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三
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だが、今夜の主客である宇田は、そんな手にひっかかって落ちるような玉でないことは、嶋も察していた。
裏の事情にも通じているし、木藤組組長とも懇意だという。裏稼業の人間でありながらも、政治家や、日本有数の資産家、金融界の大物とも通じており、弱味も握っているという、戦後の闇社会に幅をきかせるかなりの傑物である。金や力への計り知れない欲望と同じぐらい、性に関しても以上な執着を持っているとも聞く。
敬がそんな男の相手をさせられるのかと思うと、嶋は吐き気がしてきた。
(いっそ……)
嶋の目は、手元にある包丁に向かう。
銀色の刃先に目が吸い込まれる。
(隙をねらって、宇田を殺せば……)
宇田を殺して、敬を連れて逃げ出せば……。
夢のように愚かな考えが頭を揺さぶる。
無理だ、無理に決まっている、と思いつつも、嶋はこのとき分別を失っていた。包丁を持つ手はゆるまなかった。
「こうして見れば見るほど綺麗な子だなぁ」
宇田はしたたる欲望に目を細め、土気色の指を敬の袂に押し入れた。
敬は強張った顔で感情を出さないでいるが、それだけに悲壮な覚悟めいたものが感じられる。
「では」、と言いおいて瀬津は室を去ろうとした。
料理もあらかた終わったし、客人との会話もひと段落ついた。これから先始まる宇田のお遊びに付き合う気はなかった。
「いいじゃないか、もう少しここにおれ」
命令形で言われて、しぶしぶ、上げかけた腰を座布団に戻す。
「しかし、可愛い子だな。まだこの稼業に慣れていないんだね。おやおや、怯えているのかな?」
いかにも脂ぎった客の中年男が、面白そうに敬の青いほどに白い頬を食い入るように見ている。
舌なめずりせんばかりの様子に、内心瀬津はうんざりした。柏田という金満家だが、この男もかなり過激な性質で、以前世話した娼婦には、医者を世話する羽目になった。道具を使って楽しむ嗜好があるらしく、それが女の身体に合わなかったのだ。
だが、彼よりももっと苦手なのは、もう一人の井上という男だ。
「本当に、綺麗な子ね。来た甲斐があったというものだわ」
かなり名の知れた名家の子息だが、四十過ぎの今でも妻帯しておらず、おかっぱのような髪型に鼻の下にちょび髭、というかなり印象的な風体だ。着ている背広も時計もかなり値のはる外国製で、彼の富を物語っているが、今ひとつ威厳が感じられず、内心瀬津は彼を軽く見ている。瀬津でなくとも、こういう男を尊敬しろと言う方が無理だろう。
裏の事情にも通じているし、木藤組組長とも懇意だという。裏稼業の人間でありながらも、政治家や、日本有数の資産家、金融界の大物とも通じており、弱味も握っているという、戦後の闇社会に幅をきかせるかなりの傑物である。金や力への計り知れない欲望と同じぐらい、性に関しても以上な執着を持っているとも聞く。
敬がそんな男の相手をさせられるのかと思うと、嶋は吐き気がしてきた。
(いっそ……)
嶋の目は、手元にある包丁に向かう。
銀色の刃先に目が吸い込まれる。
(隙をねらって、宇田を殺せば……)
宇田を殺して、敬を連れて逃げ出せば……。
夢のように愚かな考えが頭を揺さぶる。
無理だ、無理に決まっている、と思いつつも、嶋はこのとき分別を失っていた。包丁を持つ手はゆるまなかった。
「こうして見れば見るほど綺麗な子だなぁ」
宇田はしたたる欲望に目を細め、土気色の指を敬の袂に押し入れた。
敬は強張った顔で感情を出さないでいるが、それだけに悲壮な覚悟めいたものが感じられる。
「では」、と言いおいて瀬津は室を去ろうとした。
料理もあらかた終わったし、客人との会話もひと段落ついた。これから先始まる宇田のお遊びに付き合う気はなかった。
「いいじゃないか、もう少しここにおれ」
命令形で言われて、しぶしぶ、上げかけた腰を座布団に戻す。
「しかし、可愛い子だな。まだこの稼業に慣れていないんだね。おやおや、怯えているのかな?」
いかにも脂ぎった客の中年男が、面白そうに敬の青いほどに白い頬を食い入るように見ている。
舌なめずりせんばかりの様子に、内心瀬津はうんざりした。柏田という金満家だが、この男もかなり過激な性質で、以前世話した娼婦には、医者を世話する羽目になった。道具を使って楽しむ嗜好があるらしく、それが女の身体に合わなかったのだ。
だが、彼よりももっと苦手なのは、もう一人の井上という男だ。
「本当に、綺麗な子ね。来た甲斐があったというものだわ」
かなり名の知れた名家の子息だが、四十過ぎの今でも妻帯しておらず、おかっぱのような髪型に鼻の下にちょび髭、というかなり印象的な風体だ。着ている背広も時計もかなり値のはる外国製で、彼の富を物語っているが、今ひとつ威厳が感じられず、内心瀬津は彼を軽く見ている。瀬津でなくとも、こういう男を尊敬しろと言う方が無理だろう。
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