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第七話 噂が流れ始めました
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最初にそれにきづいたのは、いつもなら無駄口をきかない当家の門番に心配そうに声を掛けられたからだった。
「お嬢様、最近おかわりございませんか」
「そんなことないわよ?」
そうですか……、と、不安そうな目ではあるが、どこか好奇心が勝る探るような視線で見られたその時はまだ意味が分からずにいた。
密やかに、しめやかに、自分とセリス殿下の不仲なことが流布し始めていたのに気づいたのはすぐ後のこと。
それと同時に、エレーナ嬢とセリス殿下の仲も。エレーナ嬢の名前が表立っては出ていないけれど、薄々誰のことか匂わせるように。
きっとセリス殿下のことだからこっそりエレーナ嬢とは隠れて会っているつもりでも、どこか隙があったのだろう。
お忍びで出歩いているとしても、護衛が一緒にいたり、飲み物1つ飲む時でも育ちの良さが出てしまったり。
そういう些細な不似合いさがあると、かえって人目を引くことを、生まれた時から王太子として、守られて育っている彼は知らない。
そして私が王宮に顔を出さなくなり、セリス殿下と同席することも、公務をすることもなくなったので、それが噂に信ぴょう性を増したはずだ。
幸い私とセリス様が婚約していることは知らない人はいないくらい有名だ。彼にくっついてあちこちに出歩いているし、そして単独で公務を行っていることもあって顔も広い。
この場合、非難されるのはどちらだろうか。
そろそろか、と私の方も覚悟を決めた。
「お父様、少々お名前をお借りしてもよろしいでしょうか」
あの日、セリス様から婚約解消の話をされたことを話した日から、父とはあまり話していなかった。
父からしても私にどのように応対したらいいか、距離を計りかねていたのだろう。
こういう時に母が傍にいたらどんな風だったかとも思うが、ややこしくなるだけなので、私は母には話をしていなかったと思う。
セリス様は父に話せとしか言っていなかったし。
私が王太子と婚約してからほぼ家族で王都で過ごすようになり、慣れない生活で母が体調を崩してしまった。
その分、領地に戻った母が父に代わって領地を色々と見て回っていて、父が王都で私の側にいたり事業を行っているので、普通の公爵家とは状況が違うかもしれない。
しかし、父には特別甘やかされることも、厳しくされることもないが、愛されていると思う。
子供にとって、親がもっとも身近な夫婦の在り方だろう。それならば、私の理想であり、基準は両親である。
夫婦共にいられなくても、お互いが支えあって労わりあっていられるのが夫婦だと思うのは、両親を見ていて感じていた。
「……好きにしなさい」
理由も話さないのに、父はあっさりと許可してくれた。
それに彼からの信頼を感じて嬉しい。そして、もう子供ではないから責任をとれるでしょう、というプレッシャーも同時に感じた。
男爵の娘を王太子妃として迎えたいと、セリス殿下に言われたということは、たかだか男爵家に公爵家が喧嘩を売られたととってもいいだろう。拡大解釈かもしれないけれど、そうしたいからそうする。
そして、我がガリータ公爵家。
所領は王都にほど近く、王都の経済にも影響を与えている家。
良質な木が取れる森を有し、その販売益だけでなく、加工する技術も領地を支える収入源だ。他にもさまざまな産業があるが、特にこの木というのはどこぞの男爵様が所有されている、高級家具を作成するという事業に不可欠なもので。
お父様の名の元に、原材料の取引を強引に全面的に停止させてしまう。
それだけでなく、かの家と取引をしている運搬業者にも声をかけて、こちらの仕事を依頼をして。力のある公爵家から声をかけられたということだけでも名誉だから、瞬く間に業者はダリオ男爵家と手を切ってしまった。
珍しくもない嫌がらせと兵糧攻めだろう。悪役のようだなぁと自分でも思うが、ここまですれば、ガリータ公爵家からダリオ男爵家への悪意は通じるだろう。
そして――。
「ラナ! お前、セリス殿下に婚約破棄されたって聞いたのだけれど本当なのか!?」
朝、出ていったばかりの兄が、仕事を放り出して突然帰ってきた。
「お嬢様、最近おかわりございませんか」
「そんなことないわよ?」
そうですか……、と、不安そうな目ではあるが、どこか好奇心が勝る探るような視線で見られたその時はまだ意味が分からずにいた。
密やかに、しめやかに、自分とセリス殿下の不仲なことが流布し始めていたのに気づいたのはすぐ後のこと。
それと同時に、エレーナ嬢とセリス殿下の仲も。エレーナ嬢の名前が表立っては出ていないけれど、薄々誰のことか匂わせるように。
きっとセリス殿下のことだからこっそりエレーナ嬢とは隠れて会っているつもりでも、どこか隙があったのだろう。
お忍びで出歩いているとしても、護衛が一緒にいたり、飲み物1つ飲む時でも育ちの良さが出てしまったり。
そういう些細な不似合いさがあると、かえって人目を引くことを、生まれた時から王太子として、守られて育っている彼は知らない。
そして私が王宮に顔を出さなくなり、セリス殿下と同席することも、公務をすることもなくなったので、それが噂に信ぴょう性を増したはずだ。
幸い私とセリス様が婚約していることは知らない人はいないくらい有名だ。彼にくっついてあちこちに出歩いているし、そして単独で公務を行っていることもあって顔も広い。
この場合、非難されるのはどちらだろうか。
そろそろか、と私の方も覚悟を決めた。
「お父様、少々お名前をお借りしてもよろしいでしょうか」
あの日、セリス様から婚約解消の話をされたことを話した日から、父とはあまり話していなかった。
父からしても私にどのように応対したらいいか、距離を計りかねていたのだろう。
こういう時に母が傍にいたらどんな風だったかとも思うが、ややこしくなるだけなので、私は母には話をしていなかったと思う。
セリス様は父に話せとしか言っていなかったし。
私が王太子と婚約してからほぼ家族で王都で過ごすようになり、慣れない生活で母が体調を崩してしまった。
その分、領地に戻った母が父に代わって領地を色々と見て回っていて、父が王都で私の側にいたり事業を行っているので、普通の公爵家とは状況が違うかもしれない。
しかし、父には特別甘やかされることも、厳しくされることもないが、愛されていると思う。
子供にとって、親がもっとも身近な夫婦の在り方だろう。それならば、私の理想であり、基準は両親である。
夫婦共にいられなくても、お互いが支えあって労わりあっていられるのが夫婦だと思うのは、両親を見ていて感じていた。
「……好きにしなさい」
理由も話さないのに、父はあっさりと許可してくれた。
それに彼からの信頼を感じて嬉しい。そして、もう子供ではないから責任をとれるでしょう、というプレッシャーも同時に感じた。
男爵の娘を王太子妃として迎えたいと、セリス殿下に言われたということは、たかだか男爵家に公爵家が喧嘩を売られたととってもいいだろう。拡大解釈かもしれないけれど、そうしたいからそうする。
そして、我がガリータ公爵家。
所領は王都にほど近く、王都の経済にも影響を与えている家。
良質な木が取れる森を有し、その販売益だけでなく、加工する技術も領地を支える収入源だ。他にもさまざまな産業があるが、特にこの木というのはどこぞの男爵様が所有されている、高級家具を作成するという事業に不可欠なもので。
お父様の名の元に、原材料の取引を強引に全面的に停止させてしまう。
それだけでなく、かの家と取引をしている運搬業者にも声をかけて、こちらの仕事を依頼をして。力のある公爵家から声をかけられたということだけでも名誉だから、瞬く間に業者はダリオ男爵家と手を切ってしまった。
珍しくもない嫌がらせと兵糧攻めだろう。悪役のようだなぁと自分でも思うが、ここまですれば、ガリータ公爵家からダリオ男爵家への悪意は通じるだろう。
そして――。
「ラナ! お前、セリス殿下に婚約破棄されたって聞いたのだけれど本当なのか!?」
朝、出ていったばかりの兄が、仕事を放り出して突然帰ってきた。
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