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◆第三章◆

*12* 一人と一匹、提案される。

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 討伐に来てくれた騎士達に小さな神様の宿ったピルケースを渡し、興味津々な若奥様を連れて森の奥に分け入ることしばらく。あの奇妙な笑い声みたいな例の鳴き声が聞こえてきて、あっという間に大乱闘になった。

 当然私に出来ることなんて、自分用に一個だけ残したピルケースで魔法を三回使うことだけ。使いきってからは忠太を落とさないように注意しつつ、騎士とレベッカの背中に隠れて逃げ惑うことしかしていない。高笑いをしながら魔法を撃ちまくるレベッカの方がボルフォ達より怖かったなんて、とても言えないが。

 空中で躍動的な姿のまま氷漬けにされたボルフォの氷柱が乱立する森。とんでもなく不穏で悪趣味極まっている。

 前世で(前衛)芸術を売りにした某島みたいだ。他にも焼き払われて煙を上げる木々の間に転がるものや、パックリ開いた地面に飲み込まれたもの、なます切りにされたものなど様々にエグイ死に様を晒していた。

 協力してくれた騎士達が他の魔物が死体に寄ってこないように手際よく重ね、火を放って処分してくれるのを横目に見つつ、新作の実証実験の結果発表のために回収したピルケースを検分していく。

「えーっと……じゃあ今回の結果発表。持ってきた魔宝飾具は三十個。その中で発動条件を満たしたのは二十五個。残りのうち三個は二度だけ爆発的に発動、一個は四度で……最後のは五度発動、と。思ったよりばらつきは少ないけど、商品にするにはもう少し安定させたいよな」

 おまけにその五個が全部同じ属性。水の属性がやたらと活発に発動したのだ。理由は考えなくてもまぁ分かる。

【さんじゅう うち ごこ ふび たしかに あまり いいせいせき ちがいますね はやめに わかって よかった】

「あら、そうかしら。初めての試し撃ちにしては充分でなくて? 使用したうちの騎士達も性能に驚いてましたわよ」

 忠太の冷静な考察を耳にしつつも、水の精霊達をはしゃがせた当の本人はサッパリ理解していないっぽい。無意識に出来るというのはそういうことだから、これもまぁ仕方のないことだと思う。結果として正しいデータは取れなかったけど、その代わりに新しい仮定が加わった。

 要するに〝元々魔法が使えない人でも魔法が使えるようになって〟さらに〝元から魔法が使える人間が一人いたら、それだけで驚異になりうる〟ということが。作っておいてなんだけど、もしかするとかなり危険な物を作ってしまったのではなかろうか。今後何かしらの制約がもっと必要になるかもしれない。

「いや、それは彼等は騎士だからだって。考えてみてくれレベッカ。これが後まだ七十個あって、使用することを想定しているのが一般人だとしても同じこと言えるか? それも店に並んでる商品の説明に〝三十個中、二十五個の精度です〟って書かれてて買う?」

「あ、んー……それは……少し難しいけれど。でも、誰でも魔法が使えるようになると実証出来たでしょう? だから〝これがあれば誰でも護身魔法が使えます〟の方なら売れると思うわ」

「でも護身ってつけるからには命を預けるわけだろ。いざその時になって実は一回しか使えませんとか、二回までなら何とかってなったら困るじゃないか。他人の命の責任は背負うには重たい」

【それで まりが せめられる ぜつゆる】

 大事なところでまた古い言い回しを使うな、このハツカネズミは。思わず真面目な話の最中だっていうのに噴き出しそうになる。頬の内側を噛んで笑いを堪えていたら、レベッカが〝ぜつゆる〟の意味を忠太に尋ねて私の努力を無に帰した。

 ――が、そんなことはまぁ然して問題じゃない。

 後片付けを終えた騎士達をレベッカが呼び集め、一人一人に使った時の感覚を、正常に発動しなかった物を使用した人には、その際に違和感がなかったかを確認した。中には初めて魔法を使えたことに対して私と忠太にお礼を言ってくれる人もいた。やっぱり腕っぷしが強くても魔法に憧れはあるらしい。

 三十個のピルケースに嵌め込んだ石は悉く砕けていて、忠太が言うにはまだ精霊達は近くを漂っているものの、石に戻ることは叶わないので、そのまま前回のようについてくるだろうとのことだった。

 私とレベッカを除いた二十八個分のピルケースについてのメモをまとめた後は、護衛になってくれそうな騎士を一人借りてマルカの町に戻ろうと思っていたが、レベッカがそれを良しとしなくて。忠太と私に話があると言われ、彼女が乗ってきた馬車に引っ張り込まれた。

 騎士達に馬車を囲まれて領主館に戻ることになるとは……まるで貴人にでもなったみたいだ。そう思っていたのは忠太も同じだったようで、スマホに【だいしゅっせ したきぶん】と打ち込んで私とレベッカを笑わせてくれた。
 
 それから馬車の中でレベッカが語ったのは、私と忠太の今後の身の振り方についてだ。彼女は今回使った時計型ピルケースの能力をかなり過大に評価してくれ、まずは手放しで褒めてくれたのだが……。

「だからね、考えすぎかとは思うのだけれど、もしかするとこのままこれを商品として市場に出せば、マルカの町を含むこの領地が軍事力を持っていると思われて、中央から睨まれる可能性もあるの」

「ええー……まさかだろ。その王都だっけ? には他にもたくさん有名な魔宝飾具の工房があるんだろ? だったらこれと同じような商品だってもうすでにあるんじゃないのか?」

「あるにはあると思うわ。ただし、今回チュータとマリが商品としてはまだ不充分だと評したこの魔宝飾具よりも、恐らく性能も精度も下だと思う。それに普通の貴族は自分達を脅かすこういった商品は好まないの。魔法は貴族の物だと思っている人が大多数よ。だからまずはフレディ様の指示を仰いだ方が良いわ」

 こちらの疑問にそう形の良い眉を顰めてレベッカが答えると、胸ポケットから膝の上に持ち場を移した忠太が【せんみんいしき おろかです とても みにくい だきすべき かんがえ】とスマホに打ち込む。本当に聡明なハツカネズミだな。

 手厳しいその評価にレベッカも苦笑しつつ頷くものの、たぶん貴族であり中央で酷い目にあった過去がありそうな彼女にしてみれば、これは友情からくる助言と見てまず間違いがないだろう。

「だったらまぁ……レベッカが嘘をつくとは思えないし、良いよ。私達はこの領地の領民で、マルカの町の職人だ。領主のウィンザー様の指示も仰ぐし、友人の助言には耳を傾ける」

【わたしは まりの ことばなら ぜんこうてい ましーん】

 ちょっとまた聞き捨てならない単語をぶち込んでくる忠太に笑いそうになっていると、ネット用語など知らないレベッカが感極まった様子で「ありがとう、マリ……チュータ……」と微笑む。何なんだこの罪悪感は。

 二人と一匹で顔を見合せほんの少し笑い合ったところで、ふと思い出したようにレベッカが「でも残念だったわね」と口にして、それに対して「何が?」と問うてみたところ――。

「前回ここに来た時は、マリが精霊を顕現化させる奇跡を起こしたと聞いてたから、今日はその精霊様にも会えるかもって、ほんの少し楽しみにしていたの」

 そう言って上目遣いでこちらを窺う意外にミーハーなレベッカを前に、膝の上で忠太が【せいれいにも よていが あるんです】とシレッと打ち込む。

 そのしらばっくれぶりに肩を震わせて「そうそう。予定があるんだよ。な、忠太?」と答える私を見て、レベッカが「笑うことないじゃない」と頬を染めるのを見たら、また笑いが込み上げてきて。帰路を急ぐ馬車の中に、年頃らしく賑やかな声が弾ける。
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