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第三章
第七話 引き立て役のくせに 《エリン視点》
しおりを挟むレーヴェ・ノアールは、平凡な男だった。
そんな男が、どうして――
「王国軍最高司令官・カイゼル・ルクスフォルト大公閣下の、正式な伴侶になられました」
その報せを聞いた瞬間、膝から崩れ落ちそうになった。
ありえない、そんなはずない、何かの間違いよ――
そう思いたかった。
思い続けたかった。
でも、間違いだったのは私の方だった……。
◇ ◇ ◇
私と幼馴染のディルクは、いつも一緒だった。
同級生の間でも剣の腕が抜きん出ていたディルクは、将来は軍で役職に就くだろうと見込まれていた。
両親もそれを期待して、私がストーン伯爵家に嫁いでほしいと願っていたのだ。
けれど、ディルクは、正直タイプじゃなかった。
(軍人でも、容姿が優れていて、素敵な人……カイゼル様のような人がいいわ)
私は、自分の容姿に自信があった。
だからこそ、たくさんのパーティーに出席しては、自分にふさわしい相手を探していた。
もちろん、私を引き立ててくれる“飾り”として、レーヴェを連れて。
友人の多いディルクのおかげで、将来有望な令息たちともすぐに親しくなれた。
けれど、そこでひとつ、予想外のことが起こった。
『あの子、全然目立ってないけど、いい子だよな』
『ああ、俺も思ってた。でもあの子って男爵家だよな? さすがに両親が許さないか』
彼らが口にしていた“あの子”は、私ではなく――レーヴェのことだった。
(なんで……!? なんでレーヴェなんかがいいの!? 私の方が可愛いのにっ!!)
レーヴェなんて、私の引き立て役でしかない。
幼馴染だなんて思ったこともないし、ディルクのおまけで話してあげているだけ。
それなのに、どうして私よりレーヴェが選ばれるのか、まったく納得できなかった。
「きっと、あのふたりには見る目がなかっただけよ」
そう自分に言い聞かせ、私は何度も鏡に微笑んだ。
けれど、レーヴェをパーティに連れ回すたびに、同じようなことが続いた。
私が狙うような礼儀正しい令息たちは、決まってレーヴェにだけ優しい視線を向ける。
私を好いてくれるのは、上辺だけを見ているような下位貴族ばかりだった。
「おまけの分際で、私より目立つなんて……生意気よ」
そして最も許せなかったのは――
私のことを“可愛い”と言っていたはずのディルクまでもが、レーヴェに好意を抱くようになったことだ。
(まあ、ディルクの場合は、他の男がレーヴェを褒めてるのを聞いて、欲しくなっただけでしょうけど……それでも腹が立つわ)
だから私は、ディルクとレーヴェの仲を、笑顔で祝福してみせた。
でも心の中では、絶対にディルクよりも素敵な相手と婚約してみせると、強く誓った。
――そして今、現在。
選り好みしすぎたせいで、私はいまだに婚約もできずにいる。
そんな私の気持ちなど知らないレーヴェは、ディルクに尽くしていた。
まるで物語のヒロインのように、健気で控えめで、それがどうしようもなく癪だった。
(何よ、あの“いじらしい”感じ。吐き気がする)
忌々しくて仕方がない。
けれど、レーヴェはいずれ、伯爵夫人になる。
今のままでは、レーヴェより格下だ。
レーヴェより下の家格に嫁ぐなんて、私のプライドが許さない。
でもディルクなら、家格も見た目も悪くないし、周囲の評価も悪くない。
「…………もうこの際、相手はディルクでいっか」
(ディルクよりいい人が見つからないなら、レーヴェを蹴落とせばいい)
そう考えた私は、レーヴェの提出した希望配属先を、『炊事班』に書き換えた。
そこから先は、笑っちゃうくらい順調だった。
レーヴェの焼いたクッキーを配っただけで、私は“医療班の女神”になったのだから。
砂糖がどれだけ貴重かくらい、わかってる。
前線には、必要最低限の物資しか届かない。
甘いものなんて夢のまた夢。
そんな中で私が「ぽん」と差し出したクッキーは、まさに救世主のごとき存在だった。
「すごいよ、エリン様! こんな甘いの、何年ぶりか!」
「まさに女神だ……!」
……ああ、気持ちいい。
何もしてないのに、笑顔でクッキーを配るだけで、感謝されて、慕われて、“女神”だなんて持ち上げられたら、悪い気はしない。
もちろん、クッキーを焼いたのは私じゃない。
レーヴェが、ディルクに渡すために作ったものだ。
『ディルクはこれ、好きだったから……。甘いものを食べたら、少しでも元気が出るかなって思って……』
ディルクに冷たい態度を取られても、健気に尽くすレーヴェ。
(律儀に包みまで用意しちゃって。あまりに純粋すぎて、こっちが恥ずかしくなるわ)
見ているだけでイライラする。
だから私は、レーヴェの純粋な心を利用することにした。
「今回ディルクが率いていた小隊の人たちも、怪我をしているの。みんな仲が良かったから、彼らのことも心配だわぁ」
素直なレーヴェは、ディルクのためならと、勝手にクッキーを用意してくれるようになる。
――その瞬間から、私は“女神”になった。
でも、レーヴェがいなくなってから、全てが悪い方に向かってしまった――。
「レーヴェにしたこと、謝りなさいよ!」
「そうよ、人の婚約者を寝取っておいて、よく平気な顔でいられるわよね!」
「クッキーを作っていたのも、本当はレーヴェなんでしょ!?」
医療班の仲間に責められる。
けれど、私の清楚な容姿に騙されて、「かわいそうに……」と同情してくれる兵士たちは、わずかに残っていた。
「っ……クッキーを配っただけなのに、どうしてこんなに責められないといけないの?」
涙を拭うふりをすれば、兵士たちが立ち上がる。
「そうだよ、エリン嬢は自分が作ったって言ってなかった。俺たちが勝手に勘違いしただけなんだ」
「なにそれ。だったら、悪いのは私たちって言いたいの!?」
口論がヒートアップし、騒ぎになってしまった。
でも、私は嘘をついていない。
だから、罰を受けることなんてないと、たかを括っていた。
(もういい加減、早く終わらないかな……)
泣き真似をしていると、煌びやかな勲章を胸元に光らせる大男が、私の前に立った。
「クッキーは、俺がレーヴェと一緒に作っていたんだが……。なぜ、お前の功績になっている?」
「「「っ……」」」
一目で偉人だとわかるその男は、薪割り担当の炊事兵だった。
無精髭を剃り、身なりを整えた姿で現れた彼の名は、ヴァレンタイン・レイノルズ公爵。
――元帥だった。
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