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第4章 束の間の恋人編

13、俺の彼女だって言う自覚を持ってんの?

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ーー朝美さんが、お店にいる?!

 予期せぬ展開に、自分の顔がサッと青ざめたのが分かった。『血の気が引く』とはこういう事を言うんだろう。

「なっ?だから今日は帰った方がいい。行こう」
「駄目だよ!」

 背中を押すたっくんの手をバッと払い除け、険しい表情で見つめる私に、たっくんは困惑の表情を浮かべた。

「たっくん、ここで逃げちゃ駄目だよ。もう逃げるのはめようよ」
「小夏……」

「だって、今逃げ帰ったって、何も変わらないよ?今はそれで良くても、次の時は?その次は? バイトのたびにビクビクして隠れるなんて、そんなの可笑しいでしょ?」

「だけど、俺は嫌だよ、またお前に何かあったら……」

「その時はたっくんが守ってくれるんでしょ?……私たちは何も悪い事はしていない。胸を張って正々堂々としてようよ」

 たっくんはクシャッと微笑んで、私をガバッと抱きしめた。

「うわっ、何?!ここはお店の前だよ!」

「ハハッ、お前って度胸があるのか無いのかどっちなんだよ。……よし、一緒に行くぞ」

「……うん」

 たっくんに手を差し出されて握り返すと、2人同時に『うん』と頷いて、木製の重いドアを開けた。


『 Shot Bar  escape』の店内は、いつものように落ち着いた照明に、ジャズがゆったりと流れていたけれど、私たちが……たっくんが入って来たと気付いた途端に、客のテンションがワンランク上がったのが分かった。

 客の盛り上がりに気付いた朝美さんも、カウンター席で椅子ごとクルリと振り返り……たっくんを見て、その隣の私の顔を見て、そしてしっかりと繋いだ私達の手に視線を移して……笑顔がスッと消えた。

 たっくんは握る手にギュッと力を込めると、そのままグイッと引っ張って、カウンターへと歩み寄る。

「リュウさん、なんだよ、助っ人の助っ人って!一回りして俺が結局いつものバイトに来たってだけじゃん!」

 まるで朝美さんの姿が目に入ってないかのようにリュウさんに話し掛けると、私を連れて奥の部屋に入って行く。
 たっくんがロッカーを開けて黒いベストとエプロンを取り出していると、リュウさんが顔をしかめながら入って来て、「拓巳、悪かったな」と両手を合わせた。

「リュウさん、連絡くれるの遅過ぎ」

「マジで悪かったって!彼女……朝美さん?本当についさっき店に来たばかりでさ。拓巳は来るのかって聞かれたから、『今日は来れるか分からない』って曖昧に答えといたんだけど……来ちゃったな」

「そりゃあ呼ばれたんだから来ますよ。……リュウさん、もしかしたらお店に迷惑をかけるかも知れないけど……よろしくお願いします」

 それを聞くと、リュウさんは苦笑しながら、

「器物破損と刃傷沙汰にんじょうざただけは勘弁してくれよ~。それと、小夏ちゃんだけは絶対に守れよ!」

 そう言うと、ウインクを残して店に戻って行った。

「リュウさんってどこまで知ってるの?」
「……俺が世話になってた家の娘で、俺を追いかけ回してるストーカー」

「ストーカー……刃傷沙汰って……」

 物騒な言葉に私が顔色を変えたのを見ると、
「無いとは言い切れないだろ?お前は俺の終了時間までここで待ってろよ」

 エプロンの紐を結びながらドアへと歩き出す。

「えっ、ちょっと待ってよ!私も行く!」
「はぁ?何言ってんだよ。この前だって平手打ちくらったばっかだろ?」

「今日はちゃんとけるし、やられたらやり返すし!」

 両手でたっくんの腕を引っ張って懇願すると、ハアッと溜息をつかれた。

「お前さ、自分が俺の彼女だって言う自覚を持ってんの?」
「持ってるよ!だから守りたいんだよ!」

 たっくんは床にバッとしゃがみ込むと、両手をダランと垂らして、さっきよりも更に深く大きくハア~~ッと息を吐く。

「お前なぁ……どこの男が、好き好んで自分の彼女を危険な目に遭わせたいと思うかよ!目の前で頬をはたかれたのを見せられてんのに、同じことを繰り返してたまるかって~の!」

「だったらたっくんだって危険なのは同じでしょ?!」

「俺は大丈夫だから!……とにかく、アイツが帰ったら呼んでやるから、それまで大人しく待ってて!」

 そう言い残して目の前でドアを閉められ、私1人だけがその場に残された。

ーーそんなことを言ったって……

「気になるに決まってるじゃん」

 たっくんに一目惚れして、自分のものにしたいと呪いの言葉を囁いて、その身体を奪った人。

 逃げられたと分かっても執念で探し出した人。

 私にたっくんの秘密を嬉しそうに語り、彼から別れの言葉を告げられてもなお……こうして追い掛けてくる人。

「そんなの……そんなの、放っておける訳ないよ」

 私はゆっくりとドアを開けると、そっと壁沿いに身体をすべらせ、暗がりの中で立ち止まって、カウンターの声に耳を澄ませた。
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