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◆第二章◆

*6* 一人と一匹、コンペを勧められる。

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 家を得た一日目、エドとレティー親子に施しを受け。
 家を得た二日目、あずま袋二十枚を(六枚は複製。記憶なし六枚)作り。
 家を得た三日目、あずま袋二十枚を(六枚は複製。記憶なし二枚)作り。
 家を得た四日目、あずま袋二十二枚を(九枚は複製。記憶なし三枚)作り。
 家を得た五日目、あずま袋九枚とアクセサリー十五個(忠太作三個)を作り。
 家を得た六日目、あずま袋十七枚と(九枚は複製)アクセサリー八個を作り。

 家を得て七日目の今日、がたつく椅子の脚をホームセンターのサイトで購入したミニカンナで削って、ここ数日の苛立ちの日々に終止符を打った。予約分の残り十二枚のうち、出来上がっているのは五枚。残りは夜に回す。

 ……なんて世界創世記みたいに並べてみたものの、要するに町に越してきて、エドとレティー親子にする予定のなかったカミングアウトをしてから一週間。

 あずま袋で一発当てた私達の生活は、森にいた頃とは比べ物にならないくらい快適だ。それに一週間前に忠太の助言に従って得た能力のおかげで、納品中にお客から話しかけられても談笑が出来るようになったし、この世界の物事もだいぶ分かるようになってきた。

 私達がいるオルファネア国は、森と湖が点在している美しい国だ。ただ国の規模的には広いものの、多くを森林地帯が占めているせいで領土の大きさの割に人口が少ないとか。

 通常信仰の象徴となる〝神〟はいない。代わりにその座にいるのは〝精霊王〟と呼ばれる存在がいて、それぞれ火、水、土、風の四種の精霊界とやらに分かれているらしい。けれど頂点にいるのがそれぞれの精霊王だというだけで、全体的に見れば自然信仰や八百万信仰に近いっぽいな。

 農家は土、風車で小麦を挽く粉屋は風、漁師は水、鍛冶屋は火といった風に、それぞれの家業にあったものを選ぶ。かといって宗教としての縛りが緩いのかと言えばそうでもなく、相性の良くない精霊を奉っている家同士の結婚は揉める地域もあるんだとか――……とまぁ大体そんな感じである、が。

「職人通り主催の魔装飾具師大会?」

「そうだ。毎年今の時期に開催される、謂わば工房の見習い職人が独り立ちするためにやる祭りみたいなものだ。この大会で優勝すれば箔がつくし、今後の職人としての道も楽になる」

 完成している予約分を納品に来たら、いきなりエドが渡してきた一枚のチラシ。それを見ても特にピンとくる要素がないので首を傾げる私と忠太に向かい、エドはやたら饒舌に教えてくれた。

「ふぅん、成程。学校卒業する前に資格を取っといたら就職活動が楽になるみたいな話だな。それで?」

「それで……ってお前なぁ。今の会話の流れだとお前も出場してみろって話に決まってるだろう」

「いや、でもそれって職人通り主催なんだとしたら、あそこの工房出身者でもなんでもない部外者は出られないだろ」

「それが出られるんだよ。一応外部からの挑戦も受けるって形にしておかないと、ただの身内の祭りだ。箔のつけようがないだろ」

 こちらの疑問に途端に渋い表情を浮かべてそう答えるということは、過去に八百長でもあったのかもしれない。どこの世界でも人間っていうのは、そういうのと手が切れないんだろうな。

 忠太もヒゲをヒクヒクさせながら【どりょくと じつりょく それいがいは ふよう】と、まるで修験者みたいなことを打ち込んでいる。

「あー……そういうものなのか。うん、まぁ、話は大体分かった。でもな、今の私達はこの町に越してきたばかりで家賃やら生活環境やらに金がかかる。稼がないと駄目だから大会に出る暇がない」

「そこは心配ない。結構良い額の賞金が出る。分かりやすく言えば、オレが面倒を見る五ヶ月間の家賃半分と同額だ。そうなると実質五ヶ月家賃なし! マリがうちの店に商品を納入してるのを知ってる客以外のご新規も増えるぞ?」

 面倒事の匂いしかしないので回避しようとしていたら、唐突に目の前に特大の人参をぶら下げられてしまった。正直今のは心が傾く。ここで商人らしさ出してないで、普段もっと出せよと思う。

【まり これは でるべき】

「んー……忠太はそう思うんだ?」

【とても おもう】

 普段は圧をかけてこない相棒があんまり勧めるものだから、エドに書いてもらった私の名前の手本を持って、その足で職人ギルドに出場書類をもらいに行き、ついでに材料になりそうな物を探しに町の中を歩いてみることにした。

 それほど大きな町でもないので、歩いていると時々私のあずま袋を持っている人に出くわす。色も柄も前世の国を彷彿とさせるので、異国で流行るとこんな風に見えるのかと感心してしまった。

 前世の誰かが海外旅行先で浮世絵のポスターを使った香水の広告とか見たら、たぶん今の私と同じ気持ちになれると思う。それはさておき――。

「お題は花嫁のヴェールを飾るティアラ……ねぇ。忠太、これってさ、レジンでドライフラワーをコーティングした花冠とかじゃ駄目だと思う?」

【いいとは おもいますが おもしろみ おどろき ない】

「そっか。面白味と驚きね」

 ギルドの受付でもらったお題内容を確認しながら何とか案を出そうと思うも、結婚という単語に興味が持てない。それとも想像がつかないと言った方が適当か。何にしても全くデザインを思い付かない。

 忠太には悪いけどいきなり暗礁に乗り上げてしまった気分だ――と、進行方向に見覚えのある赤毛の青年がいた。向こうもこちらに気付いたのか、手を振ってこちらに歩いてくる。

 例の一件以来彼のことが苦手なのか、肩に乗せた忠太の体毛が若干膨らんだのは気になるけど、発見されてから知らん顔をするのも感じが悪いし、ここは我慢してもらうしかないだろう。

「やっぱりマリだ。こんなとこで会うなんて奇遇だね」

「そういうロビンこそこんなとこで何してるんだ?」

 親しげな微笑みを浮かべてそう切り出すのは、引っ越してきて二日目で私の性別をバラしてしまったロビンだ。正体は職人通りにある家具工房の見習いである。あの日あそこにいたのは、長年の仕事で手首を痛めて職人の一線から退いた祖父の手伝いに来ていたからだと、配達に来てくれた時に聞いた。

「俺はねー、さっきまで町の外に素材探しに行ってたんだよ。ほら、近くに遺跡があるだろ?」

「へぇ、そんなのがあるのか。初耳だな」

「え? あー……そっか、マリは余所から来たんだもんな。遺跡としてはもう調査し尽くされてるから大した物は拾えないけど、興味あるなら行ってみる?」

「行きたい。けどロビンはそこから帰って来たところなんだろ? 付き合ってもらうのは悪いからさ、大まかな場所だけ教えてよ」

 ロビンならそんなことは気にせず一緒に連いて来てくれそうだが、肩に乗せた忠太の無言のモフ圧が強い。お人好しなロビンは先回りしてそう告げた私に嫌な顔もせず、口頭で出来る限り噛み砕いて道を教えてくれた。

 そんなロビンに礼を言って別れた後、急激に元の体型に戻った忠太に思わず噴き出したら、肩に乗った忠太が【まり ひどい】とまた膨らんだ。
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