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59、お前のキスからはじまった (1) side天馬
しおりを挟むそこまで話し終えて、天馬は大きく息を吐いた。
「……ここまでが、俺と水瀬が付き合う事になった経緯」
ここまでは、楓花が大河の結婚式の日に聞いた話や今朝の椿からの話と大きな違いは無いように思える。
ただ、椿の話はやや自分に都合がいいように美化されている印象はあるけれど……。
「お見合いをした後で断りを入れずに付き合い続けるというのは、即ち結婚に前向きだと捉えられても仕方がない。水瀬が多少強引に事を進めた感は否めないけれど、そうやって外堀を固められる事にホッとしている自分もいた」
「外堀を固められて……ホッと?」
「ああ。そんな状況になっても俺はまだ未練たらしくお前のことを思っていた。いつまでも踏ん切りがつかなくて、前にも後ろにも進めずに立ち止まっている自分が嫌だった。だから、水瀬の強引さに流されて後戻り出来なくなってしまえばいいと思ってたんだ」
「私のことをずっと好きで……だけど諦めようとしていたの?」
天馬が「うん」と頷いた。
「時間が経てば楓花の事を諦められるんじゃないかと思っていたし、諦めなければ先に進めないと思った。不毛な恋を終わらせるために、俺は水瀬の気持ちを利用したんだ……」
椿に同期以上の感情を持てないくせに、そのうちに好きになれるんじゃないか、結婚してしまえば夫婦としての愛情を持てるんじゃないか……そう思ったのだと言う。
「ヤケになっていた……とも言えるけどな」
急にザザッと土か砂利の上を走るような音がして、しばらく走ってから車が停まった。
暗くて良く見えないけれど、どこかの広い駐車場に停まったようだ。天馬はエンジンを切ると、ハンドルに両手を置いて楓花を見た。
「そしてここから先が、水瀬が楓花に語った話の後半部分になる」
「後半部分……」
椿が天馬と寝たと、初めての女だと言う衝撃の言葉。楓花のせいで婚約を解消したという、その話を今から……。
「まず……そうだな。大河の結婚式の3次会。そこから始めようか」
*
「お~い、飲んでるか? 楽しんでるか? イチャついてるか~?」
結婚式の3次会は市内にあるイタリアンパブで、ピザやパスタ、サラダなどが食べ放題の立食形式だった。
天馬が2次会から引き続きついて来た椿と共に背の高い丸カウンターテーブルで向かい合ってカクテルを飲んでいると、いい感じに酔いが回った大河が上機嫌で間に割り込んで来た。
「大河、お前飲み過ぎだろ。明日の朝ハワイに出発なのに大丈夫なのか?」
「だ~いじょ~ぶですっ!俺の奥さんはしっかり者なのでっ!」
「まあ、茜はお前には勿体無いくらいのしっかり者だからな。捨てられることなくゴールイン出来て本当に良かったよ。おめでとさん」
「ありがとっ!次はお前たちの番だな。結婚式には呼んでくれよっ!」
ーーアホ大河、まだ具体的に決まってないうちから煽るんじゃねえよ!
「ええ、喜んで。披露宴には絶対にご招待するわ」
満面の笑みで即答した椿の笑顔を見て、胸がチクリと痛んだ。
椿は『お試し』と言いながら、周到に外堀を埋めて来ている。
そして天馬もそれを知りながら、『待った』を掛けずに流されている。
そのくせこうして具体的な話になるとはぐらかし、どうにか引き延ばそうとしていて……。
ーーフッ……俺も往生際が悪いな。
楓花のことは諦めると決めたくせに、心の何処かでほんの数パーセントの可能性を探っている。
だって自分はまだ何一つ行動に移していない。駄目だったと諦める以前に、ちゃんと告白もしていなければフラれてもいないのだ。
そんな事をぼんやり考えていると、「そう言えば…」と不意に大河が話題を変えた。
「楓花が明日東京に行っちゃうんだ」
「えっ……明日?!」
「ああ。早めに行って新生活の準備を整えたいからって。俺がハワイから帰ったらもう家にいないんだぜ。あの楓花が短大生だぜ。信じられるか?!」
「あら、何のお話?」
興味を示した椿の問いに、大河がペラペラと喋り出す。
「楓花……俺の妹が明日の朝から東京に行っちゃうんだ。楓花は昔から俺と天馬の後ろにくっついて歩いてて、天馬は『颯太』って呼んで弟みたいに可愛がってた」
「ふふっ、女の子なのに『颯太』とか『弟』って……可哀想に」
明日の朝には楓花がいなくなる……。
東京に行くというのは噂で聞いていたけれど、それが明日の朝だなんて……。
ーーどうせ諦めるつもりなら、報われないのを覚悟で告白してしまおうか……。
そんな考えが頭をよぎった時……
「アイツ……楓花の彼氏も上京するみたいだぞ。この前アイツともう1人女の子が店に来て、楓花と3人でアパート情報を見てた」
ーーアイツ……あの男と東京に行くのか!
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