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extra track 飼い主が不機嫌なので手を尽くす文鳥(俺)
17:00①
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ショッピングモールのシネコンで、観たい映画が見つからなかったのは、まだ日の高いうちからこんな場所にしけこむ理由になった。晴也はセーラー服を着たまま、キングサイズのベッドの隅に座り、晶に凭れかかられていた。
傍に持ってきたティッシュの箱から2枚紙を抜き、晴也は溢れてくる涙を拭う。
「ハルさんは泣き虫だな」
そう言う晶の頭を、晴也は軽く押しやった。
「こんな悲劇的な幕切れに泣かないおまえは冷血か?」
「良い映画だよ、バーンスタインが天才だって実感できるし、全然古臭くないし、出演者たちがみんなやっぱり良く似合ってる」
晶は「ウェスト・サイド・ストーリー」の、ベルナルド役のアンダースタディを務めたことがあると、初めて教えてくれた。実際に舞台に立ったのは、シャーク団のその他大勢の1人としてだったらしいが、ベルナルドの出る場面だけでなく、隅から隅まで歌も振り付けも覚えたという。だから、あらためて映画を観ても、変に冷静になってしまうようだった。
「……他の映画でも良かったのに」
「いやいや、ハルさんが楽しめたならいいよ……ラブホのでかいテレビでミュージカル観るのも乙なもんだな、飲み物も無料だし」
晶もラブホテルを使うのは、高校生の時以来で、昔は部屋の設備がこんなに充実していなかったという。
しかし、ウェスト・サイドのどの場面でもたぶん踊れるとは、どういうことなんだ? 晴也はおねだりを思いつく。
「吉岡先生、私どこか踊って欲しいんですけど、適当にビデオ止めた場面チャレンジとかどうですか?」
晶は晴也の顔を見て、へらっとした笑顔になった。
「福原さんの頼みだと断れないなぁ、できたらシャークスの場面で止めてくれる?」
「はぁい、わかりましたぁ」
晴也は自分がおバカになった気がしつつ、目を閉じてリモコンの早送りキーをぽちぽち押した。そして目を開き再生すると、上手い具合にこの映画の屈指の名場面が始まった。
ベッドから身軽に降りた晶は、晴也のほうにくるりと振り返り、予想外の行動に出る。
「Puerto Rico……you lovely island……」
晶は裏声でアニタのパートを歌い出した。画面の中のリタ・モレノのように、腰に手を当てて流し目になりながら。晴也はわくわくして、思わずはしゃいで拍手する。
音楽がリズムインすると、晶はバスローブの裾を持ち上げる。女たちがスカートの裾を持ち踊るのをなぞるので、晴也は爆笑した。
「この場面って基本舞台じゃ女の子しか出ないんだ」
「だからって今ショウさんがアニタでなくていいだろ!」
それでも腰をしならせて脚を高く上げる晶は、女の踊り方をしていた。綺麗に化粧してドレスを着れば、女性として通用しそうだ。
「それ、ルーチェでやって!」
「優さんと威さんは嫌がるよぉ~」
晶が音楽に合わせて言うのがまた可笑しい。場面がダンスパートになり、晶が踊ってハンドクラップするのに、晴也は合流した。狭い場所で軽やかに踊る晶が、いかがわしい部屋の中を陽気に変貌させる。
音楽が終わろうとする時、晶はいきなり晴也の手を引いた。そして自分のほうに引き寄せ、しゃがみこむ。脚を抱えられたと思うと身体が浮いたので、晴也はええっ! と叫んだ。
「はいっポーズ決めて!」
晶に横抱きにされたまま、晴也は訳の分からないまま右手を挙げた。
「よくできました、ご褒美にチューしてあげます」
晶は笑いながら言って晴也に軽く口づけした。お互いの眼鏡が当たるので、これが限界である。
ベッドに降ろされた晴也は、晶が自分の顔をじっと見つめるので照れてむずむずしてしまう。元々顔が好みなので、こうなるのは如何ともし難い。
傍に持ってきたティッシュの箱から2枚紙を抜き、晴也は溢れてくる涙を拭う。
「ハルさんは泣き虫だな」
そう言う晶の頭を、晴也は軽く押しやった。
「こんな悲劇的な幕切れに泣かないおまえは冷血か?」
「良い映画だよ、バーンスタインが天才だって実感できるし、全然古臭くないし、出演者たちがみんなやっぱり良く似合ってる」
晶は「ウェスト・サイド・ストーリー」の、ベルナルド役のアンダースタディを務めたことがあると、初めて教えてくれた。実際に舞台に立ったのは、シャーク団のその他大勢の1人としてだったらしいが、ベルナルドの出る場面だけでなく、隅から隅まで歌も振り付けも覚えたという。だから、あらためて映画を観ても、変に冷静になってしまうようだった。
「……他の映画でも良かったのに」
「いやいや、ハルさんが楽しめたならいいよ……ラブホのでかいテレビでミュージカル観るのも乙なもんだな、飲み物も無料だし」
晶もラブホテルを使うのは、高校生の時以来で、昔は部屋の設備がこんなに充実していなかったという。
しかし、ウェスト・サイドのどの場面でもたぶん踊れるとは、どういうことなんだ? 晴也はおねだりを思いつく。
「吉岡先生、私どこか踊って欲しいんですけど、適当にビデオ止めた場面チャレンジとかどうですか?」
晶は晴也の顔を見て、へらっとした笑顔になった。
「福原さんの頼みだと断れないなぁ、できたらシャークスの場面で止めてくれる?」
「はぁい、わかりましたぁ」
晴也は自分がおバカになった気がしつつ、目を閉じてリモコンの早送りキーをぽちぽち押した。そして目を開き再生すると、上手い具合にこの映画の屈指の名場面が始まった。
ベッドから身軽に降りた晶は、晴也のほうにくるりと振り返り、予想外の行動に出る。
「Puerto Rico……you lovely island……」
晶は裏声でアニタのパートを歌い出した。画面の中のリタ・モレノのように、腰に手を当てて流し目になりながら。晴也はわくわくして、思わずはしゃいで拍手する。
音楽がリズムインすると、晶はバスローブの裾を持ち上げる。女たちがスカートの裾を持ち踊るのをなぞるので、晴也は爆笑した。
「この場面って基本舞台じゃ女の子しか出ないんだ」
「だからって今ショウさんがアニタでなくていいだろ!」
それでも腰をしならせて脚を高く上げる晶は、女の踊り方をしていた。綺麗に化粧してドレスを着れば、女性として通用しそうだ。
「それ、ルーチェでやって!」
「優さんと威さんは嫌がるよぉ~」
晶が音楽に合わせて言うのがまた可笑しい。場面がダンスパートになり、晶が踊ってハンドクラップするのに、晴也は合流した。狭い場所で軽やかに踊る晶が、いかがわしい部屋の中を陽気に変貌させる。
音楽が終わろうとする時、晶はいきなり晴也の手を引いた。そして自分のほうに引き寄せ、しゃがみこむ。脚を抱えられたと思うと身体が浮いたので、晴也はええっ! と叫んだ。
「はいっポーズ決めて!」
晶に横抱きにされたまま、晴也は訳の分からないまま右手を挙げた。
「よくできました、ご褒美にチューしてあげます」
晶は笑いながら言って晴也に軽く口づけした。お互いの眼鏡が当たるので、これが限界である。
ベッドに降ろされた晴也は、晶が自分の顔をじっと見つめるので照れてむずむずしてしまう。元々顔が好みなので、こうなるのは如何ともし難い。
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