上 下
48 / 53

47話

しおりを挟む
陛下と王妃の二人が優雅に座ってわたしを見下ろしている。わたしは久しぶりに令嬢としての挨拶をした。

「国王陛下、王妃様にご挨拶申し上げます」

カーテシーをしてしっかりと頭を下げた。
声が掛かるまで下を向いたまま。

「顔を上げなさい」
陛下の声にやっとわたしは頭を上げた。

目の前にいるのは元義父と義母でもあった人。
思い出すのは「子供はまだか?」「あなたがもっとイアンに寄り添うべきなのよ」などと言われ続けた言葉ばかり。

「久しぶりだな」

「ご無沙汰しております」
わたしは続けたい言葉もなく言われたことに返すことしかしない。
一瞬にして感情すら消えた。
この王宮も二人の纏う空気も嫌なことしか思い出さない。
イアン様とジョセフィーヌ様が仲良く寄り添う姿。それを優しく見守る陛下と王妃。

王太子妃の仕事も必要ないと言われた。

何もない。
愛も優しさも。そして唯一残っていた仕事すら。

わたしは一人離宮で何も見ないように何も感じないように過ごしてきた。それが全てわたしのためだった?

違う、あれは演技なんかではない。
わたしのためにイアン様が動いてくれたことだとしても、も真実なのだ。

陛下と王妃が何か話しかけている。
わたしの耳には何も入ってこない。

時折り相槌をうち、微笑む。

わたしの心には何も入ってはこない。

ーーあー、ここはわたしがいるべき所ではない。

ぐらぐらと頭が回る、気持ちが悪い。

吐きそう。

そしてわたしはお兄様の上着を掴み

「お兄様……助け…て」
と言うとそのまま意識を手放した。

ーーーーー

「オリエ?」
オリエが俺にしがみついてきた。
いや、真っ青な顔をして倒れた。

「大丈夫か?」
様子は確かにおかしかった。

陛下達に対する態度は、あれだけ可愛がってもらって親しかったのに、笑顔は作り笑いで返事も曖昧。

どんなに優しくお二人が話しかけても、オリエの反応は「はい」しか言わない。

おかしいと思い、オリエの顔を見ようとしたら俺の上着を掴み、

「お兄様……助け…て」
と言うとオリエはそのまま意識を手放したのだ。

「陛下、申し訳ございません。オリエを連れ出しても宜しいでしょうか?」
ぐったりしたオリエを横抱きに抱えて、手を口に当て驚いて青ざめている母上と共に、お二人の前から立ち去る許可を口にした。

「もちろんだ、すぐ部屋を用意して医師をよこそう」

「いえ、大丈夫です、このまま父上の部屋へ連れて行きます。医師は騎士団の方で手配いたします」

俺はキッパリと断った。

オリエはお二人に会って昔の辛い記憶を思い出したのだと気がついた。
ならば二人から手配してもらった部屋も医師も不要。

王宮にある父上の部屋に連れていくのが一番だと思った。

父上は筆頭公爵でありこの国のトップの近衞騎士団団長でもある。
その部屋に連れていくと、すぐにベッドに寝かせた。

ブルダが急ぎ医師を呼んできて、オリエの診察をしてもらう。

俺と母上はオリエのそばで診察の様子を見ていた。

窮屈なドレスをマチルダが脱がせて、着替え用に用意していたワンピースに着替えさせていたのだが、肩の所にまだ消えていない大きな傷痕が残っていた。

医師が診察をしながら俺たちに言った。
「オリエ様は何ヶ所か大きな切り傷の痕がございます」

「……オリエの怪我はかなり酷かったんだな」
話には聞いていた。オリエが騎士になりたての時に反乱者達との戦いで大怪我をしたこと。
寸前の所イアン様が助けに入ったこと。

騎士になれば女だろうと怪我をするのは仕方がない。だがオリエは、騎士かもしれないが俺にとっては可愛い妹でしかない。

その可愛いオリエの体に傷痕がある。そして精神的に傷つき倒れた。

マチルダは、オリエが王宮でどんなふうに暮らしたか話して聞かせてくれた。

お二人に愛されて優しくされていたと思っていたのに、オリエは精神的に追い詰められていた?
仕事すら取り上げられて本当のお飾りの王太子妃だった?

俺が思っていた生活とはあまりにもかけ離れていた。

辛く寂しい暮らしをここではしていたのだ。

俺は寝かせていたほうがいいと言われたが、この王宮から出してやりたかった。
医師にお礼を言うと

「ブルダ、馬車を急ぎ回してくれ、オリエを連れて屋敷に帰る。屋敷でゆっくりとさせてやりたい」

ブルダも俺の気持ちと同じだったのだろう。

「急いで用意しますので少しだけお待ちください」

ブルダは走って部屋を出た。

「母上、俺の我儘でオリエを動かします」

母上は首を縦に振り頷いた。

「オリエを連れて帰りましょう、早くここから出すのがこの子にとって一番のはずよ」

俺たちの態度は陛下達に対して不敬だと思われることだろう。

だが陛下や王妃なんか知ったことではない。

文句があるならいくらでも受けて立つ。
それでも納得しないなら、俺たちはオリエを連れてこの国から出ればいい。
オリエを蔑ろにした、いや俺も同じだが……こんな国どうなってもいい。


◇ ◇ ◇

俺の耳に突然入ってきた連絡。

「オリエが登城していた?そして倒れた?」

どう言うことか側近に説明させた。

「父上と母上がオリエを呼び出した?なんのために?」

この王宮はオリエにとってはいい思い出なんかない。

俺がオリエを虐げてきたのだから。

ジョセフィーヌとの仲をみせつけ、腰に手をやり仲睦まじく過ごした。
オリエに優しく話しかけることなんかしなかった。
それがオリエを守る唯一だと思っていた。

馬鹿なことしかしていない。
父上と母上も俺がオリエを突き放していることを知っていた。
何度もその態度をやめるように言われたが俺はこれが最善だと思っていたし、オリエに正面から向き合えないほど拗れていた。

だから陛下達は、オリエから俺に向き合うようにと言っていた。
オリエからしたらいわれのない言葉だっただろう。

「オリエは?」

「公爵の部屋で医師の診察を受けています」

「そうか……少しだけ様子を見てくる」

会えるとは思っていない、自分で確認だけしたかった。

公爵の部屋へ行くと、騎士が数人立っていた。

「オリエは?」

俺の言葉に頭を下げて

「診察中です」と、無表情で答えた。
ここにいる者達にとってオリエは守るべき主なのだろう。俺は、オリエに酷いことをした元夫でしかない。

ここでの今の俺は、元夫。
オリエにとって害でしかない。

「誰か中にいるオリエの様子を聞いてきてくれないか?」

「………分かりました」

嫌々中に入る騎士。

お前達、俺に対して不敬だぞ!
普段ならそう思う態度。だが今の俺はオリエの様子をどうしても知りたかった。


しばらく部屋の外で待っていると

「オリエ様は屋敷に帰られるそうです」
としか言わない。

「体調は?」

「ライル様が……こんな王宮に置いていたら良くなるものも悪くなるだけだ、早く連れて帰る!と言っております」

騎士はまた無表情で答えた。

「あまり良くないのだな、わかった」

俺に会わせるつもりなんてないのだろう。もちろん会えるなんて思ってもいない。

俺はその足で父上と母上のもとへ行った。




しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

野良烏〜書捨て4コマ的SS集

BL / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:1

長生きするのも悪くない―死ねない僕の日常譚―

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:596pt お気に入り:1

覚悟はありますか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:797

貴方の子どもじゃありません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:27,023pt お気に入り:3,881

貴方といると、お茶が不味い

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,739pt お気に入り:6,806

「欠片の軌跡」②〜砂漠の踊り子

BL / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:7

処理中です...