夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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「……じゃあ来週」
「だめ、今」
「……バッテリーたぶん切れた」

 晴也が見え透いた嘘でぐずっていると、ミチルが横からスマートフォンをテーブルの上に滑らせてきた。画面にはQRコードが表示されている。

「俺も登録してっ」
「はーい」

 ショウは軽いノリになって、ピロンと音を立てて撮影する。

「ハルちゃん、登録はさせてやれよ、ブロックするって手もあるぞ」

 ミチルに言われて、晴也はなるほどと思いスマートフォンを鞄から出した。ショウが芝居がかって手を額にやる。

「ブロック前提で登録するんだ……」
「ブロックするかどうかはショウさんの態度次第だ」

 晴也はスマートフォンをショウのほうに押しやる。もう一度ピロンと軽い音がした。

「よっしゃ、今日は大収穫だ」

 それでもショウは嬉しげに晴也のデータを登録して、晴也のスマートフォンもブルッと震えた。「吉岡晶が友だちになりました」というメッセージが出ている。ミチルがうわっ、と言って笑う。

「ショウの本名が普通過ぎて草」
「みちおさんも普通じゃないですか!」

 晴也はついでにミチルともデータを交わす。「樫原かしはら美智生みちおが友だちになりました」の文字を見て、確かに普通だと思う。

「ハルちゃんは本名も可愛いなあ」
「意味分かりません」
「でもアイコンが可愛くない」

 ミチルこと美智生が言うと、ショウこと晶も確かに、と笑った。何も設定していないのだ。美智生は昔飼っていた猫、晶は実家にいるという犬をアイコンにしていた。二人してもふもふ好きか、と晴也は鼻で笑いそうになった。

「ハルちゃんも動物をアイコンにしろ、俺たちグループLINEしたら動物会議になって視覚的に面白いから」

 美智生がやたらにハイテンションになり、晶までバカ受けする。晴也は何が面白いのかさっぱりわからず、溜め息をついた。

「今すぐ! アイコンを動物にするんだ!」
「ミチルさん酔ってるでしょ、さっきから意味不明過ぎ」

 晴也は馬鹿馬鹿しい展開に泣きそうになった。せっかく良い舞台を見て爽やかな気分になっていたのに、何故LINEの友だちをいきなり増やして、アイコンまで変更しないといけないのか。
 晴也はふと、全く逃げない雀を不思議に思って、通勤途中に撮影したことを思い出した。仕方なく画像のフォルダからその写真を探し出し(と言っても滅多に写真を撮らないので、すぐに見つかった)、アイコンに設定してみた。二人の男が騒ぐ。

「あっ! 可愛い! ハルちゃんっぽい」
「ほんとだ、小鳥とか最高」

 晴也は何も面白くないのに、自分のアイコンで楽しまれて、納得いかない感じが半端ない。美智生は笑いながらトイレに立った。

「ハルさん、ダンス楽しかった?」

 ショウはクラッカーをかじりながら訊いてきた。晴也はうん、まあ、と、彼と目を合わせずに答える。とても楽しかったと答えればいいのに、と自分でも思う。

「ショウさん……クラシックバレエやってた?」

 晴也が訊くと、沈黙が落ちた。顔を上げ、ショウが笑いを消して自分を見つめているのに気づき、何か悪いことを言ったかとぎくりとなる。

「俺の実家ってバレエ教室なんだ、高2の夏までびっちり仕込まれた」

 ああ、やっぱり。晴也は自分の勘が当たっていたことと、ショウのノーブルなダンスに相応ふさわしい経歴だということが何となく嬉しくて、つい頬が緩んだ。彼は少し首を傾ける。

「どうしてそう思った?」
「え……脚の運び方とかマイムが……」

 晴也の返事に、なるほど、とショウは小さく言った。何となく淀む空気に耐えられなくなり、つい謝る。

「……気に障ったならごめんなさい、でも俺クラシックベースのショウさんのダンス好きだ」

 ああ、とショウは声を明るいものにした。そして目を細め、笑う。うっかり好きだなんて口にして、しくじったと晴也は視線を外す。

「勘違いすんなよ、あんたが好きなんじゃなくって、あんたのダンスの話だから」

 晴也は下手な言い訳だと自分でも思う。芸事に生きている人は、その芸事がその人そのものだというのに。
 晴也がごちゃごちゃ考えているのを読んだかのように、ショウはまたとろけ目の顔になっていた。……そんな顔すんな、ムカつく。あざといんだよてめぇは。イケメンがそんな顔したら、みんな胸キュンになるって分かってやってるだろうが。
 晴也の胸の内の罵詈雑言には、やや力が無かった。
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