たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

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第4章 束の間の恋人編

12、嫌なことって大抵冬に起きてるだろ?

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『俺さ、冬って嫌いなんだよ。嫌なことって大抵冬に起きてるだろ?』

 たっくんがそう言うように、確かに私たちの間で冬という季節は、不吉の象徴みたいなものだった。

 白い息を吐きながらアパートのドアの前で立たされているたっくんの横顔だとか、霜焼しもやけで紫色になった足の指、ネズミーランドで担架たんかに乗せられる姿、赤く点滅する救急車の警告灯、雪の中で笑っているあの男の顔、白い雪に点々と落ちる血のしずく、冷んやりした曇りガラス、冷たい階段に響くサンダルの音……

 更にたっくんには、穂華さんとの別れや朝美さんとのこと、そしてクリスマスの日に私のいないアパートを訪ね、何も無い公園の跡地で立ち尽くしていたという、聞くだけで胸が苦しくなるような思い出が、その時の身を切る寒さや痛みと共に、鮮明に蘇ってくるのだ。



 たっくんと結ばれた春から順調に夏が来て、秋が終わって……そして私たちが嫌いな冬がまた訪れた。
 クリスマスもお正月も何事もなく過ぎ去って、むしろ楽しくて仕方がないくらいのテンションで一緒に過ごして……

 今年もまた何かが起きるんじゃないかと内心ドキドキしながら身構えていた私たちは、どうやら無事に2人して、私の16歳の誕生日を迎えることが出来た。





「悪いな、小夏。誕生日のお祝いが遅くなる」

「別に構わないよ、たっくんの黒ベストとサロンエプロン姿を見るの、好きだし、でもお酒は飲まないでね」

 学校からたっくんのアパートに向かう電車内で、たっくんが申し訳なさそうに顔をしかめた。

「あそこに連れてくと、小夏がイジメられるから嫌なんだよ、俺。 リュウさんのお店の客だから怒鳴りつけるわけにもいかないしさ……」

「でも、1人でアパートで待ってるのは寂しいし。それに、リュウさんが私にプレゼントを用意してくれてるんだったら、直接受け取って御礼を言いたいし」

「う~ん、そうだけどさ~」

 リュウさんから、『拓巳の代わりに助っ人に来るはずだったヤツがインフルエンザになって来れなくなった!助っ人の助っ人に来てくんない?』と電話があったのが1時間ほど前の話。

 渋っているたっくんからスマホを取り上げて、『行きます』と私が返事をしたら、『ありがとう!お詫びに小夏ちゃんにプレゼント用意しておくから拓巳と一緒においでよ』と言われたのがその直後。

 たっくんは私の誕生祝いをするつもりで、今夜はバイトを休むことになっていた。
 私も『清香の家で誕生会を開いてもらう』と言う名目でたっくんのアパートにお泊まりする事になっている。

 母に嘘をつくのが心苦しく、又、私自身もケジメが無くなって成績に支障が出るのが怖くって、たっくんのアパートに泊まるのは、まだ3度目だ。

 たっくんの過去の話を聞いていたから、これから自分がどうなってしまうのかと怖い気持ちもあったけれど、意外なことに、アパートに遊びに行ってもキスやハグだけの時が大半で、最後までと言うのは週末ゆっくり過ごせる時や夏休みだったりと、時間に余裕がある時だけに限られていた。

 たっくんの本心は分からないけれど、いまだに慣れていない私のペースに合わせて我慢してくれているんだと思う。


 今日はここに来る前に、文芸部の部室で誕生会を開いてもらっていた。
 私の誕生日である1月29日が水曜日で、金曜日の部活の時間に私の誕生会をしようと提案してくれたのは、他でもない司波先輩。

 なんでも彼は家庭が厳しくて小さい頃は習い事を沢山していたため、放課後友達と遊ぶという経験が無かったそうだ。
 その流れで今まで誰かの誕生会に参加したことも無かったので、この機会に是非と、自分からノリノリで部室を提供してきたのだ。

 それを聞いたたっくんは終始不機嫌で、パイプ椅子の背もたれに思いっきり背中を預けて腕を組みながら、不満げにしていた。

「なんで誕生会がシバの企画なの?俺に許可なく企画してんなよな」

 たっくんは司波先輩を『シバ』と呼んでいる。先輩なのに、『大地』って名前があるのに。
 そして司波先輩は、相変わらずたっくんを『和倉くん』呼び。
 この2人の上下関係が良く分からない。

「だって和倉くんはこの後2人で誕生祝いするんでしょ?部活の時間くらい私たちにお祝いさせてくれたっていいじゃない」

 千代美が反論すると、
「千代美は構わない。清香も小夏のお祝いをしてくれるのはありがたいと思う。ただシバ、お前はダメだ!」

「「「「 はあ?! 」」」」

 たっくんと司波先輩は小説の好みが似ている。
 だから部活で『カフカの変身が……』とか、『トルストイの愛の解釈が……』なんて話をし出すと、2人とも生き生きとして、10年来の親友のように会話が弾むのに、いざ私が絡むと一気に空気が変わる。
 たっくんがいきなりドーベルマンモードに突入して威嚇を始めるのだ。

『まるでドーベルマンだな』
 最初にそう言ったのは司波先輩だった。

 ある日たっくんに、『お前、小夏狙いだろう』と聞かれた司波先輩が、『狙ってはいないけれど、好ましいとは思っている』と言うなんとも微妙な返答をしたものだから、たっくんが顔色を変えて追求し出した。
 いっそのこと、『こんな地味なの全く好みじゃないから!』くらい言ってくれた方が平和だったのに。

 司波先輩の『好ましい』発言に反応したたっくんが目の色を変えてギャンギャン言い出したところで、司波先輩から先の発言が飛び出したのだ。

『和倉くんはまるでドーベルマンだね。利口で警戒心が強いけど、飼い主には忠実で、一度気を許すと人懐っこくて甘えたがり』

『お前に甘えたがりとか分析されたくないんだけど』

『そんな風に、敵とみなすとすぐに攻撃的になる。やっぱりドーベルマンだ』

 それ以来、たっくんが司波先輩に食ってかかると、私たちは『ドーベルマンモード』と呼ぶようになった。
 食って掛かられている当の司波先輩があまり気にしていないようで飄々ひょうひょうといなしているので、今では私たちも闘牛ショーを観ているような感覚で、放置することにしている。

 そんな感じでドーベルマンたっくんと司波先輩のやり取りを横目に、イチゴの乗ったケーキを食べて紅茶を飲んで、文芸部の3人から金子みすゞの名詩集をプレゼントしてもらってから、私はたっくんと一緒に一旦アパートに寄って私服に着替え、2人揃って『escape 』に向かったのだった。



『escape』のドアを最初に開けたのはたっくんだった。

 木製のドアから顔を突っ込んだまま数秒固まって、そのままドアを閉めて私を振りると「やっぱり今日は帰ってお前の誕生会をしよう」なんて言い出したから、何かおかしいと思った。

 私がドアに手を掛けようとしたら、たっくんが目の前に立ち塞がって邪魔をする。

「たっくん、私にはもう隠し事をしないんだよね?」

 私の真剣な表情に、もう誤魔化しが効かないと思ったのか、たっくんは諦めたように深い溜息をついてから口を開いた。

「小夏、驚くなよ?……店の中に朝美がいた」

ーーえっ?

「だから言っただろ? 俺、冬はダメなんだって」
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