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第15章 冒険者な日々 2

第93話

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「お前かあぁぁぁぁぁぁっ!俺の娘を攫ったのはあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!? 」
「「「「「「チェヂミを返さんかいゴラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 」」」」」」


 チェヂミと手を繋いで村の中を歩いていると、突然、前方から怒号をあげた男達が走って来た。
 最初はキムチェから話を聞いて、喜び勇んで迎えに来たかと思ったんだが、それにしてはいやに殺気立っている。

「あ!お父さ…ん?…ひ……っ!? 」

 集団の先頭に父親の姿を見付け、一瞬表情を明るくしたチェヂミだったが、走って来る男達のあまりの迫力に小さく悲鳴を上げて俺の背後に隠れてしまった。

 だが、走って来る男達には、そんな仕草がまるでチェヂミを背後に隠した様に見えたのか、男達の殺気が明らかに膨れ上がる。

「「「「「「ブッ殺せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!! 」」」」」」

「おいおいおいおい……………っ!? 」

 
「その手をぉぉぉぉっ!離さんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 」

 先頭にいた壮年の男性が、速度を保ったまま手にした剣を振りかざし、俺の顔面へと叩きつける様な斬撃を見舞ってくる。

 ーー ギャリィィィィィィンッ! ーー

 間一髪、抜き放った愛用のコンバットナイフで刃を受け、逸らす。…が、攻撃はそれだけに留まらない。

「シ…ィッ!! 」
「避けんな、がぁぁぁぁっ!」
「死ンどけやゴラぁぁぁぁぁっ!」

 手斧で、短槍で、山刀マチェットでと、様々な得物を振りかざして次々と襲い掛かってくる男達。
 それ等を受け、弾き、逸らしと、全て防ぎ切っていく。当然ながらチェヂミには毛筋程の傷一つ付けさせてはいないが、こいつ等チェヂミの事が頭から飛んでるんじゃないか?

 「群集心理」という言葉がある。

 集団心理学という学問で語られる用語の一つだが、ひとつの集団が極度の緊張状態や興奮状態に陥った際に、ふとした事からが外れ、段々と無秩序化していってしまう現象がコレに当たる。
 身近な所ではバーゲンセールのオバサマ達、スポーツならサッカーで有名な所謂「フーリガン」など、周りに釣られてどんどん”過度の情動”や”衝動性””暴力性”が増していき、やがて暴徒化していってしまう状態を言う。
 
 俺や大輔も【零】に居た頃の任務で、散々悩まされた事がある。

 バーゲンセールのオバサマ達も恐ろしいが、個人であれば『そこまでするつもりは無かった』事が、早い話『赤信号、怖くない』的な”同調現象”を引き起こす。こうした『群集心理』によって増長され引き起こされた悲劇、事件は数多いのだ。

 『中世ヨーロッパの魔女狩り』『フランス革命での五万人ものギロチン処刑』『ナチスドイツのホロコースト』等々…、TV報道でも、ただの反対デモのはずだったものが、いつの間にやら大暴動に発展したケースだっていくらでもある。

 堤防に開いた穴がアッと言う間に広がり濁流となるのと同じく、一旦こうなると個人の力で止めるなどまず不可能、なかなか鎮静化を謀る事は難しいだろう。

 今がだ。こいつ等はどうやら、俺を例の誘拐犯共の仲間と勘違いしているようだが、まあそれは良いとして。
 だが、”チェヂミを助ける”という「」の為の行動であるはずが、その「手段」であるという行為の方に「目的」がすり替わってしまっている。
 その所為で、一番大事な”チェヂミの安全”について、すっかり頭から飛んでしまっているのだ。

 う~~ん…、どうするかなぁ…? 悪党共なら問答無用で叩き伏せるんだが、さっきの先頭の男性はチェヂミの父親みたいだし、今はこんなでも、チェヂミを助ける為に来ている訳だし。話が通じないなら、いっそ〈威圧〉か軽度の〈麻痺〉で、強制的に動きを止めるかな?

 と、考えていた所で、周りを取り囲んでいた男達の動きが変わる。
 一旦距離を取ったかと思うと、一斉に不規則なステップで、右に左にと動き始めたのだ。そして、その内の何人かが急に飛び上がり、全周囲、上下と、一斉に飛び掛かって来た。

 この動きは正に”狐の狩り”。野生の狐の狩りは、狼などの他の肉食獣の様にストレートに追いかけて ガブリ とはやらない。獲物の周囲を不規則に飛び跳ねて獲物を惑わせ、隙を見せた瞬間に襲い掛かる、という方法だ。
 基本、野生の狐は群れを作ることはあまり無いが、そこは獣人。
 野生の力に、”多対少”でこの戦法を使われたら厄介極まりないだろう。何しろ死角からも刃が迫るのだ。

 だが、俺の視界は三六◯度、加えて〈壱乃牙  覚〉によって意識を拡大させている為に、全ての状況が手に取るように分かる。
 チェヂミの安全の為にも、そろそろ制圧するかな?と考えていたその瞬間だった。

 ーーゴウンッッ!! ーー

 俺達の居る位置を中心として、ぐるりと取り囲む様に”炎の壁”が立ち上り、爆炎と共に男達を噴き飛ばした。

「あちっ!? あちちちちっ!」「わわっ! 尻尾が、尻尾が焦げちまった!?」
「誰か消してくれぇ~~~っ!?」

 髪の毛や尻尾に火が燃え移った奴等が、ジタバタと転げ回ったり、走り回る。
 
 さっきまでとは違う意味での大騒ぎの中で、俺とチェヂミをかばう様に、ひとつの影がふわりと舞い降りて来た。

「キムチェ! お前いったいどういうつもりやっ!! 」

 先頭に居た父親らしい男性が、鋭い目でキムチェを睨み付けて叫ぶ。だが、キムチェは無言のまま形の良い両腰に付けたショートソードをすらりと鞘から抜き放つと、すぅっと大きく息を吸い込んで…………?

「こンの、たーけんたお馬鹿共があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!アンタら何やっとんのぉ!! この人はな、チェヂミを助けてくれた恩人や!ええ加減にしとかんと、燃やしてまうよっっ!! 」

 キムチェの大喝が、すっかり暗くなったアソノ村に響き渡るのだった………。


ーー所変わって中央広場 ーー



『『『『『申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』』』』』

 
 キムチェとチェヂミの親父さんを筆頭に、集会場となっている建物の階段に腰掛けて俺に向かって、さっきの”暴走フラミンゴ”共全員が、女性の村人達に睨み付けられながらの総土下座。

 またこのパターンか……、と少々ゲンナリしているんだが、今回ばかりはに立って一同を睨みつけているキムチェが許さないんだよなぁ……。

「まったく!チェヂミが心配だったのは分かるけど、いきなり襲い掛かるとか、狐人族全体が野蛮な種族に見られるじゃないの! 何考えてるのよお父さん!」
「い、いや、その…、そちらの方がヒト族やったもんで、つい連中の仲間やと……!」
「そんな訳無いじゃない!だいたいねえ、ヒロト様がいなかったら、攫われたままか、グラスドッグの餌食になって、チェヂミはここにはいなかったかもしれないのよ!? チェヂミの怪我まで《治癒ヒール》で治して下さったんだから!! 」
「なっ!なんやと!? そ、それは、娘を助けて頂いたばかりか、命の恩人に対して数々の御無礼、重ねてお詫び致します。本当に申し訳ありませんでした!」

 怒り心頭な様子で睨んでくる娘の言葉に、しどろもどろになりながら謝罪の言葉を重ねる親父さん。

「まあ、キムチェ、その辺にしといてやれよ、ついカッとして、なんて誰にでもあるし…… 」
「いーえ!ヒロト様、元々父は気の短い方ですが、今回はあまりにも酷過ぎます!一度しっかりと反省して貰わないと! 」
「いや、まあ…なぁ……うん、それはそうなんだろうが……?」

 俺達のやり取りを聞いていた親父さんが、の疑問をキムチェに問いかけた。

「キムチェ…? さっきからその方を”様”付けで呼んどるが、もしかして”御屋敷”の方なんか?」
「そーよ!このヒロト様はね、御令嬢のセイリア様の御婚約者様なのよ!? もし罷り間違ってお怪我なんてさせてたら、【黒き武神】様を敵に回してたんだから! それだけじゃないわ! もしもヒロト様が本気を出されてたら、お父さんも若衆達も、今頃塵すら残って無かったんだから!」
「くっ!【黒き武神】様!? 」
「塵……っ!? 」

 おいおいキムチェ……!? 俺は爆弾か何かか!? どんな危険物だよ!
 あと、あの爺さんなら、もし俺が怪我とかしたら、腹を抱えて大笑いするだけだと思うぞ? 逆に「天晴れじゃ!」とか言って、親父さん達に褒美ぐらい出すかもしれん?……いや、絶対出すな。これ見よがしに。「ぷすーっ!」とか笑いながら。

「ひ、ひえぇぇっ!? 重ね重ね申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「…あーー、まあいいよ、俺のことは…。けどな?」

 俺は平伏する男達に、静かに、重く様な〈威圧)をかける。

「俺のことはともかく、お前等全員、途中からチェヂミの事が見えていなかっただろ?」
「は、はい…途中からは……確かに… 」
「俺の事はまあ、いいよ、気持ち分からなくも無いし。でもな、もしチェヂミが怪我でもしていたらどうするつもりだったんだ?」

『『『『『う…っ!? 』』』』』

「チェヂミは女の子だ。最悪、死ぬ危険だってあったし、そこまで行かないにしても、もし顔や身体に残る傷でも付けてたら、”ごめんなさい”じゃ済まないんだぞ? 大人なら、何かチェヂミに言わなきゃならないんじゃないのか?」

『『『『『ごめんなさい!チェヂミちゃん!! 』』』』』

 自分達でも ヤッチマッタ感ありありで、バツの悪い顔をしていた男達だったが、俺の一言に ハッとした顔でお互いの顔を見合わせると、今度はチェヂミに向かって一斉に頭を下げた。

「ううん!皆んな、私こそごめんなさい!私が、勝手に村の外に出たから……っ!」

 俺の隣り、キムチェと反対側に居たチェヂミが、若干慌てた感じで男達だけでなく村人達全員に向かって頭を下げる。

「ホントだよぉ、皆んな心配したんだよ?チェーちゃん 」
「お母さん、でーれーすごく心配しとったんやで 」
「これからはお父さんやお母さんの言う事は、よう聞かなアカンに?」

 近所のオバちゃん達であろう女性達が、苦笑しながら優しくチェヂミを窘める。
 すると、キムチェ達に良く似た優しそうな女性が進み出てきて、チェヂミの名前を呼んだ。

「チェヂミ…!」
「う…!お母さ~~んっ!ごめんなさいぃ~~~~~~~~っ!」

 母親に取りすがり、また、わんわんと泣き始めるチェヂミ。周りの皆んなは、その姿を優しく見つめ、良かった良かったと頷きながら、もらい泣きしている人までいた。

「よし! じゃあ、お互いに謝ったところでこの話は終いだ!」

 キムチェと親父さん達双方へと、ニッと笑いかけ、〈威圧〉を解いた事で男達も ホッとした顔になる。
 空には月が登り、時刻はとうに夕刻を回っている。
 本来ならば、とっくに支度を済ませて各家庭で夕食を取りながら家族団欒の時間なのだろうが、部落の子供が”ならず者”に攫われる、という村にとっての一大事であった為、今日は村の女性達が共同で”炊き出し”を行なっていた。

 今更それぞれの家に帰って夕飯の支度も出来ない為、村人達は皆、炊き出しで作った物を受け取って、一人、二人と自分達の家へと帰って行く。

 さて、じゃあ俺は今夜の宿はどうしようか?と考えていたところで、キムチェの親父さんに声をかけられた。

「ヒロト様、大したお持て成しは出来ませんが、今夜は是非我が家に御逗留下さい 」
「ありがとうございます。ですが、せっかく久し振りにキムチェも帰って来たんですから、一家団欒のお邪魔になりませんか?さっきの事なら、俺はもう気にしてませんよ?」
「いえ、その思いも確かに有りますが、数々の御無礼のお詫びだけでは無く、是非、娘達の事でお世話になったお礼をさせて下さい 」

「ヒロト様、私からもお願い致します。是非我が家にお越し下さい 」

 親父さんと話していると、キムチェが母親とチェヂミを伴って親父さんの隣へと並ぶ。

「いいのか、キムチェ? 久し振りな里帰りなんだろ?いつも屋敷では世話になってるんだ、俺の事は気にしなくていいんだぞ? チェヂミの事もあったんだし、今日くらい親子水入らずで過ごせばいいのに 」
「いいえ、ヒロト様。あなたは妹を救って頂いた恩人、その恩義に報いぬ様では、逆に私達家族が”恩知らず”だと笑われてしまいます。ですので、私達の為にも是非、我が家へとお越し下さい 」

 そう言って親父さん達と一緒になって頭を下げるキムチェ。
 
 う~ん? 固辞するのは簡単だが、そうやって言われちゃうと、断わる訳にはいかないわなぁ……。

「分かった。じゃあ、申し訳無いけど、お言葉に甘えさせて貰うよ 」

 と、そこでキムチェと母親の腕に掴まっていたチェヂミが、俺の顔を見上げながら聞いて来た。

「ヒロ兄ちゃん、チェヂミのお家にお泊まりすんの?」
「ああ、宜しく頼むなチェヂミ 」
「やった! じゃあチェヂミが案内したるね!こっち、こっちやよ!」

 飛び上がって歓声を上げた後、今度は俺の腕を取って、ニコニコと嬉しそうに笑いながら、一生懸命に俺を引っ張って歩き出すチェヂミ。
 
 こうして、色々と勘違いによるトラブルはあったものの、”終わり良ければ全て良し”といった感じで、無事にアソノ村での初日は暮れていくのだった。







 
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