから。──わたくしの両親のように。暗殺してまで帝位を欲する者に、まともな統治を行う気があるとは思えません。私利私欲に走った政策で国を乱すのは必至。おじい様の弟はよく言えば素直、悪く言えば愚鈍。おじい様が怖くて今まで言うことを聞いていましたが、亡くなって箍が外れたのでしょう。甘いことを言う者たちにそそのかされ、重大事から目を背けることは想像に難くありません。おじい様の崩御と同時に反乱が起こったのも、それだけナメられているからですよね?」

「そうだ。──レナード皇帝の体の不調はひた隠しにしたものの、一番漏れい出てはならない方向には筒抜けだった。崩御の日に向けて立てられていく策略を何とか阻止しようとしたそうだが、食い止められなかったそうだ。カスティオスは被害拡大を防ぐため独自に動くというが、新皇帝から権限を与えられる見込みがないことから、できることは限られよう」

「おじい様に取り立ててもらった恩があるとはいえ、カスティオスの忠義は大したものじゃな。命まで粗末にせなんだらよいが」

「……生きていてこそ報いることができる恩義もあると伝えてある。──グレイス皇女、これを」

 シグルドはソファから立ち上がり、上着のポケットから出した封筒をグレイスに差し出した。少々黄ばんでいて、どう見ても新しいものではない。グレイスは宛名書きのないそれを、おそるおそる受け取った。

「これは……?」

「三年前ほど前、余がレナード皇帝と直接対面できた唯一の機会に預かったものだ。レナード皇帝は自らが亡くなった後でそなたに渡すようにと、余に託した」

 グレイスが震える手で封を切ろうとするのを、立ち上がったアルベルトが止める。

「後にしよう。今は国王陛下の話を」

 アルベルトの言葉を、シグルドが遮る。

「いや、話はこれで終わりだ。それぞれの身内に関わること故、非公式に呼び出し先に説明した。公式にはこの後発表することになっている」



 その日の内にシグルドは臨時の議会を招集して、レナード皇帝の崩御と、それにともなう自国の対応を発表した。
 二年前、属国扱いからレナード皇帝直轄領となった元レシュテンウィッツ王国は、レナードの遺言により被後見の一人であるシグルドが譲り受け、正式にラウシュリッツ王国の一部となる。
 帝国で反乱が勃発したことを受け、その火の粉が自国の領土となったレシュテンに及ばないようにするため、軍を帝国と接する国境付近に集結、警戒に当たらせる。
 この発表に、議会に集まった貴族の多くが、これまでのシグルドの政策の意味を悟った。

 帝国との和平成立以降、揺るぎない国王の権威を手に入れたシグルドだったが、賢王と呼ばれるほどの統治手腕を発揮する半面、一部では首を傾げたくなるような愚策も行っている。
 過剰な輸入と軍備の維持。
 レシュテンの戦乱終結後、レシュテンもラウシュも目覚ましく国土を回復して、翌年には収穫を大幅に上げてきた。しかしシグルドは周辺諸国との取り決めだからという理由で保存の利く食料品や日用品を、量を減らすことなく輸入。レシュテンの民への貸付金の返済が早まった場合、余剰分が国の損失になるという議会の意見を一蹴する。
 レシュテンが帝国に平定されたことにより、戦禍が国に及ぶ危険もなくなった。にもかかわらず、シグルドは兵役を減らすことなく、余剰人員はレシュテン内にある属国領に送り、治安維持や賦役に当たらせる。
 おまけにラウシュリッツ王都郊外に、帝国貴族たちが長期間滞在するための宮殿の建設を許可し、そのための土地を彼らに与えてしまう。建築費用は帝国が持ち、国内の多くの職人が雇われ建築資材が大量に発注されたことは国にとって有益であったが、貴族の中からは“国内に帝国領をもうけるつもりか”と根強い反発があった。
 どんどん流入してくる帝国人に対し、ラウシュの民が帝国に入るためには厳しい審査と行動制限がかかったのもその反発に拍車をかける要因となった。
 が、それらは全て、和平条約の締結と同時に交わされた密約によるものだったというわけだ。

 何故そのような重大事が知らされなかったのかと抗議をする貴族が複数いたが、シグルドは噂が広まる危険を冒せなかったとしてこれを一蹴。各貴族への詳細な指示を第一の側近ケヴィンに読み上げさせる。
 そして二年前に爵位を継いだラダム公爵セドルには、後見の一人であるラダム公爵派の筆頭ブレイス侯爵をともなって、帝国宮殿への訪問を依頼した。
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