黄金郷の夢

文月 沙織

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毒蛇の歌 四

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「よくお聞き! おまえが我が儘を言えば、おまえの従者が痛い思いをすることになるのよ」
 腕を組んで傲慢にアイーシャが言い終わるのを待って、エリスが低い声で説明する。
「けなげな従者でした。伯爵を鞭打つのを免除するかわりに、歯を差しだせと命じますと、獄吏ごくりの手をわずらわせることなく、みずからで歯を抜いてみせました」
「な、なんてことを……」
 アベルはドミンゴの忠誠心に胸が痛いほど熱くなった。忠実なしもべは、主に危害を与えるのをいとうて、みずから苦痛を引き受けてくれたのだ。それほどまでに自分を想ってくれている彼を見捨てて、自分は我が身だけの名誉を守るために、この苦悶から一人逃げ出そうとしたのだ。アベルは心で詫びた。
(ああ、ドミンゴ……私を許してくれ)
 さらにエリスは低い声で言い足す。
「……地下牢でカサンドラと会いました」
 カサンドラ。
 その名は、今のアベルにとっては希望を意味していた。
(そうだ、彼女がいたのだ……)
 カサンドラは首尾よく帝国の外交官たちと会えたろうか。うまくいけば、自分もドミンゴも救われるかもしれない。
(いや、私はともかく、ドミンゴだけは生きて祖国へ帰してやらねば)
 そのためにも、死ぬことは出来ない。アベルは決意した。
(ドミンゴ、許してくれ。もう少しでおまえを見捨てて一人楽になるところだった。……私は、おまえを無事祖国へ帰してやるまでは、絶対に死なない!)
 どれほどの屈辱も苦痛も耐えてみせる。アベルは己自身に誓った。
「さ、素直に調教を受ける気になった? お前が我を張れば張るほど、地下牢にいるドミンゴが辛い目に遭うことになるのよ」
「わ、わかった……」
 はらわたを引きずり出される想いに耐えて、アベルは了承する。
「そ、そのかわり、約束してくれ。ドミンゴには手を出さないと」
 アイーシャの黒い瞳に妖しい光がともる。唇の両端が吊り上がる。魔女か女魔神を思わせる笑いである。
「ほほほほほ。お安くないわね。よっぽどそのドミンゴという男が気に入っているのね」
 気に入っている、という言葉には淫靡いんびな響きが込められてあった。
 アイーシャにとって、人と人との繋がりというものは、損得勘定か欲望であり、純粋な忠誠心や信頼、友情などというものが、この世に本当に存在しているなど一度も信じたこともないのだろう。そんなものは絵空事だと頭から決めつけているのだろう。
 アベルは、自分とドミンゴの関係を邪推する女の浅ましさを激しく嫌悪したが、言い返すことはせず、とにかく相手がそのことを約束してくれるのを待った。
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