恋に似ていた

美里

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ビールを時々喉に流し込みながら、半歩前を歩いていた男が不意に俊を振り返った。
 「倫太郎。」
 あまりに唐突な台詞だった。
 俊は一瞬その文字の羅列が指すものが分からず、目を瞬いた。
 そして数秒後、ああ、名前か、と理解したのと全く同じタイミングで、倫太郎と名乗ったみょうちきりんな男が、俊の左手を掴んだ。
 手をつながれている。
 それに気が付くまでも、また数秒の間が必要だった。
 倫太郎の手は、夏の夜そのものみたいに熱く汗ばんでいた。俊のそれも、きっとそうだったろう。
 とにかく手をつないだまま、倫太郎は平然と学生街を歩いた。
 すれ違う同年代の男女の中に、知り合いがいやしないかと、俊はそれが気になって仕方がなかった。
 つまり、手を繋がれたこと自体は、別に気にはならなかったのだ。
 倫太郎の奇行をこの数時間でいくつも見ていたせいかもしれない。
 「なに、これ。」
 だからだろう、問うた俊の声は笑いを含んでいた。
 「なんだろう。……嫌?」
 返す倫太郎の声も半笑いだった。
 「ホモだと思われるぞ。知り合いに見られたら。」
 俊が言うと、倫太郎は声を立てて笑った。
 「いいよ、別に。」
 ぐいっと、ジョッキに満たされた金色が倫太郎の唇に吸い込まれる。
 「ホモなの、あんた。」
 俊もビールを口に含みながら訊いた。
 すると俊はまた笑い、さあ、とどうでもよさそうな返事をした。
 手をつないだまま、二人は夜の学生街を徘徊した。
 夏休みだと言っても、やはり若者の人出は多い。すれ違う男も女も、倫太郎と俊のつないだ手を見ると、驚いたように二人の顔に目をやる。
 なんだかちょっと面白くなってきて、俊は倫太郎の指に自分の指を絡ませ握り込んだ。
 倫太郎も面白そうに俊の顔を見やり、ふと立ち止まると、俊の唇に自分のそれを合わせた。
 倫太郎の唇は、ビールで冷やされ、濃く酒の匂いがした。
 俊のそれも、多分そうだったのだろう。至近距離の倫太郎の目は、腹の底から愉快そうに笑っていた。
 周囲の学生たちがざわめくのが分かる。人目を思い切り引いている。
 分かっていても、倫太郎を引き離す気にはならなかった。
 たっぷり10秒は唇を重ねた後、倫太郎は立ち止まったままぐびぐびとビールを飲み干した。
 俊もそれに倣い、ジョッキの底の方に僅かばかり残っていたビールを飲み干した。
 「帰るか。」
 倫太郎が言った。
 「帰る。」
 俊もそう応じた。
 一緒に俊の部屋に帰る。それが当たり前みたいに感じられた。
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