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4話
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久しぶりの実家の前に馬車が着くと、門番の騎士達がわたしを見て驚いていた。
「オリエ様どうされたのですか?」
突然の帰省だった。
「通してはもらえないかしら?」
とりあえず微笑んでみた。
「も、もちろん大丈夫です、どうぞ」
「ありがとう」
なんとか無事に通れてホッとした。
お父様は仕事で屋敷を空けていたみたいで、さらにホッとした。
お母様はわたしが帰ってきたのを聞いて慌てて出てきてくれた。
「オリエ、会いたかったわ」
「お母様、突然帰ってきて申し訳ございません。少しの間ここに置いていただけないでしょうか?」
「何を言っているの、ここは貴女の家よ。いつまでも居ていいのよ」
涙ぐんでいるお母様をみて、わたしが親不孝しているのだと感じてしまった。
イアン様に愛されることなく側妃を娶られたイアン様。わたしが不甲斐ないから。
「お母様、イアン様と離縁しましたら、この屋敷はすぐに出て行きますのでご迷惑でしょうがよろしくお願いいたします」
お母様はわたしの「離縁」という言葉を聞いて、答えを窮していた。
ーーそうよね、突然離縁なんて……社交界では醜聞になるものね。
わたしは市井で子供達に少しでも関わる仕事をして暮らそうと考えていた。
久しぶりのわたしの部屋。
突然戻ってきたのに綺麗に掃除をしてくれていた。
いつでも戻って来れるようにと、わたしが出て行ったままにしてくれていた。
いつも寝ていたベッド、王太子妃教育を必死で復習した机、厳しい教育が辛くて部屋に篭り泣いた日々、ここは懐かしくもあり辛い日々を思い出される場所でもあった。
「マチルダ、貴女達はお母様にお願いして公爵家に戻れるようにするから安心してね」
「オリエ様、わたしはずっと貴女とご一緒にいます」
「駄目よ、わたしは平民になるのだから。マチルダにはギルがいるのよ」
「ギルはブルダが稼いでくるので育てることはできます、でもオリエ様にはわたししかいないのです。ギルと二人でおそばにいます」
「そっかあ、わたしには誰もいないのね」
ーーわたしには仲の良い友人も数人しかいない。
あまりにも忙しい学生時代、ゆっくりと誰かと話す時間もなかった。
「…っあ、いえ、そんなことありません」
マチルダは間違えたと慌てて言い直した。
ーーわたしって公爵令嬢でも王太子妃でもなくなったら、何も残らないのよね
「マチルダ、久しぶりに騎士団に顔出そうかしら?」
「おやめください!」
「あら、結婚して封印していたのよ、クローゼットにまだわたしの騎士服あるかしら?」
クローゼットの中を覗くと、奥の方に隠れて置いてあった。
「あった!久しぶりね、懐かしいわ」
わたしは王太子妃になることが決まっていたので令嬢として厳しい教育を受けてきた。
でも本当はお父様のような近衛騎士になりたかった。
お父様は近衛騎士団長として常に王宮を守っている。
我が家の公爵家の騎士団の団長もお父様がしている。
お兄様は公爵家の騎士団の副団長としてお父様の補助をなさっている。
わたしも王太子妃よりも騎士団に入り騎士になりたかった。
剣を握りみんなを守りたかった。
でも小さい頃に、陛下から婚約者として選ばれてしまった。
イアン様にとって5歳も年下のわたしのことなんか、異性としてみてもらえなかった。
わたしは、妹として可愛がってもらっていた、それでもいいと思っていた。
でも……イアン様が学園でいつも女の人に囲まれているのを中等部にいるわたしは何度も目撃してしまっていた。
そしてジーナ様と仲睦まじく二人で過ごす姿を見てしまった。
あの時、わたしはイアン様に恋をしていたのだと気づいてしまった。
それまでは婚約者というより兄のように慕っていた。
だからたくさんの女性に囲まれていても、イアン様って「おモテになるのね」くらいしか思っていなかった。
なのにイアン様がジーナ様を見つめる優しい顔、二人でいる時の楽しそうな姿を見てショックを受けた。
ーーどうしてこんなに苦しいの?
ーー何故涙が出るの?
自分の恋心に気がついたのと同時にわたしは失恋してしまった。
それでも、公爵家から婚約解消を申し出ることはできない。特にお父様は絶対許してくださらない。
男の浮気くらいで婚約解消などできるわけがないだろう!
そう言われるのはわかっている。
だってお父様は、陛下達王族を守るためにいるのだもの。
わたしのことなんか……
もう考えるのはやめよう。
わたしは唯一の大好きなこと……
今は剣を振り、楽しいことをして過ごそう。
◇ ◇ ◇
「バーグル卿、オリエが実家に帰ってしまった」
俺はオリエの父親を呼び出した。
「娘が?」
バーグル卿はあまり感情を表に出さない。
今も何を考えているのかわからない。
「早くブルーゼ公爵家を始末しなければ、オリエが俺と離縁してしまう」
「自業自得です」
「わかっている、公爵家の中なら簡単に命を狙われることはない。王宮と同じくらい安全だ」
「王宮なんかより我が公爵家の方が安全です、毒を盛られることもありませんし」
「……そ、そうだな」
「ジョセフィーヌ様ととても仲がよろしいみたいですのでそのままの関係を続けられればよろしいのでは?」
「あれは、演技だ!伝えているだろう!」
「そうは見えませんがね」
ーージョセフィーヌに恋人がいることを知っているのはごく僅かな人間だけ。
バーグル卿には伝えていなかった。
「はあ~、バーグル卿にも本当のことを伝えるよ。これはほとんど知られていないのだが……」
ジョセフィーヌに恋人がいること、いずれ離縁して二人を再婚させようと考えていることを伝えた。
「オリエはたぶん貴方のことをなんとも思っていないと思いますよ」
ーーわかってる、俺が好かれるわけがないこと。
オリエは俺が浮気していたことも知っている。
それでも王命で無理やり嫁いだ。
そしてオリエを抱くこともできず、お飾りの王太子妃にしてしまった。さらに命を狙われて、今度は俺に側妃まで娶らされた。
好かれる要素なんてどこにもない。
オリエが王宮で、「お飾りの王太子妃」や「愛されない妃」と揶揄されているのもわかっていた。
俺がきちんと彼女に本当のことを伝えて、愛を乞えばここまで拗れることもなかった。
でも……俺はオリエが好き過ぎて、素直になれない。
それに彼女の命を狙う奴らを、そしてその周りにいるハエも全て消し去らなければ安心してオリエに俺の横に置くことはできない。
ーー離縁される前にアレらを早く始末しなければ。
◇ ◇ ◇
「ジョセフィーヌ、君を愛している」
「イアン様わたくしもです」
俺は今夜も夜会にジョセフィーヌを連れて出掛けた。
ジーナは、オリエには敵対心をあれだけ持っているのに、ジョセフィーヌには何もしてこようとしない。
それは俺がいくら夢中になっていても側妃ではなんの価値もないと思っているのだろう。
ジーナはオリエを蹴落として王太子妃、いずれはこの国の王妃として俺の横に立ちたいと思っているのだ。
だから、俺は今日もオリエなど興味がない、とジーナに勘違いさせて、オリエのいないつまらない夜会を過ごす。
ジョセフィーヌは、ダンスを踊りながら耳元で囁く。
「イアン様、あそこに居るジーナ様の気持ち悪い視線、よく耐えられますわね。わたくし毎回気持ちが悪くて」
「アレを排除しなければ俺はオリエと安心して過ごせないんだ、もうしばらく演技を続けてくれ」
「もちろんですわ、わたくしと彼の未来がかかっております。さっさとアレを排除しましょう、暗殺者を差し向けましょうか?それとも強姦させてわたくしの国の娼館にでも売りましょうか?」
「アレだけを排除してもまだクソ親がいる、さらにその周りには小蠅がたくさん居るんだ、全て叩き潰さなければ安心できない」
「ではイアン様、のんびりなさらないで急ぎましょう。オリエ様がどこかへ逃げてしまいますわよ」
「それだけは何があっても絶対に阻止してやる」
俺はジョセフィーヌににこりと微笑んだ。
「オリエ様どうされたのですか?」
突然の帰省だった。
「通してはもらえないかしら?」
とりあえず微笑んでみた。
「も、もちろん大丈夫です、どうぞ」
「ありがとう」
なんとか無事に通れてホッとした。
お父様は仕事で屋敷を空けていたみたいで、さらにホッとした。
お母様はわたしが帰ってきたのを聞いて慌てて出てきてくれた。
「オリエ、会いたかったわ」
「お母様、突然帰ってきて申し訳ございません。少しの間ここに置いていただけないでしょうか?」
「何を言っているの、ここは貴女の家よ。いつまでも居ていいのよ」
涙ぐんでいるお母様をみて、わたしが親不孝しているのだと感じてしまった。
イアン様に愛されることなく側妃を娶られたイアン様。わたしが不甲斐ないから。
「お母様、イアン様と離縁しましたら、この屋敷はすぐに出て行きますのでご迷惑でしょうがよろしくお願いいたします」
お母様はわたしの「離縁」という言葉を聞いて、答えを窮していた。
ーーそうよね、突然離縁なんて……社交界では醜聞になるものね。
わたしは市井で子供達に少しでも関わる仕事をして暮らそうと考えていた。
久しぶりのわたしの部屋。
突然戻ってきたのに綺麗に掃除をしてくれていた。
いつでも戻って来れるようにと、わたしが出て行ったままにしてくれていた。
いつも寝ていたベッド、王太子妃教育を必死で復習した机、厳しい教育が辛くて部屋に篭り泣いた日々、ここは懐かしくもあり辛い日々を思い出される場所でもあった。
「マチルダ、貴女達はお母様にお願いして公爵家に戻れるようにするから安心してね」
「オリエ様、わたしはずっと貴女とご一緒にいます」
「駄目よ、わたしは平民になるのだから。マチルダにはギルがいるのよ」
「ギルはブルダが稼いでくるので育てることはできます、でもオリエ様にはわたししかいないのです。ギルと二人でおそばにいます」
「そっかあ、わたしには誰もいないのね」
ーーわたしには仲の良い友人も数人しかいない。
あまりにも忙しい学生時代、ゆっくりと誰かと話す時間もなかった。
「…っあ、いえ、そんなことありません」
マチルダは間違えたと慌てて言い直した。
ーーわたしって公爵令嬢でも王太子妃でもなくなったら、何も残らないのよね
「マチルダ、久しぶりに騎士団に顔出そうかしら?」
「おやめください!」
「あら、結婚して封印していたのよ、クローゼットにまだわたしの騎士服あるかしら?」
クローゼットの中を覗くと、奥の方に隠れて置いてあった。
「あった!久しぶりね、懐かしいわ」
わたしは王太子妃になることが決まっていたので令嬢として厳しい教育を受けてきた。
でも本当はお父様のような近衛騎士になりたかった。
お父様は近衛騎士団長として常に王宮を守っている。
我が家の公爵家の騎士団の団長もお父様がしている。
お兄様は公爵家の騎士団の副団長としてお父様の補助をなさっている。
わたしも王太子妃よりも騎士団に入り騎士になりたかった。
剣を握りみんなを守りたかった。
でも小さい頃に、陛下から婚約者として選ばれてしまった。
イアン様にとって5歳も年下のわたしのことなんか、異性としてみてもらえなかった。
わたしは、妹として可愛がってもらっていた、それでもいいと思っていた。
でも……イアン様が学園でいつも女の人に囲まれているのを中等部にいるわたしは何度も目撃してしまっていた。
そしてジーナ様と仲睦まじく二人で過ごす姿を見てしまった。
あの時、わたしはイアン様に恋をしていたのだと気づいてしまった。
それまでは婚約者というより兄のように慕っていた。
だからたくさんの女性に囲まれていても、イアン様って「おモテになるのね」くらいしか思っていなかった。
なのにイアン様がジーナ様を見つめる優しい顔、二人でいる時の楽しそうな姿を見てショックを受けた。
ーーどうしてこんなに苦しいの?
ーー何故涙が出るの?
自分の恋心に気がついたのと同時にわたしは失恋してしまった。
それでも、公爵家から婚約解消を申し出ることはできない。特にお父様は絶対許してくださらない。
男の浮気くらいで婚約解消などできるわけがないだろう!
そう言われるのはわかっている。
だってお父様は、陛下達王族を守るためにいるのだもの。
わたしのことなんか……
もう考えるのはやめよう。
わたしは唯一の大好きなこと……
今は剣を振り、楽しいことをして過ごそう。
◇ ◇ ◇
「バーグル卿、オリエが実家に帰ってしまった」
俺はオリエの父親を呼び出した。
「娘が?」
バーグル卿はあまり感情を表に出さない。
今も何を考えているのかわからない。
「早くブルーゼ公爵家を始末しなければ、オリエが俺と離縁してしまう」
「自業自得です」
「わかっている、公爵家の中なら簡単に命を狙われることはない。王宮と同じくらい安全だ」
「王宮なんかより我が公爵家の方が安全です、毒を盛られることもありませんし」
「……そ、そうだな」
「ジョセフィーヌ様ととても仲がよろしいみたいですのでそのままの関係を続けられればよろしいのでは?」
「あれは、演技だ!伝えているだろう!」
「そうは見えませんがね」
ーージョセフィーヌに恋人がいることを知っているのはごく僅かな人間だけ。
バーグル卿には伝えていなかった。
「はあ~、バーグル卿にも本当のことを伝えるよ。これはほとんど知られていないのだが……」
ジョセフィーヌに恋人がいること、いずれ離縁して二人を再婚させようと考えていることを伝えた。
「オリエはたぶん貴方のことをなんとも思っていないと思いますよ」
ーーわかってる、俺が好かれるわけがないこと。
オリエは俺が浮気していたことも知っている。
それでも王命で無理やり嫁いだ。
そしてオリエを抱くこともできず、お飾りの王太子妃にしてしまった。さらに命を狙われて、今度は俺に側妃まで娶らされた。
好かれる要素なんてどこにもない。
オリエが王宮で、「お飾りの王太子妃」や「愛されない妃」と揶揄されているのもわかっていた。
俺がきちんと彼女に本当のことを伝えて、愛を乞えばここまで拗れることもなかった。
でも……俺はオリエが好き過ぎて、素直になれない。
それに彼女の命を狙う奴らを、そしてその周りにいるハエも全て消し去らなければ安心してオリエに俺の横に置くことはできない。
ーー離縁される前にアレらを早く始末しなければ。
◇ ◇ ◇
「ジョセフィーヌ、君を愛している」
「イアン様わたくしもです」
俺は今夜も夜会にジョセフィーヌを連れて出掛けた。
ジーナは、オリエには敵対心をあれだけ持っているのに、ジョセフィーヌには何もしてこようとしない。
それは俺がいくら夢中になっていても側妃ではなんの価値もないと思っているのだろう。
ジーナはオリエを蹴落として王太子妃、いずれはこの国の王妃として俺の横に立ちたいと思っているのだ。
だから、俺は今日もオリエなど興味がない、とジーナに勘違いさせて、オリエのいないつまらない夜会を過ごす。
ジョセフィーヌは、ダンスを踊りながら耳元で囁く。
「イアン様、あそこに居るジーナ様の気持ち悪い視線、よく耐えられますわね。わたくし毎回気持ちが悪くて」
「アレを排除しなければ俺はオリエと安心して過ごせないんだ、もうしばらく演技を続けてくれ」
「もちろんですわ、わたくしと彼の未来がかかっております。さっさとアレを排除しましょう、暗殺者を差し向けましょうか?それとも強姦させてわたくしの国の娼館にでも売りましょうか?」
「アレだけを排除してもまだクソ親がいる、さらにその周りには小蠅がたくさん居るんだ、全て叩き潰さなければ安心できない」
「ではイアン様、のんびりなさらないで急ぎましょう。オリエ様がどこかへ逃げてしまいますわよ」
「それだけは何があっても絶対に阻止してやる」
俺はジョセフィーヌににこりと微笑んだ。
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