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プロローグ

聖海の奔流

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「ハァッ、ハァッ……みんな大丈夫か!?」

 俺の呼びかけに答える者は、いなかった。

 全滅。

 最悪の二文字が頭を過ぎる。見誤った。まさかダンジョン最深部がこんなに前方まで迫り出しているとは。侵略型ダンジョンには最高戦力を前方に突出させることで支配領域を稼ぐ戦術があると聞いたことがあるが、まさか〈ドリヤーイ〉ほどの大魔族が討伐リスクを負ってまで、最前線に出張ってきているとは……。

 若く優秀な僧侶の加護バフはたった2ターンで破られた。ドリヤーイの得意魔法〈聖海の奔流シュトゥルム・ウント・ドラング〉が炸裂し、あたりは妨害デバフと状態異常付与を伴う水属性と金属性の大質量攻撃に呑み込まれた。はじめに若い魔法職の女が昏睡し、次に僧侶が精神錯乱を起こした。ベテラン戦士は気がつくと戦場にいない。単独で逃亡したか、姿かたちすら残らないほどグチャグチャになったか。

 終わった。このまま俺ひとりでどうにかできる相手ではない。あのケチな辺境王の成功報酬がやたら高額だった理由も、今なら分かる。報酬をエサにして到底不可能な任務で(民間レベルでは)優秀な人材を使い潰し、中央王都の精鋭軍を派遣させるだったのだ、俺たちは。そうでなければ、この広域侵略型ダンジョンの注意点や情報がもっと開示されていたはずだ。まさかこんな……。

 ブツリ、ブツリと断続的に意識が途切れる。そうか、これは眠気だったのか。意識が遠のくなんて、久方ぶりの経験だ。なんて最悪で、なんて至福の時間だろう。そういえば、何週間も眠っていない。このまま死ぬのも、悪くないかもしれない……。死ねばあの請求書の山からも逃げられる。若い探索者から軽んじられることも、かつての戦友たちから憐みの目を向けられることも、もうない。

 幸福な微睡のなかに溺れていると、突如〈聖海の奔流〉が止み、周囲が静かになる。大戦場の中心地とは思えない、まるで水の中にいるような奇妙な静寂。ああ、しかし、僧侶の加護もなく、もう体力HPも残っていなかった俺は、そのまま意識を失ってしまった。
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