たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

文字の大きさ
163 / 237
第4章 束の間の恋人編

13、俺の彼女だって言う自覚を持ってんの?

しおりを挟む

ーー朝美さんが、お店にいる?!

 予期せぬ展開に、自分の顔がサッと青ざめたのが分かった。『血の気が引く』とはこういう事を言うんだろう。

「なっ?だから今日は帰った方がいい。行こう」
「駄目だよ!」

 背中を押すたっくんの手をバッと払い除け、険しい表情で見つめる私に、たっくんは困惑の表情を浮かべた。

「たっくん、ここで逃げちゃ駄目だよ。もう逃げるのはめようよ」
「小夏……」

「だって、今逃げ帰ったって、何も変わらないよ?今はそれで良くても、次の時は?その次は? バイトのたびにビクビクして隠れるなんて、そんなの可笑しいでしょ?」

「だけど、俺は嫌だよ、またお前に何かあったら……」

「その時はたっくんが守ってくれるんでしょ?……私たちは何も悪い事はしていない。胸を張って正々堂々としてようよ」

 たっくんはクシャッと微笑んで、私をガバッと抱きしめた。

「うわっ、何?!ここはお店の前だよ!」

「ハハッ、お前って度胸があるのか無いのかどっちなんだよ。……よし、一緒に行くぞ」

「……うん」

 たっくんに手を差し出されて握り返すと、2人同時に『うん』と頷いて、木製の重いドアを開けた。


『 Shot Bar  escape』の店内は、いつものように落ち着いた照明に、ジャズがゆったりと流れていたけれど、私たちが……たっくんが入って来たと気付いた途端に、客のテンションがワンランク上がったのが分かった。

 客の盛り上がりに気付いた朝美さんも、カウンター席で椅子ごとクルリと振り返り……たっくんを見て、その隣の私の顔を見て、そしてしっかりと繋いだ私達の手に視線を移して……笑顔がスッと消えた。

 たっくんは握る手にギュッと力を込めると、そのままグイッと引っ張って、カウンターへと歩み寄る。

「リュウさん、なんだよ、助っ人の助っ人って!一回りして俺が結局いつものバイトに来たってだけじゃん!」

 まるで朝美さんの姿が目に入ってないかのようにリュウさんに話し掛けると、私を連れて奥の部屋に入って行く。
 たっくんがロッカーを開けて黒いベストとエプロンを取り出していると、リュウさんが顔をしかめながら入って来て、「拓巳、悪かったな」と両手を合わせた。

「リュウさん、連絡くれるの遅過ぎ」

「マジで悪かったって!彼女……朝美さん?本当についさっき店に来たばかりでさ。拓巳は来るのかって聞かれたから、『今日は来れるか分からない』って曖昧に答えといたんだけど……来ちゃったな」

「そりゃあ呼ばれたんだから来ますよ。……リュウさん、もしかしたらお店に迷惑をかけるかも知れないけど……よろしくお願いします」

 それを聞くと、リュウさんは苦笑しながら、

「器物破損と刃傷沙汰にんじょうざただけは勘弁してくれよ~。それと、小夏ちゃんだけは絶対に守れよ!」

 そう言うと、ウインクを残して店に戻って行った。

「リュウさんってどこまで知ってるの?」
「……俺が世話になってた家の娘で、俺を追いかけ回してるストーカー」

「ストーカー……刃傷沙汰って……」

 物騒な言葉に私が顔色を変えたのを見ると、
「無いとは言い切れないだろ?お前は俺の終了時間までここで待ってろよ」

 エプロンの紐を結びながらドアへと歩き出す。

「えっ、ちょっと待ってよ!私も行く!」
「はぁ?何言ってんだよ。この前だって平手打ちくらったばっかだろ?」

「今日はちゃんとけるし、やられたらやり返すし!」

 両手でたっくんの腕を引っ張って懇願すると、ハアッと溜息をつかれた。

「お前さ、自分が俺の彼女だって言う自覚を持ってんの?」
「持ってるよ!だから守りたいんだよ!」

 たっくんは床にバッとしゃがみ込むと、両手をダランと垂らして、さっきよりも更に深く大きくハア~~ッと息を吐く。

「お前なぁ……どこの男が、好き好んで自分の彼女を危険な目に遭わせたいと思うかよ!目の前で頬をはたかれたのを見せられてんのに、同じことを繰り返してたまるかって~の!」

「だったらたっくんだって危険なのは同じでしょ?!」

「俺は大丈夫だから!……とにかく、アイツが帰ったら呼んでやるから、それまで大人しく待ってて!」

 そう言い残して目の前でドアを閉められ、私1人だけがその場に残された。

ーーそんなことを言ったって……

「気になるに決まってるじゃん」

 たっくんに一目惚れして、自分のものにしたいと呪いの言葉を囁いて、その身体を奪った人。

 逃げられたと分かっても執念で探し出した人。

 私にたっくんの秘密を嬉しそうに語り、彼から別れの言葉を告げられてもなお……こうして追い掛けてくる人。

「そんなの……そんなの、放っておける訳ないよ」

 私はゆっくりとドアを開けると、そっと壁沿いに身体をすべらせ、暗がりの中で立ち止まって、カウンターの声に耳を澄ませた。
しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

処理中です...