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第16章 冒険者な日々〈ヒロトのいない日〉

第102話 side【蒼い疾風】

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 ーーザワッ!! ーー

 ヒーツの口から飛び出した、予想外一言に、ソニアばかりかゴウナム、アーニャとマーニャの頭髪や尻尾の毛が一瞬にして逆立つ。

「………何だって? 良く意味が分からなかったんだけど、アンタ、今のもう一回言ってみなよ? 」

 声のトーンを下げて、自らを落ち着ける様に極力ゆっくりと喋る事を心掛けるソニア。
 だが、ヒーツ達からは見えない位置にあるソニアの右手の指はまるで魔獣の鉤爪の様に折れ曲がり、先程から練り上げていた魔力が集まり今にも男達を引き裂かんばかりになっている。

 見ればゴウナム達もいつでも一瞬で
トップギアに持って行ける様に、全身の隅々にまで練り上げた魔力が漲っていた。

 ソニア達は、先日のヒロトと【狂酔碧麟】『酔竜ドランクドラゴンのヴォトカ』との一戦から、ヒロトの魔力戦闘の姿に魅せられ、事ある毎に”魔力操作”の訓練に励んできた。

 本来、本能任せで高い身体能力による力任せな戦い方を得意とする獣人族は、一般に魔法関係は不得手とされているのだが、ヒロトはその高い教導技術によって調教……もとい、訓練を施し、本能任せによる行き当たりばったりの戦い方ではなく、技術による戦闘を教え込んで来た。

 また、獣人族の戦闘時における戦闘力の上昇は、呼吸と共に体内に取り込んだ魔素を変換し、無意識の内に《身体強化》を本能的に行っているのではないか?と推測した。
 ならば、無意識でも行使出来ていたそれらをに行える様になれば、ソニア達の戦闘力は劇的に向上するのではないか?と予想したのだ。

 結果としてヒロトの予想は大当たりし、無意識の状態では非常にロスが多く無駄になっていた魔力も、ヒロトが教え鍛えた【玖珂流魔闘術】の訓練を、積極的にソニア達が取り組んで来た事によって、その《身体強化》は格段に向上し、まだまだ拙いながらも段々とその威力を増して来た。

 今、ソニアがその右手をヒーツの顔面へと伸ばせば、その手指はまるで魔獣の顎門の如く、いとも簡単にその顔を ”グシャリ”と噛み砕く事が出来るだろう。

 恐ろしいのは、それ程までの《身体強化》を行っているにも関わらず、それを全くヒーツ達に悟らせていない事だ。つまり、全てはソニア達の体内でのみで行われ、まったく外に漏らしていないという事になる。

 それは、まるで深い密林の中で行われる野生の豹の狩りの様だ。
 野生の豹は、音も無く樹上から忍び寄り、それと気付かせぬまま襲い掛かるのだという。哀れな獲物は、その首に鋭い牙を食い込まされた時に初めて己の悲運を悟るのだ。

 ヒーツとマブーシは気付かない。自分達が超特大の地雷を踏んでしまっている事に。
 そして、気付かないままヒーツは再度その口を開く。

「そう緊張するなよ、大丈夫だ。さっきから俺の仲間が《風属性》の《遮音結界》を張っている。俺達の会話は、ここにいる奴以外、誰にも聞こえてねーから 」
「《遮音結界》?へぇ……、随分準備がいいじゃないか?」

 先程から、魔力波動を帯びた風が、自分達を取り巻くようにゆっくりと渦を巻いていた事は分かっていた。
 だが、今のソニア達にしてみれば、その風が帯びる魔力波動の、魔力操作の稚拙さまで手に取るよう分かってしまう。

 獣人族は魔法が下手だ、と言われるが、それは魔法を使う必要も無く強いからだ。逆に最も”魔力操作に長けている”と言われるのはヒト族だ。
 ヒト族至上主義を唱える国は多いが、実際のところ生物学的に見た場合、ヒト族は下から数えた方が早い。魔力は魔族・エルフ族に負け、身体能力は獣人族に劣る。
 だが、ヒト族は身体能力が弱く寿命が短い分、繁殖能力とを伸ばす事で、イオニディアに於いて最も勢力を拡大する事に成功した種族だ。
 その知恵を以って学問的に魔術を研究し、少ない魔力を効率良く運用する事で、魔法技術を発展させてきたのだ。

 だが、それは世界に満ちる”魔素”が豊富であったから出来たこと。もともと魔力(気)の殆んど無い世界で、それでも尚その技術を磨いて来た【玖珂流】は、魔力操作の鍛錬、技術に於いて更に遥か上を行く。

 その【玖珂流】の正当後継者であるヒロトから、直接調教……、いや訓練を受けているソニア達は、”放出系”と言われる《属性魔法》こそまだまだだが、”強化系”と呼ばれる《魔法》による《身体強化》は元々の魔力との親和性も相まって、それなりのレベルにも達し始めているのだ。

 どの程度、かと聞かれれば、通常で言う《身体強化魔法》に当たる奥義〈四乃牙  ごう 〉だけで無く、その身に魔力(氣)を 纏い、不可視の鎧と化す〈伍乃牙  がい〉までも、不完全ながらも発動出来るまでになって来ている。

 その為、自分達の周りを漂う風に魔力が付与されていても、例えいつ自分達に向かって牙を剥こうと、全く関係無く自信がある所為でここまで余裕なのだ。

 これについて、文字通り”血反吐に塗れて”修行を繰り返して来たヒロトが、理不尽を感じているのは内緒なのだが……。

「当然だろ?こんな話は、本当ならこんな場所でするモンじゃねえしな。で、話の続きだが、俺達は”実績”が欲しい。あと一つデカいヤマを張ればランクを上げられるんでな。その代わりと言っちゃなんだが、手助けをしてやろう、って言ってんのさ 」
 「? アンタ達、さっきから何を訳が分からない事を言ってんのさ?それが、アタイ等の兄貴を”殺すこと”と、どう関係するんだい?」

 最愛の男を殺す、と言われて、冷静でいようにもつい苛立ちが滲み出てしまうソニア。おまけにヒーツが何を言いたいのかがさっぱり分からない。

「そうカリカリしなさんな。言ったろ?この会話は周りには聞こえない。安心してくれていいんだ。”借金”か?それとも家族を”人質”に取られてるのか?大丈夫、俺達はアンタ達のだ 」
「……は? いやいや、何言ってんだいアンタ!?」

 更に訳の分からない事を言い出したヒーツに、益々混乱するソニア達。そのアタフタとした様子を図星と勘違いしたのか、”全部分かってるよ”とでも言いたげなしたり顔のヒーツとマブーシ。

「アンタ等のリーダー、あの黒髪の男は、どうせ貴族か金持ちのボンボンなんだろ?そして、アンタ等にとっての何らかのを握ってる。で、その弱味に付け込んでアンタ達だけに危険な討伐依頼をやらせて、自分だけは安全な場所でレベル上げ、ってところだろ? じゃなきゃあ、たった四人で”オーガの(亜種)なんて危険な魔獣の討伐に挑もうとする訳が無え 」
「………………………… 」

「王都に来て、アンタ等を見た時にピーン!と来たんだ。でなけりゃあが〈ランクB〉になんてなれる訳が無え! ってな? 俺達のメンバーの中にも貴族に酷え目にあわされたヤツが居る。俺達の力になってくれたら、アンタ達が自由になる手伝いをさせてもらうよ。なぁに、依頼の最中なら当然のが冒険者だ。街の外に誘い出してくれさえすれば、俺達で何とかしてやるさ。どうだい?」

「…………………………ぷふっ!」

 ヒーツ達の意図が分からず、黙って話を聞いていたソニア達だったが、余りに見当違いのに、とうとう吹き出してしまう。

「あはははははははははははははははははっ!! 」

「な、なんだよ!何が可笑しいんだ!? 」

 一斉に笑い始めたソニア達に、今度はヒーツ達が訳も分からず目を白黒させる。

「はー……、いや、アンタ等の勘違いが可笑しくてさ…… 」
「勘違い?」
「ああ、アタイ等は何も弱味なんて握られちゃいないよ。むしろ、アタイ達の方から頼んで兄貴にリーダーになってもらったんだ 」

 笑い過ぎて、目尻に溜まった涙を拭いながらソニアはそう答えるが、ヒーツ達は中々それを信じようとしない。

「なあ、嘘を吐かなくていいんだって!俺達は味方だ、って言っただろ?正直に言えって!」
「正直も何も、全部本当の話さ。……アンタ等さ、上を目指すなら、もっと〈魔力操作〉や〈気配察知〉を鍛えた方が良いよ? 兄貴を見て”弱そう”とか、そんなこっちゃあ命がいくつあっても足らないよ?」

 ”やれやれ”といった感じでヒーツとマブーシに向かって忠告をするソニア。実際その通りなのであるが、自分達の”見立て”を真っ向から否定されたヒーツ達は納得出来ずに声を荒げる。
 
「何でだよ!アイツからは強い魔力波動も、他のベテランとかから感じる迫力も何も感じなかったぜ!? 」
「兄貴が言ってたよ。『本当には、そういうモノを一切感じさせない。油断を”させた”時点で勝ちだからな。気を付けろ、どんな強い奴でも背後うしろからとやるだけで殺せるし、んだから』ってね? それが証拠に、アンタ達は気付いていたかい? ここに座った時にはもう、アタイ達が《身体強化》を済ませていた事をさ?」

『『『『『……何っ!!!? 』』』』』

「ハ、ハッタリだっ!」
「デタラメを言うなっ!」
「魔力波動も何も出ていなじゃない!」

 口々に叫ぶ【劔の風】と【剣狼】のメンバー達。

「フッ、やっぱり誰も気付いてなかったね。アタイ等にコレが出来る様に仕込んでくれたのも兄貴なのさ。そんな兄貴を『殺す』?やめときな、兄貴には、アタイ達四人掛かりで挑んでも全然敵わないんだ。けど、そんなアタイ等でも、ここに居るアンタ達全員程度なら……数秒で”皆殺し”に出来るんだよ?」
「…んだと、テメェ等っ!」
「優しくしてやりゃ付け上がりやがって!」
「俺達だって、あと少しで〈ランクC〉なんだぞ! 実力でテメェ等とそんなに違い……は……っ!? 」
「ひぃ…………っ!?」

 ニタリ、と獰猛な笑いを浮かべるソニア達。
 その挑発的な態度に色めき立つ冒険者達だったが、椅子から立ち上がろうとした瞬間に、ソニア達の雰囲気がガラリと変わる。

 ーーゴウゥッ!! ーー

 その表情は笑顔のまま。しかし、今まで体の内側だけに留めていた魔力波動に、殺気を乗せて一気に解放したのだ。

「あ……っ、あぁ…………っ!? 」
「こ、こんな…っ!? 」
「そんなっ!さっきまで魔力波動なんて…全然……っ!? 」

 轟風が叩き付けるが如くにその身を襲った魔力波動と殺気に、ヒーツやマブーシは疎か、他のメンバー達の身体もガクガクと震えるばかりで、金縛りにあった様に動く事が出来ない。
 
 そんな冒険者達の様子にソニアは溜め息をひとつ吐くと、殺気を緩めて一枚の依頼書をテーブルの上に投げ出した。

「まあ、「人殺し」を持ちかけて来た事は忘れてあげるよ、勘違いだったとしても一応アタイ等をしてくれたみたいだからね? それから、あとひとつデカいヤマを張ればランクが上がるんだって?なら、この依頼はアンタ等に譲るよ。じゃあ、アタイ等はコレで失礼するよ、別の依頼を探さなきゃならないんでね。んじゃまあ、頑張って 」

 ヒーツ達は、席を立ち手をヒラヒラとさせながら離れて行くソニア達の後ろ姿を、黙って見送るしか無かった。




『『『『『こ、こ、こ、怖かったぁ~~~~~~~~~~っ!!!? 』』』』』

 ソニア達から放たれた殺気の凄まじさに、ソニア達が去った後も暫くの間身動きも出来なかったヒーツ達だったが、余韻がやっと薄れた頃、全員がテーブルの上にぐたぁ~~~~~~っ!と突っ伏してヘタり込んだ。

「何だ!何なんだよアレ!? 何で〈ランクC〉の奴等があんなスゲェ魔力波動を放てるんだっ!? 」
「ああ、正直俺はココで死ぬのか…?と覚悟したぜ…… 」

 心底疲れた声で誰に対してでも無く愚痴をこぼすヒーツに、今だ震えの治らない掌を握り締めながらマブーシが答える。

「しかも、あいつ等の言う事が本当なら、あいつ等と一緒に居たあの黒髪のリーダーの男は、あいつ等以上のだ、って事だよな?」

「………………………………………… 」

 お互いがお互いの顔を見合わせながら、真っ青になるヒーツとマブーシ。

「「よかった!早とちりして手を出さなくて、本っ当~~~~によかった!! 」

 このヒーツとマブーシ達はヒロトの”暗殺”こそ持ちかけたものの、元来彼等は悪人では無い。
 確かにランク上げの為にソニア達の力を借りようとはしたが、実は彼等はあの”ヒギンズ男爵領”出身で、子供の頃から横暴な貴族や、それらと癒着した悪徳商人の姿を見続けて来た為に、貴族や金持ちに、嫌悪感と、やや歪んだ物の見方をするようになっていた。
 
 そんな時、王都のギルド本部でヒロト達の姿を見掛け、どう見てもヒロトのランクと、逆に強者の雰囲気を持ちながらヒロトに付き従うソニア達の姿を見て、今まで見て来た貴族達と同様に、ソニア達がヒロトに何らかの弱味を握られて、無理矢理危険な事をさせられていると本当に思い込んでいたのだ。

「しかしヒーツ、依頼は譲ってもらったが、コレどうするんだ? 本当に俺達だけで受けるのか?」

 ソニアが置いていった、『大型のオーガ(亜種)の討伐』の依頼書を摘み上げ、ヒラヒラと振ってみせるマブーシ。だが、その顔には明らかに冷や汗が浮かんでいる。

「く……っ! やるしかねぇだろ!」

『『『『『 えーーーーーー……?』』』』』

 椅子から立ち上がり、無理矢理にでも気勢を上げてメンバーを盛り上げようとするヒーツ。

 だが、ランクアップの為に強力な助っ人が出来るかと思っていたのにすっかりアテが外れたばかりか、その相手に散々怖い思いをさせられて、挙句の果てには自分達だけで強力な魔獣の討伐に挑まねばならないとあっては、どうにもメンバー達のテンションは上がらない。

「だ、大丈夫だって!俺達なら大丈夫! 行ける行ける!! な、マブーシ!」
「そ、そうだなヒーツ!皆んな、が、頑張ろうぜ!」

 テンションダダ下がりのメンバーを、必死に盛り上げようとするヒーツ&マブーシだった ーーーー。










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